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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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第26話 九条の孫

《NIKAIDO TAKAMASA》


《START : 10》


十。


二階堂隆雅は、理人の方を見なかった。


視線は自分の前に並ぶ金属柱へ固定されている。


九。


八。


理人の腕輪には、


《RELEASE NIKAIDO TAKAMASA》


の文字。


親指を置く。


押さない。


二階堂が自分へしたのと同じように、どこで危険密度が上がるのかを見る。


七。


六。


今度は横からではない。


理人の位置から見えるのは、二階堂の背中と柱の先端、それに床へ埋め込まれた駆動部の一部だけだった。


五。


四。


二階堂が一度だけ足首を回す。


それから身体を少し前へ倒した。


三。


二。


一。


《GO》


走る。


最初の柱。


腰。


二階堂は速度を落とさず身体だけを捻る。


金属がジャケットの端を掠めた。


二本目。


肩。


沈む。


三本目は床から。


跳ぶ。


動きに迷いがない。


理人は柱ではなく、その根元を見る。


低い駆動音。


止まる。


次。


少し高い。


以前から何度も聞いてきた音と同じだった。


機械は、人間より正直だ。


動く前に必ず何かを言う。


問題は聞き取れるかどうか。


十二メートル。


二階堂が一度右へ寄った。


柱を避ける。


次の柱が、その進路を塞ぐように動き出す。


理人の指へ力が入った。


まだ。


二階堂なら避ける。


避けた。


十七メートル。


二十。


ここから柱同士の間隔が狭くなる。


二階堂が一瞬だけ理人を見る。


合図ではない。


たぶん。


それでも理人は押した。


《RELEASE》


二階堂の胸が青へ変わる。


柱の動きが緩む。


《SAFETY ACTIVE : 20》


二階堂は振り返らない。


速度を上げた。


出口。


十六。


十二。


八。


最後の二本が左右から閉じようとする。


安全機構がわずかに遅らせる。


二階堂がその間を抜けた。


四。


三。


EXIT。


身体が向こうへ入る。


《CLEAR》


理人は息を吐いた。


自分が走ったわけでもないのに、肩の奥が硬くなっていた。


二階堂がこちらを見る。


離れている。


それでも何を言ったか、口の形で分かった。


ありがとう。


たぶん。


理人は片手を上げた。


*


他のレーンも動き始めた。


晴斗とルカ。


荒巻と杏。


茉莉と皆川。


越智と志摩。


互いに相手の安全を握ったまま、順番に《FINAL TRUST》へ入っていく。


杏の時、荒巻は遅かった。


わざとではない。


杏が前半を速く抜けたため、危険域へ入るタイミングが想定より早かった。


「荒巻さん!」


汐里の声がMAKER ROOMから落ちる。


荒巻の親指が動く。


青。


杏の前で柱が止まりかける。


完全には止まらない。


杏は身体を横向きにし、数センチの隙間を抜けた。


《CLEAR》


荒巻が肩を落とす。


杏は出口から振り返った。


「遅い!」


「生きてるだろ!」


「結果論!」


荒巻が何か言い返しかけた。


少し離れたところで二階堂が口元を動かした。


荒巻がそちらを見る。


「何だ」


「いえ」


「笑ったか?」


「気のせいです」


「お前そういう顔もできるんだな」


理人は少しだけ笑った。


空気が緩んだのは、そこまでだった。


次。


《TARGET : SHINONOME RUKA》


《CONTROLLER : KASHIWAGI HARUTO》


晴斗が腕輪を見る。


ルカはSTART位置。


二人の間にはかなり距離がある。


ルカが片手を上げる。


「早く押しすぎないでね」


晴斗の顔が固くなる。


「分かってる」


「前みたいに親切しすぎると困るから」


「分かってるって」


カウント。


三。


二。


一。


ルカが走った。


細身の身体が柱の間を抜ける。


最初の十メートル。


晴斗の親指が浮いている。


理人からでも分かるほど力が入っていた。


