第23話 自分のボタンはない
次のゲームまでの休憩は四十分だった。
いつもより長い。
だからといって休めるわけではなかった。
苑子は二十一枚の紙を床へ並べている。
八田の《第十三号》。
理人の《LL-03-1186》。
東雲地区。
宮部家の契約番号。
一見すると別々の紙なのに、床へ並ぶと線を引きたくなる。
苑子は実際には引かなかった。
代わりに場所だけを変える。
「九条さんに聞かないの?」
晴斗が言う。
「聞いて答えると思う?」
「質問次第?」
「それなら、答えが返ってくる質問を考えてから聞く」
晴斗は腕を組んだ。
「記者って面倒」
「配送先間違えるよりはいいでしょう」
「俺、誤配ほとんどないから」
「ほとんど、ね」
ルカが横から笑う。
杏と茉莉は少し離れたところにいた。
話している。
声は聞こえない。
完全に元へ戻ったわけではない。
それでも同じ場所に座っている。
それくらいで今は十分なのかもしれない。
理人はそう思った。
汐里が水を持って隣に来る。
「足」
「歩けます」
汐里は無言で理人を見る。
理人も見返す。
数秒。
「少し痛いです」
「最初からそう言ってください」
「言ったところで治らないでしょう」
「治るかどうかと、知る必要があるかは別です」
「医療職って面倒ですね」
「設備点検員よりは」
理人は水を受け取った。
冷たい。
喉を通る時だけ、自分がずっと乾いていたことに気づいた。
部屋の照明が落ちる。
四十分は終わった。
床へ並べた紙が自動的に暗くなり、画像も消える。
苑子が顔を上げた。
スクリーン。
《AREA 07》
その下に、
《TRUST CHAIN》
日本語表記はない。
ルカが小さく言う。
「分かりやすい名前来たね」
晴斗が笑わない。
「こういう名前の方が嫌だな」
《ROLE ASSIGNMENT》
六人。
《MAKER》
有川汐里。
三雲葉月。
牧瀬苑子。
久保田理玖。
一ノ瀬結衣。
八田周平。
残る十五人。
《BREAKER》
理人。
二階堂。
晴斗。
ルカ。
杏。
茉莉。
荒巻。
越智。
芹沢。
羽鳥。
皆川。
新海。
仁科。
片平。
志摩。
汐里が自分の表示を見る。
次に理人。
「またそっちです」
「俺はまたこっちですね」
「今度は何を決めるのか」
「変なのは」
汐里が先に言う。
「決めないようにします」
理人は少しだけ口元を動かした。
「前に聞いた気がします」
床が六人を沈める。
汐里は消える直前まで理人を見ていた。
*
BREAKER十五人が通された場所は、巨大な円形ホールだった。
直径六十メートルほど。
中央に何もない。
その代わり、円周に沿って十五個の立ち位置が等間隔に並ぶ。
一人一か所。
理人が自分の場所へ立つと、床から細い金属アームが伸びてきた。
胸の前。
円盤状の装置。
直径十五センチほど。
黒い樹脂と金属でできている。
アームが装置を理人の胸元へ固定した。
冷たい。
服越しでも分かる。
「何これ」
杏の声。
全員同じものを付けられている。
円盤中央に赤いランプ。
その下に、
《SAFETY LOCK》
理人が指を伸ばす。
触れる前に表示。
《SELF OPERATION DISABLED》
「自分で触れない」
志摩由良が言った。
今まで一定間隔で指を叩いていた女が、胸元の円盤だけをじっと見ている。
ホール中央。
三行。
《各BREAKERのSAFETY LOCKは、別の一名が操作する》
《自分のLOCKを自分で解除することはできない》
《各CHECKで担当者がRELEASEすれば、次の区画へ進める》
晴斗が読み終える。
「それだけ?」
ルカ。
「今のところ」
仁科が天井を見る。
「RELEASEされなかったら?」
九条の声がすぐ返ってきた。
