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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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22/48

第22話 第十三号

残り五十六秒。


茉莉の腕輪には、自分の名前が赤く表示されていた。


《YUHARA MARI》


《ASSIGNMENT RETURNED》


自分のものを自分で持っている。


それだけなら、むしろ自然だった。


財布も鍵も責任も、本来は自分の手元にある方がいい。


この場所では、それが出口を閉ざす。


茉莉の前にあるGATEは赤いまま動かない。


《SELF HOLD : INVALID》


残り五十三秒。


「誰か」


茉莉が声を出した。


思っていたより小さい。


自分でもそう感じたのか、もう一度息を吸う。


「誰か、私の受け取れる?」


いくつかの通路から声が返った。


「こっちはCHECK中!」


「今二件持ってる!」


「距離が」


腕輪同士を接触させなければ委任できない。


壁を挟んだ声だけでは足りない。


茉莉の通路へ直接来られる者。


その一人が、すぐ近くにいた。


LINE 09。


杏。


二人の間にある横連絡扉には、小さく、


《TRANSFER ACCESS》


と表示されている。


茉莉も気づいた。


杏も見ていた。


残り四十七秒。


二人とも動かなかった。


「杏ちゃん」


返事がない。


「さっきのことなら」


「今それ言わないで」


声は強くなかった。


その分だけ茉莉の口が閉じる。


杏は壁へ片手をついていた。


その向こうに茉莉がいる。


数時間前なら迷わなかった。


怖い時も、分からない時も、とりあえず隣へ行けば何とかなると思っていた。


けれど《LL-09-4417》を見てから、茉莉の顔の後ろへ母親の封筒が重なってしまう。


毎月届いた。


茶色い封筒。


赤い文字。


母親は見せたくない時ほど、食卓の端へ置いたままにした。


杏が気づいていないと思っていたのだろう。


気づかないふりをすることと、知らないことは違う。


残り四十一秒。


「宮部さん」


理人の声が別の通路から届いた。


杏の眉が寄る。


「何」


「受けろとは言いません」


「じゃあ何」


「時間だけ見てください」


杏は腕輪へ目を落とす。


《00:36》


「見てる」


「なら、それだけで」


理人は続けなかった。


決めろとも、助けろとも言わない。


それが少し腹立たしかった。


少しだけ、助かった。


杏は連絡扉を見る。


押せば開く。


向こうに茉莉がいる。


「本当に知らないんだよね」


茉莉の返事は早かった。


「知らない」


杏は唇を噛んだ。


「私、まだ信じたわけじゃないから」


少し間があった。


「うん」


「納得もしてない」


「うん」


「あとでちゃんと聞く」


今度だけ、茉莉の返事が遅れた。


「分かった」


杏が扉を押した。


重い。


肩を入れる。


金属が擦れる音と一緒に、三十センチほどの隙間ができた。


茉莉が向こうから手を伸ばす。


二人の腕輪が触れる。


《TRANSFER YUHARA MARI?》


杏の画面。


《ACCEPT?》


指が認証欄の上で止まる。


茉莉の顔が近い。


嘘をついているかどうかなんて分からない。


昔から知っているわけでもない。


ここへ来てから知り合っただけだ。


それでも、


知らないから受け取れないのか。


知らないままでも受け取れるのか。


杏は押した。


《ACCEPTED》


茉莉の腕輪から自分の名前が消える。


杏の腕輪に、


《YUHARA MARI》


が加わった。


残り二十二秒。


茉莉の前のGATEが青へ変わる。


茉莉が息を吐いた。


「ありがとう」


杏はすぐには答えなかった。


扉を閉めようとしてから言う。


「あとで聞くから」


「うん」


「逃げないで」


「逃げない」


扉が閉じた。


二人の姿が見えなくなる。


それでも今度は、さっきまでの距離とは少し違った。


*


GUARANTOR ROUTEでは、越智がHOLDを選んだまま表示を追っていた。


