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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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第20話 渡した責任

最初のCHECKは、ただのボタンだった。


理人の前に丸いプレートがある。


青い光。


《CHECK 1》


《ASSIGNMENT HOLDER ACTION REQUIRED》


自分の腕輪には荒巻の名前。


理人のGATEは閉じたまま。


少し離れた別通路にいる荒巻が、理人の名前を持っている。


理人がプレートを見る。


押せない。


表示が反応しない。


「荒巻さん!」


通路同士は壁で分かれているが、声は抜ける。


少し遅れて返事。


「聞こえてる!」


「そっちに俺のCHECK出てます?」


「出た!」


理人の腕輪が振動する。


《MANABE RIHITO / CHECK REQUEST》


荒巻が自分の通路にあるプレートへ触れたらしい。


理人の正面。


赤だったGATEが青へ変わる。


ロック解除。


理人は息を吐く。


仕組みがようやく身体へ入った。


自分の扉は、


自分では開けられない。


「次、荒巻さんの押します!」


理人の腕輪。


《ARAMAKI TAIZO / CHECK REQUEST》


十秒の表示。


理人がプレートを押す。


《APPROVED》


遠くで金属扉の音。


「開いた!」


荒巻の声。


理人は先へ進んだ。


単純だった。


相手が一人なら。


*


二階堂の腕輪には二つの名前があった。


越智恒成。


仁科昂平。


自分のASSIGNMENTは越智が持っている。


第二CHECKへ近づいた時、二つのREQUESTがほぼ同時に点灯した。


《OCHI TSUNENARI / 10》


《NISHINA KOHEI / 10》


二階堂の前にはプレートが二枚。


左右に二メートル離れている。


一枚を押している間、


もう一枚へは届かない。


カウント。


九。


二階堂は越智側へ行った。


押す。


《APPROVED》


残り七。


仁科側。


三歩。


押す。


残り四。


《APPROVED》


両方消えた。


二階堂は腕輪を見る。


なるほど。


受け持つ数が増えるほど、同時要求が来た時に危険になる。


数字ではない。


時間が重なる。


そういう負担だった。


「最低ですね」


壁越しに越智の声がした。


「何がです」


「この仕組みです」


「珍しいですね。感想を言うなんて」


「規則が悪趣味でも、規則であることには変わりありません」


二階堂は少しだけ口元を動かした。


「同感です」


*


茉莉は第二CHECKの前で立ち止まっていた。


自分のGATE。


赤。


腕輪。


《HOLDER : NISHINA KOHEI》


「仁科さん!」


返事がない。


もう一度。


「仁科さん、CHECK来てる!」


その時、遠くから別の声がした。


新海。


「こっちもだ!」


続いて一ノ瀬。


誰が誰を受け持っているのか、理人には全部分からない。


ただ、複数の通路で同時に叫び声が上がった。


タイミングをずらせばいい。


そう思った。


だがCHECKは本人が近づいた時点で自動的に始まる。


待つことはできる。


けれど他の通路が見えない。


誰が今どこまで来ているか、分からない。


茉莉のカウント。


《08》


「仁科さん!」


《07》


返事。


「分かってる!」


声が遠い。


《06》


茉莉の喉が動く。


GATEの横に細い溝。


その底が開き始める。


一センチ。


二センチ。


床板が左右へ離れていく。


「待って」


茉莉が後ろへ下がる。


《05》


*


仁科の前には三つの表示が出ていた。


自分が受けていたのは茉莉だけだった。


ただし、自分自身のCHECKを二階堂へ投げている。


さらに新海から途中で一件、再委任を受けた。


どこでそうなったのか。


新海が「一回だけ頼む」と言った。


仁科は受けた。


その一回が今重なっている。


《YUHARA MARI / 05》