「そのCHECKを突破できない」
「死ぬ?」
「CHECKによる」
玄蔵の返答。
仁科が顔をしかめる。
「また可能性ってやつか」
「私は死亡すると言っていない」
「安全とも言ってない」
「そうだ」
通信が切れる。
荒巻が胸の装置を軽く引く。
びくともしない。
「担当者って誰だ」
正面の表示が変わった。
《CHAIN ASSIGNMENT IN PROGRESS》
*
MAKER ROOM。
十五人の名前が円形に並んでいる。
一人から一本ずつ線を伸ばせる。
ルールはさらに三つ。
《各BREAKERは、一名のLOCKを担当する》
《自己指定不可》
《同一人物への重複指定不可》
久保田が画面を見た。
「全員が一人を担当し、全員が一人に担当される」
「輪にしろってこと?」
葉月。
「複数の輪でも成立します」
苑子が答える。
「二人組も?」
「禁止とは出てません」
汐里の視線が理人の名前へ止まる。
次に二階堂。
葉月が気づく。
「真鍋さんと二階堂さん?」
「まだ何も言ってない」
「見てた」
汐里は画面へ戻る。
一ノ瀬が言う。
「信頼できる相手同士にした方がいいんじゃないですか」
「それだと一人が崩れた時、関係の薄い人間を助ける理由がなくなる」
苑子。
「逆に、全員を大きな一周にしたら?」
八田が画面を操作する。
十五人。
一本の輪。
「一人が脱落すると、その人が担当していた次の一人が解除不能になる可能性があります」
久保田が言う。
「連鎖しますね」
「だからTRUST CHAIN」
葉月の声が少し低くなる。
汐里は理人と二階堂を見る。
あの二人は互いに嫌っている。
少なくとも、好意的ではない。
それでも二階堂は理人の能力を評価している。
理人も二階堂の判断力を否定し切れなくなっている。
「この二人、相互にしませんか」
汐里が言った。
一ノ瀬が顔を向ける。
「危なくない?」
「逆です」
「どこが」
「二階堂さんは、理人さんを必要だと思ってる」
口にしてから、晴斗がここにいなくてよかったと少し思った。
葉月の目がわずかに動く。
汐里は続ける。
「理人さんも、嫌いだから見捨てる人じゃない」
苑子が画面を見る。
「感情じゃなくて、相手を生かしておく理由が双方にある」
「それを信頼って呼ぶ?」
葉月。
汐里は首を横に振った。
「呼ばなくていいと思う」
二階堂 → 真鍋理人。
真鍋理人 → 二階堂隆雅。
二本の線が結ばれる。
ほかも決まっていく。
晴斗とルカ。
荒巻と杏。
茉莉と皆川。
越智と志摩。
芹沢と羽鳥。
新海、仁科、片平の三人で輪。
全員に線が入った。
久保田が確認する。
「偏りなし」
一ノ瀬。
「これでいい?」
汐里は理人と二階堂の線をもう一度見た。
良いかどうかは分からない。
良いと言える材料もない。
ただ、どちらか一人へ一方的に預けるよりはましに思えた。
六人が認証する。
《DECISION ACCEPTED》
*
円形ホール。
理人の腕輪が振動した。
《YOU CONTROL》
名前が出る。
《NIKAIDO TAKAMASA》
理人は一度だけ目を閉じた。
予想していなかったわけではない。
それでも実際に出ると、少し笑いそうになる。
向こう側で二階堂も自分の腕輪を見ている。
理人の視線に気づく。
二人の間は二十メートルほど。
二階堂が腕輪を上げた。
表示。
《YOU CONTROL : MANABE RIHITO》
晴斗が理人と二階堂を交互に見る。
「うわ」
ルカ。
「何その反応」
「いや、一番やっちゃ駄目そうな組み合わせじゃん」
二階堂が晴斗を見る。
「理由は」
「そういうとこですよ」
理人は胸の赤いランプへ目を落とした。
自分では止められない。
自分の安全装置を握っていたのは、
二階堂隆雅だった。




