第18話 知らなかった
三色の扉が完全に開いた。
赤。
青。
白。
色のついた照明が床へ伸び、互いの境界だけが暗く重なっている。
十五の個室も同時に開いた。
ロックが解除される音が、端から端まで順番に走る。
カチ。
カチ。
カチ。
理人は外へ出た。
足元に白い光。
同じSOURCE LENGTH 61の四人が集まってくる。
茉莉。
羽鳥。
志乃。
ルカ。
「ほんとに白でいいんだよね」
茉莉が聞いた。
さっきまでの明るい調子より少しだけ声が低い。
理人は頷きかけて止めた。
絶対。
その言葉を口にするのを、いつの間にか避けるようになっていた。
「五人の断片では、白です」
ルカが横を見る。
「そこは『白でいい』って言ってよ」
「責任重いんで」
「成長してるのか悪化してるのか分かんないね」
少し離れた場所では、皆川たち五人が青へ。
晴斗たちは赤へ集まっている。
杏が青の前から茉莉を見る。
「そっち白?」
「うん」
「うちら青」
「あとで会おうね」
軽い言葉だった。
杏も手を上げる。
「先に落ちないでよ」
「そっちこそ」
笑ったのは一瞬だけだった。
表示。
《EXIT SELECTION : 60 SEC》
《選択後の変更不可》
《全員の選択完了後に実行》
理人は扉の向こうを見る。
どこも暗い。
安全そうなものは何もない。
赤も。
青も。
白も。
「行きますか」
羽鳥。
志乃が一度息を吸う。
「行きましょう」
五人で白へ入る。
数歩。
背後を振り返る。
ほかのグループも動いた。
杏が青へ。
汐里。
皆川。
久保田。
芹沢。
晴斗たちは赤。
全員が入る。
最後は苑子だった。
赤い光の中へ身体が消える。
《ALL SELECTED》
扉が閉まった。
暗闇。
茉莉が息を呑む音が聞こえた。
「真っ暗なんだけど」
「動かないで」
理人が言う。
「床があるか確認する」
「今立ってるからあるでしょ」
ルカ。
「まわりの床です」
理人は片足だけ伸ばす。
靴底。
金属。
もう一歩。
床。
その時、白い照明が足元から点いた。
細い通路。
幅一メートルほど。
左右は壁ではない。
黒い空間。
奥に扉。
距離は二十メートル。
頭上。
《WHITE SOURCE : VERIFIED》
茉莉の肩から少し力が抜ける。
「合ってた」
その直後。
背後から巨大な音がした。
ガン。
振り向く。
入口扉が閉鎖されている。
さらに別の音。
どこか遠くで金属が落ちる。
理人は通路の縁を見る。
「走らないで」
「何かある?」
羽鳥。
「まだ分からない」
表示。
《PASSAGE OPEN : 30 SEC》
ルカが笑う。
「今度は分かりやすい」
「走りましょう」
志乃。
五人が動く。
今までのゲームに比べれば単純だった。
障害物もない。
床も揺れない。
ただ三十秒以内に向こう側へ渡る。
白い照明の下で足音が重なる。
十五。
十。
理人が扉へ手を伸ばす。
開く。
全員が抜ける。
残り四秒。
扉が閉まる。
《GROUP 61 CLEAR》
理人は息を整える。
向こう側は小さな待機室だった。
「これだけ?」
茉莉が言う。
誰も答えない。
数秒遅れて別方向の壁が開いた。
青の五人。
杏が最初に出てくる。
「茉莉!」
茉莉が息を吐く。
「生きてるじゃん」
「そっちも」
続いて赤。
晴斗が出てくる。
その後ろに荒巻。
一ノ瀬。
新海。
苑子。
十五人。
全員。
表示。
《AREA 05 CLEAR》
杏がその文字を見る。
「今回、誰も死んでない?」
「そうみたいです」
汐里が周囲を見る。
確認するように一人ずつ。
理人も数えた。
十五。
そして別室にいるMAKER六人。
二十一。
変わっていない。
晴斗が壁へ背をつけた。
「情報だけで殺しにくるの、やめてほしいな」
芹沢が靴を見ながら言う。
「刃物よりたち悪いかもな」
「何で」
「自分で間違った方へ歩くからだ」
晴斗の口が閉じた。
*
ゲーム終了の表示が消れたあとも、十五台のディスプレイは点いたままだった。
最初に気づいたのは牧瀬苑子だった。
「待って」
全員が見る。
個室に戻ったわけではない。
出口側の壁に十五枚の画面が並び直している。
そこに、先ほどまでなかった表示。
《SOURCE DOCUMENT RELEASED》
《REDACTION解除》
皆川が近づく。
「元の文章を見せる?」
