第24話 誰が誰を生かす
最初のCHECKまでは、十五人全員が同じ場所を進んだ。
円形ホールの壁が開き、外周に沿って一本の道が現れる。
幅三メートル。
右側は壁。
左側には手すりがなく、その先は暗い吹き抜けだった。
下から乾いた風が上がってくる。
空気は冷たく、鉄骨に積もった埃と機械油の匂いが混ざっている。一定間隔で埋め込まれた白い照明は足元しか照らさず、前を歩く人間の肩から上が暗闇へ溶けた。
十五人が縦一列になって進む。
胸のSAFETY LOCKは赤いまま。
理人の腕輪には、
《NIKAIDO TAKAMASA》
名前だけ。
押すボタンはまだない。
「これ、担当相手が先に落ちたら終わりじゃない?」
晴斗の声が前から聞こえる。
ルカ。
「落ちないように助ければいい」
「簡単に言うな」
「私のボタン持ってるんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあ死なないで」
「それ俺の台詞だよ」
二人の声が少し遠ざかる。
理人の少し前には二階堂。
背中を見ながら歩くことになるとは思わなかった。
二階堂が振り返らず言う。
「何か」
「いや」
「視線を感じました」
「よく分かりますね」
「ずっと後ろを歩かれれば」
理人は足元を見る。
「俺のボタン、本当に押します?」
二階堂の歩みは変わらなかった。
「必要なら」
「必要でも?」
「質問の意味が分かりません」
「俺のこと嫌いでしょう」
二階堂が初めて振り返る。
「あなたは、嫌いな人間が死にそうならボタンを押さないんですか」
理人の口が止まった。
「押します」
「私も同じです」
前を向く。
それだけ。
理人は何となく納得できなかった。
でも、二階堂らしいと言えばそうだった。
*
第一CHECK。
道が十五本へ分かれた。
一人ずつ。
理人の前には長さ十二メートルほどの橋。
橋といっても床板は細い。
幅八十センチ。
左右には何もない。
奥にGATE。
入口上部。
《CHECK 1》
《TARGET : MANABE RIHITO》
《CONTROLLER : NIKAIDO TAKAMASA》
《RELEASE WINDOW : 10 SEC》
その下。
《RELEASE後、BRIDGE LOCKが30秒固定される》
理人は表示を読む。
意味が分からない。
固定される。
何が。
床へ一歩乗せた瞬間、橋が沈んだ。
五センチほど。
さらに一歩。
今度は左右へ揺れる。
「なるほど」
荒巻の声が別レーンから聞こえる。
「今は固定されてねえってことか」
理人も理解した。
RELEASEが押されれば、橋が固定される。
それまでは不安定。
十秒。
二階堂が押せば三十秒だけ動かなくなる。
その間に渡れ。
簡単だ。
理人の腕輪へ表示。
《WAITING FOR CONTROLLER》
二階堂は別のレーンにいる。
姿は見える。
彼自身の橋の前。
理人の腕輪を確認している。
「二階堂さん」
「見えています」
タイマー。
《10》
《9》
二階堂が腕輪を押す。
《RELEASE》
理人の胸で機械音。
カチ。
赤いランプが青へ変わった。
同時に橋の下から四本の支柱が伸び、床板が固定される。
《30》
「早いですね」
理人が言う。
二階堂はもう自分の橋を見ている。
「押す理由がありますから」
理人は走った。
二十七。
二十六。
橋は固定されている。
揺れない。
奥へ到着。
GATE。
青。
理人が振り返る。
今度は二階堂のCHECK。
彼の表示。
《CONTROLLER : MANABE RIHITO》
腕輪が振動した。
《RELEASE NIKAIDO TAKAMASA?》
十秒。
理人は一瞬も迷わず押した。
遠くで二階堂の胸が青くなる。
橋が固定。
二階堂が渡り始める。
理人は自分でも拍子抜けした。
