第25話 嫌いな相手
《FINAL TRUST》
文字の下に、追加ルールが出た。
三行。
《TARGETはLOCK状態のまま障害区画へ進入する》
《CONTROLLERは任意のタイミングで一度だけRELEASEできる》
《RELEASE後20秒のみ安全機構が作動する》
晴斗が遠くで声を上げた。
「任意って、いつ押してもいいってこと?」
答えはない。
理人は自分のレーンを見る。
長い。
三十メートルほど。
床の左右から複数の金属柱が突き出している。
細い柱。
太い柱。
高さも違う。
停止している。
奥にEXIT。
二十秒で三十メートル。
普通なら走れる。
問題は、
どこから危険が始まるか分からない。
理人は二階堂を見る。
「最初から押します?」
「まだ決めていません」
「ですよね」
「不満ですか」
「二十秒しかない。後ろで押されても届かないかもしれない」
「早く押せば、後半で切れるかもしれない」
その通りだった。
理人は柱を見る。
安全機構が作動すれば止まるのか。
退くのか。
そこも分からない。
「タイミングは任せます」
言ってから、自分でも少し驚いた。
二階堂へ。
自分から。
二階堂の眉がほんの少し動く。
「あなたが?」
「俺の方から見えないもの、そっちから見えるかもしれない」
MAKER ROOMには全体図があった。
今回はBREAKERS同士。
それでも二階堂の位置からは理人のレーンが斜めに見える。
理人からは柱の正面しか見えない。
二階堂は横から見える。
それだけでも違う。
「合理的ですね」
「あなたに言われると褒められた気がしない」
「褒めていません」
「でしょうね」
開始表示。
《START : 10》
十。
理人は足首を確認する。
痛みはある。
走れる。
九。
汐里の姿は上方のガラス越しに見えた。
MAKER ROOM。
こちらを見ている。
八。
汐里が何か言っている。
音声はない。
七。
理人は呼吸を整える。
六。
柱の根元。
油圧。
左右交互。
五。
動くとすれば横。
四。
全部が同時とは限らない。
三。
二階堂を見る。
目が合う。
二。
一。
《GO》
理人が走る。
最初の五メートル。
何も起きない。
七メートル。
左の柱が動いた。
速い。
理人の膝の高さを横切る。
飛ぶ。
着地。
次。
右。
肩の高さ。
身体を沈める。
風が髪を撫でる。
胸のSAFETY LOCKは赤い。
まだ押さない。
二階堂は押していない。
十メートル。
柱の数が増える。
理人は横目で動きを追う。
二本。
三本。
周期が違う。
「まだか」
声に出た。
届かない。
十五メートル。
半分。
太い柱が正面から出る。
避ける。
右へ。
床から別の棒。
足を取られる。
理人の身体が傾いた。
右足首へ痛み。
一瞬だけ足が止まる。
その瞬間、背後を通過した柱が戻ってくる音がした。
まずい。
立つ。
走る。
胸はまだ赤い。
*
二階堂は理人のレーンを横から見ていた。
腕輪。
《RELEASE MANABE RIHITO》
指はボタンの上。
押せる。
いつでも。
最初に押せばよかったか。
違う。
前半の柱は間隔が広い。
本人だけで抜けられる。
理人もそれを分かっている。
問題は後半。
出口前。
柱が密集している。
二階堂の位置からは、その奥に細い赤外線表示が見えた。
《DANGER DENSITY》
理人側からは見えない。
二十メートル以降、
密度が急に上がる。
二階堂は数字を見る。
十八。
十九。
理人が足を取られた。
身体が崩れる。
指が動きかける。
止める。
まだ。
理人が立つ。
二十メートル。
危険域。
二階堂はRELEASEを押した。
*
胸で硬い音がした。
カチ。
赤から青。
同時に、
理人の周囲で何かが変わった。
突き出していた柱が完全に止まるのではない。
理人の位置を避けるように動きが遅れる。
一本が引っ込み、
二本目が待つ。
三本目。
間隔ができる。
《SAFETY ACTIVE : 20》
理人は走った。
十九。
十八。
足首が痛む。
十六。
出口まで八メートル。
柱が一度止まり、
理人が抜けたあと動く。
まるで道が一瞬ずつ開く。
十。
九。
残り五メートル。
七。
理人が最後の柱を抜ける。
五。
EXIT。
三。
手を伸ばす。
扉が開く。
一。
理人が身体ごと滑り込む。
《CLEAR》
背後でSAFETYが切れた。
柱が一斉に動き始める。
理人は床へ片膝をついた。
息が喉に引っ掛かる。
胸の青い光が消える。
生きている。
「真鍋さん!」
汐里の声がスピーカーから届いた。
理人は片手を上げた。
返事をする余裕はない。
視線だけを二階堂へ向ける。
二階堂はすでに自分のレーンの前へ移動していた。
当然のように。
まるで今の判断が特別でも何でもなかったように。
理人は立ち上がる。
二階堂のTARGET表示。
《NIKAIDO TAKAMASA》
CONTROLLER。
《MANABE RIHITO》
今度は自分が押す側だ。
「二階堂さん」
相手が見る。
「さっき」
「何です」
「もっと遅かったら間に合わなかった」
「計算しました」
「早かったら」
「後半で切れていました」
「失敗してたら」
二階堂の表情は変わらない。
「その時は、私の判断ミスです」
以前と同じ答えだった。
理人は腕輪を見る。
自分の指。
今度は二階堂の命につながっている。
「何で押したんですか」
聞いたあとで、自分でも妙な質問だと思った。
ルールだから。
そう答えるだろう。
二階堂は理人を見る。
少しだけ間があった。
「必要だからです」
「ルール上?」
「違います」
理人の指が止まる。
「あなたが必要だからです」
二階堂はそれだけ言って、自分のSTART位置へ向かった。
感謝を求める様子もない。
貸しを作った顔もしない。
理人はその背中を見た。
嫌いだった。
たぶん今も。
ただ、
嫌いな相手が自分を助けたという事実は、
嫌いという感情だけでは片づけられなかった。
開始表示が点く。
《NIKAIDO TAKAMASA》
《START : 10》
十。
理人の腕輪に、
二階堂のRELEASEボタンが浮かぶ。
九。
八。
理人は親指を置いた。
今度は、
自分が彼を生かす側だった。