画面上の黒塗りが消えていく。
一文字ずつ。
最初から存在していた文章が姿を現す。
SOURCE LENGTH 61。
《赤色表示の扉は通過禁止》
《青色表示の扉は開放後四秒で閉鎖する》
《必ず白色表示の扉を選択せよ》
六十四。
《赤色表示の扉は開放後四秒で閉鎖する》
《必ず青色表示の扉を選択せよ》
《白色表示の扉は通過禁止》
六十七。
《必ず赤色表示の扉を選択せよ》
《青色表示の扉は通過禁止》
《白色表示の扉は開放後四秒で閉鎖する》
「ほんとに三種類」
杏が言う。
皆川は文章ではなく、その下を見ていた。
新しい欄がある。
《SOURCE》
文字が展開する。
最初は英字だった。
《LIFELINE》
理人には意味が分からなかった。
生命線。
そういう単語にも読める。
しかし続けて日本語が表示された。
《生活再建支援融資》
一ノ瀬が目を細める。
「融資?」
新海が小さく笑う。
「また金か」
苑子がすぐ画面へ近づいた。
記者の顔になっている。
「九条系?」
「知ってるんですか」
理人。
「名前だけ。昔、九条グループがやってた緊急融資制度に似てる。でも……」
苑子が眉を寄せる。
「こんな名称だったかな」
越智なら知っているかもしれない。
理人はそう思った。
だが今、越智はMAKER ROOMにいる。
画面がさらに更新される。
《SOURCE REF》
一人ずつ異なる番号。
理人。
《LL-03-1186》
汐里。
《LL-11-2074》
晴斗。
《LL-06-3321》
ただの管理番号に見える。
意味の分からない数字。
苑子が自分の番号を声に出す。
「LL-02-7710」
久保田は数字を覚えようとしているのか、親指の爪へ触れていた。
「規則性がありますね」
「今それ探す?」
晴斗。
「あるなら探します」
「通常運転だな」
杏は自分の画面を見ている。
茉莉が近づいた。
「杏ちゃん、何番?」
「LL-09……」
そこまで言って、杏が止まった。
茉莉の画面が更新されたからだった。
《YUHARA MARI》
《SOURCE REF : LL-09-4417》
茉莉は自分の番号を見ている。
「何?」
杏が動かなかった。
目だけが数字へ固定されている。
「杏ちゃん?」
返事がない。
汐里が近づこうとする。
杏は右手をポケットへ入れた。
スマートフォンはない。
持ち込み時に預けている。
分かっているはずなのに、指が何度も布地の上から探す。
茉莉が少し笑いかけた。
「どうしたの」
「その番号」
声が掠れた。
茉莉が自分の画面を見る。
「これ?」
「もう一回言って」
「LL-09-4417」
杏の顔から血の色が引いた。
理人にも分かった。
ただ数字を見た反応ではない。
苑子がすぐ杏を見る。
「知ってる番号?」
杏は答えなかった。
唇を一度閉じる。
もう一度開く。
「うち」
茉莉の表情が止まった。
「え?」
「お母さんの書類にある」
杏は画面から目を離せない。
「毎月来てたから、覚えてる。最後の四桁も」
四四一七。
指で何度も入力した数字。
振込用紙。
督促。
封筒。
捨てたつもりでもまた届く紙。
それらが一度に戻ってきたように、杏の呼吸が浅くなる。
「LIFELINEって」
苑子が聞く。
杏が頷く。
「うちが借りてたやつ」
「九条から?」
「知らない。そんなの知らなかった」
声が少し上がる。
「私はただ、母親の借金だって聞いてただけ」
茉莉が画面から一歩離れた。
「待って。私も知らないよ」
杏が茉莉を見る。
「何で茉莉のところに出るの」
「知らないって」
「うちの番号なんでしょ」
「私に聞かれても」
茉莉の口調から、いつもの明るさが消えた。
杏は言い返そうとして止まる。
茉莉が嘘をついているようには見えない。
だから余計に、向ける場所がない。
理人は二人の間へ入らなかった。
誰も入れなかった。
ついさっきまで、
あとで会おうね。
そう言って別々の扉へ入った二人だった。
ゲームは終わった。
十五人とも生きている。
なのに、ゲームが終わってから初めて何かが壊れ始めていた。
壁面の表示が一斉に暗くなる。
最後まで残ったのは茉莉の画面だけだった。
黒い背景。
白い番号。
《LL-09-4417》
杏は、その数字を見たまま動かなかった。
柚原茉莉の画面に、
宮部家の契約番号が表示されていた。