もっと何かあると思っていた。
嫌いな相手。
信じられない相手。
そんなものは、十秒の数字を見たらあまり関係なかった。
押さなければ危ない。
だから押す。
それだけ。
二階堂がこちら側へ着く。
「ありがとうございました」
「普通に言うんですね」
「何と答えると思ったんです」
「別に」
「あなたも押したでしょう」
「まあ」
「なら同じです」
理人は少し笑った。
また腹が立つ。
*
二つ目の区画では、道が上下に分かれた。
上段を進む者。
下段。
担当関係によって別々に振り分けられる。
理人は下。
二階堂は上。
今度は姿が見えない。
声も届かない。
頼れるのは腕輪だけ。
前方の通路は細く、床に長方形の金属板が十枚並んでいる。
一枚ずつ、わずかに上下している。
踏めば傾く。
表示。
《CHECK 2》
《RELEASEによりTARGET側の不安定床を15秒固定》
十五秒。
さっきの半分。
距離は二十メートル。
理人は足首を一度回す。
痛みが残る。
十五秒で走れる。
たぶん。
腕輪。
《CONTROLLER ONLINE》
二階堂は生きている。
それが表示だけで分かる。
妙な感覚だった。
相手が見えない方が、
名前一つの重みが増す。
理人は待つ。
《10》
二階堂からRELEASE。
床が止まる。
理人が走る。
十三。
十二。
足首。
痛む。
気にしない。
九。
金属板の継ぎ目。
靴底が引っ掛かる。
身体が前へ流れる。
手をつく。
掌に鋭い痛み。
六。
立つ。
走る。
三。
二。
最後の一枚。
飛ぶ。
着地。
背後で床が一斉に動き始めた。
《CLEAR》
理人は膝へ手を置いた。
呼吸を整える。
その時、腕輪が振動する。
《NIKAIDO TAKAMASA / RELEASE REQUEST》
二階堂の番。
理人はすぐ押す。
相手の状況は見えない。
それでも押すしかない。
青い文字。
《RELEASED》
しばらくして、
《NIKAIDO TAKAMASA / CLEAR》
へ変わった。
理人はその文字を見てから歩き出した。
自分が二階堂を助けた。
二階堂が自分を助けた。
それだけなら簡単だった。
問題は、
この先も同じだという保証がどこにもないことだった。
*
第二CHECK後の合流地点。
何人かはすでに着いている。
杏と荒巻。
晴斗とルカ。
茉莉と皆川。
それぞれの担当関係が、いつの間にか距離の近さへ変わっていた。
自分の命を操作できる人間がどこにいるか、
誰もが無意識に確認している。
晴斗がルカへ言う。
「離れない方がよくない?」
「さっき別ルートだったけど」
「だから。次また見えなくなるかもしれない」
「私のこと心配?」
「俺のボタン持ってるから」
「素直じゃないな」
「命の話だぞ」
ルカが少し笑う。
理人は二階堂を見る。
「俺たちも離れない方がいいですか」
「システムが離す時は離れます」
「身も蓋もない」
「近くにいることが信頼ではないでしょう」
その言葉で理人は少し黙った。
信頼。
ここまで来ても、二階堂を信頼しているとは思わない。
ただ、
次に自分の胸の赤いランプが点いたら、
あの男がボタンを押す可能性は高いと思っている。
それを何と呼ぶのか。
理人にはまだ名前がなかった。
次の扉が開く。
その向こう。
第三CHECK。
今度は床ではなかった。
十五本の通路の中央に、
腰の高さの透明な壁がせり上がっている。
その上に、
《FINAL TRUST》
理人の胸のSAFETY LOCKが赤く点灯した。
表示。
《TARGET : MANABE RIHITO》
《CONTROLLER : NIKAIDO TAKAMASA》
理人は二階堂を見る。
「俺を助けるかどうかは」
胸の装置へ指を置く。
「あなたが決める」
二階堂は何も答えなかった。