《SHINKAI YUZURU / 04》


左右。


二枚のプレート。


その奥。


仁科自身の通路では、別の障害床が動き始めている。


自分も進まなければ時間切れになる。


「くそっ」


新海。


茉莉。


どちらを先にする。


仁科は茉莉側へ一歩出た。


止まる。


新海側のカウントが三。


「仁科!」


新海の声。


仁科は新海側へ飛びついた。


押す。


《APPROVED》


茉莉。


残り二。


距離。


届かない。


その横に小さな表示。


《RELEASE》


仁科の指が止まった。


ルール。


再委任。


RELEASE可能。


捨てられる。


「悪い」


誰に向けたのか、自分でも分からないまま押した。


《RELEASE YUHARA MARI?》


YES。


タップ。


茉莉の名前が腕輪から消えた。


《NISHINA KOHEI / HELD : 0》


その瞬間、


仁科の身体から一つ何かが外れたように見えた。


軽くなったわけではない。


ただ表示が消えた。


それだけ。


*


茉莉のカウントが、


《01》


で止まった。


床の隙間が膝幅まで開いている。


茉莉は壁へ背を押しつけた。


「何」


カウントが消える。


CHECK表示も一度消えた。


助かった。


そう思った。


次の瞬間、


GATEの上に別の文字。


《ASSIGNMENT REASSIGNED》


「再……?」


茉莉が読み終える前に、


別の通路で腕輪が振動した。


二階堂。


自分の表示ではない。


新しい名前。


《YUHARA MARI》


一瞬だけ眉が動く。


「受けていませんが」


返答はない。


腕輪へ、


《GUARANTEE TRANSFER》


の文字。


同時に茉莉のCHECKが再点灯した。


《10》


二階堂の前。


三枚目のプレートが床からせり上がる。


越智。


仁科。


茉莉。


三人。


「なるほど」


二階堂が小さく言った。


越智の声。


「何か増えました?」


「柚原さんです」


「受けたんですか」


「いいえ」


二階堂は三つのタイマーを見る。


まだ越智と仁科のREQUESTは来ていない。


茉莉だけ。


今なら間に合う。


押す。


《APPROVED》


*


茉莉のGATEが青へ変わった。


閉じかけていた床が戻る。


金属板同士が噛み合い、足元が塞がっていく。


茉莉は壁から背を離せなかった。


「仁科さん?」


返事がない。


代わりに腕輪。


《CURRENT HOLDER》


文字が出る。


《NIKAIDO TAKAMASA》


茉莉の目が止まった。


「何で」


少し離れたLINE 09から杏の声。


「どうしたの?」


茉莉は腕輪を見たまま答える。


「二階堂さんになってる」


「何が?」


「私の担当」


杏が黙る。


理人も、自分の通路で足を止めた。


二階堂。


茉莉はあの男へ渡していない。


理人は知っている。


最初に渡したのは仁科だ。


「仁科さんは?」


晴斗の声がMAKER側のスピーカー越しに落ちる。


答えたのは仁科だった。


「RELEASEした」


声に後ろめたさは薄い。


「時間なかったんだよ。俺が持ったままなら、どっちか失敗してた」


茉莉の顔が動く。


「だから捨てたの?」


「結果、開いただろ」


茉莉は何か言おうとした。


声が出ない。


二階堂が代わりに言った。


「捨てられてはいません」


全員が少し静かになる。


「私へ移っただけです」


仁科の返事がない。


理人の中で、ゲームの形が一段変わった。


RELEASE。


手放せる。


そう書かれていた。


消せるとは書かれていない。


重松の借りた時間。


LOAD SHAREの十五。


何度も見てきた。


なくなったように見えるものは、


どこかへ移っている。


理人は腕輪を見る。


荒巻の名前。


誰かに渡した責任。


誰かから受け取った責任。


画面から名前が消えたからといって、


責任そのものが消えたわけではない。


仁科が捨てたはずの茉莉のASSIGNMENTは、


二階堂隆雅の腕輪に残っていた。



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