「まだ」


ルカの声は届かない。


それでも口がそう動いたように見えた。


十五メートル。


一本の柱が正面からせり出す。


ルカが身体を回す。


抜ける。


次。


床。


跳ぶ。


その着地で靴底が滑った。


晴斗の指が動いた。


《RELEASE》


早い。


理人は反射的に腕輪を見る。


《SAFETY ACTIVE : 20》


ルカはまだ十八メートル付近。


危険密度が上がるのは、その先だ。


「晴斗」


理人が声を上げる。


届いても、もう遅い。


RELEASEは一回だけ。


十九。


十八。


ルカが走る。


柱の動きは緩んでいる。


十五。


十三。


途中で床の一部がせり上がった。


階段状になる。


ルカが一段。


二段。


その先。


突然、目の前の壁が閉じた。


《DELAY GATE》


《OPEN : 6 SEC》


晴斗の顔から色が引いた。


「嘘だろ」


ルカが壁の前で止まる。


安全時間。


《09》


ゲート。


六。


五。


安全。


八。


七。


ゲート。


四。


三。


安全。


六。


「早く!」


晴斗の声が響く。


ゲート。


二。


一。


開いた。


ルカが飛び出す。


《SAFETY ACTIVE : 03》


危険域はまだ残っている。


三。


ルカが走る。


二。


一本目。


一。


抜ける。


《SAFETY ENDED》


柱の速度が戻った。


ルカの目の前。


三本。


左右。


床。


同時。


晴斗が腕輪を何度も押す。


《RELEASE USED》


《RELEASE USED》


「もう一回!」


反応しない。


ルカは止まった。


正確には、一歩だけ速度を落とした。


右の柱。


左。


床。


目だけが動く。


マジシャンが相手の視線を見る時と同じだった。


どこから来るか。


どこへ行くか。


三本が動く。


ルカの肩が沈む。


一本目をやり過ごす。


左足。


床からの柱を避ける。


二本目が頬のすぐ横を通る。


最後。


正面。


逃げ場がない。


MAKER ROOMで、葉月が操作卓へ両手をついた。


「止めて」


返事はない。


「九条さん!」


玄蔵の映像は出ない。


柱がルカへ迫る。


葉月の手が卓上を叩いた。


「止めてよ!」


汐里が葉月を見る。


「三雲さん」


葉月は天井へ顔を上げた。


その時にはもう、言葉が出ていた。


「おじいちゃん!」


空気が消えた。


誰も息をしなかったように見えた。


葉月自身も、


言ってから止まった。


ルカのレーンでは柱が動き続けている。


その一瞬だけが、別の場所で起きた出来事のようだった。


スピーカーが入る。


九条玄蔵の声。


「葉月」


晴斗が顔を上げる。


理人も。


汐里は葉月を見たまま動かない。


玄蔵は続けた。


「孫だからといって、ここでルールを変えるつもりはない」


誰かが息を吸った。


それが誰だったのか分からない。


葉月の唇が震えた。


「そんなこと言ってない」


「同じことだ」


「違う!」


声が割れた。


「誰でも止めてって言う!」


その言葉の向こう。


ルカが動いた。


正面の柱へ向かって。


避けるのではなく、一歩踏み込む。


柱が最大まで伸び切る直前、根元側にわずかな空白ができた。


ルカは身体を捻り、その脇へ滑り込んだ。


ジャケットの肩が金属へ擦れる。


布が裂ける。


それでも身体は抜けた。


残り五メートル。


走る。


出口。


飛び込む。


《CLEAR》


晴斗の膝が落ちた。


床へ片手をつく。


しばらく顔を上げない。


ルカは出口側で肩の破れた服を見る。


それから晴斗へ向かって手を上げた。


「早い」


声は届いた。


晴斗は顔を上げる。


「ごめん」


ルカが少しだけ笑う。


「あとで反省会」


その軽さに誰もすぐ乗れなかった。


理人はMAKER ROOMを見る。


三雲葉月。


九条玄蔵の孫。


一番普通に見えていた女が、


このゲームを作った男と同じ血を引いていた。


そして葉月自身が、


誰よりそれを知られたくなかったような顔をしていた。



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