荒巻も残っている。


二階堂はすでにNETWORKを離脱した。


越智の腕輪には現在、保証移管されたASSIGNMENTが一件。


荒巻には二件。


その数字が順番に消えていく。


BREAKERSがCHECKを終えるたび、


《RESOLVED》


へ変わる。


越智の一件。


ゼロ。


荒巻。


二。


一。


最後。


《0》


同時に二人の前の表示が切り替わった。


《NETWORK STABLE》


《GUARANTOR HOLD RELEASED》


荒巻が低く息を吐く。


「最初から、全部終わるまで待ちゃよかっただけか」


越智の声が別経路から届く。


「結果としては」


「二階堂は先に出た」


「ええ」


「間違いだったか」


越智はすぐ答えなかった。


「柚原さんのASSIGNMENTが元へ戻ることを確認できました」


「それが?」


「戻ると分かったから、次は同じことをしなくて済む」


荒巻が鼻を鳴らした。


「失敗も使い道があるってか」


「失敗だったかは、本人に聞いてください」


「お前ら、ほんと似てんな」


「誰とです」


返事をする前に二人のEXITが開いた。


*


最後のGATEを抜けた時、理人は人数を数えた。


二十一。


全員いる。


茉莉も。


杏も。


二階堂も。


誰も死ななかった。


《AREA 06 CLEAR》


表示が白く浮かぶ。


晴斗が天井を見上げた。


「今回、地味に一番疲れたかも」


ルカが隣へ来る。


「走ってないのにね」


「人に頼む方が疲れる」


「晴斗くん得意そうなのに」


「どこ見てそう思った?」


ルカは笑っただけだった。


理人は荒巻の腕輪を見る。


もう名前は残っていない。


自分が渡したものも、


受け取ったものも、


すべて消えている。


ただし消えたのは、終わったからだ。


捨てたからではない。


重松の時間も。


LOAD SHAREの負荷も。


今回のASSIGNMENTも。


この施設では、危険や負担が途中で消えたように見える時ほど気をつけなければならない。


行き先が見えなくなっただけだ。


そう考えていると、壁際で小さな駆動音がした。


プリンターだった。


今まで気づかなかった細長いスリットから、紙が一枚ずつ吐き出される。


一ノ瀬が最初に近づく。


「紙?」


苑子がすぐ横へ入った。


「触らないで。先に全員分確認しましょう」


「記者モード?」


晴斗。


「こういう時だけ仕事を思い出すの」


紙は二十一枚。


一人一枚。


上部には共通して、


《ASSIGNMENT SOURCE》


と印字されている。


理人の紙。


古い書類を画像化したものだった。


右上に、


《LL-03-1186》


さっき見たLIFELINEの番号。


その下には会社名らしい文字があるが、半分以上が黒く伏せられている。


苑子が一枚ずつ見る。


「同じ形式じゃない」


汐里のものは申請書。


晴斗は再開発補償台帳。


ルカは施設移転同意記録。


杏の紙へ近づくと、彼女の指が止まった。


《LL-09-4417》


ではない。


別番号。


杏は茉莉を見る。


茉莉も自分の紙を見ている。


さっきの契約番号は書かれていなかった。


つながっている。


けれど、まだ形が見えない。


苑子が紙を集めながら八田周平のところで止まった。


「八田さん」


「何です」


「これ」


八田自身も覗き込む。


古びた社内書式。


他の紙より余白が多い。


中央には、


《九条統合管理室》


その下。


《審査割当記録》


さらに右上。


小さな枠。


苑子が指でなぞる。


そこだけ、黒塗りされていない。


《第十三号》


理人の視線が止まった。


十三。


壁の奥で見た、


《K-13》


とは違う。


違うはずだった。


晴斗が紙を覗く。


「十三って、何」


八田は答えない。


答えられないように見えた。


苑子が紙を裏返す。


裏面には何もない。


表へ戻す。


もう一度、その四文字を見る。


《第十三号》


理人は理由もなく、


十三という数字だけを頭の中で二度数えた。



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