第17話 正しい断片
制限時間は十二分だった。
長いのか短いのか、最初の一分では分からなかった。
参加者たちはガラス越しに声を飛ばし始める。
「私、一行目の後ろ見えてる!」
杏が画面へ顔を近づける。
「赤色表示の扉は……『通過』まである。そのあと黒」
「俺は『禁止』が見える」
晴斗。
「どこ?」
「赤の行」
「じゃあ赤は通過禁止?」
「たぶん」
理人は自分の画面を見る。
赤の後半は黒い。
杏と晴斗を合わせれば、
《赤色表示の扉は通過禁止》
になる。
「書いといて!」
杏が叫ぶ。
「何に?」
晴斗。
「頭!」
「一番信用できない保存先だろ」
ルカの声。
「じゃあルカが覚えて」
「人使い荒いな」
皆川文乃は会話に入らなかった。
指先だけが動いている。
空中。
赤。
青。
白。
そこへ聞こえた言葉を置いていく。
実際に文字が残るわけではない。
それでも彼女の目には見えているらしい。
「青、誰か『選択』見えてる人」
牧瀬苑子が声を上げる。
「ある」
羽鳥雅也。
「どこまで?」
「青色表示を……その後が黒で、最後に『選択せよ』」
「私は青のところに『開放後』がある」
汐里。
「秒数は?」
「消えてます」
芹沢が自分の表示を見ながら言う。
「四秒なら見える」
「青?」
一ノ瀬。
「そう見える」
「見えるって何」
「前後が消えてる。四秒だけだ」
断片が集まる。
赤色表示の扉は通過禁止。
青色表示の扉を選択せよ。
白色表示の扉は開放後四秒で閉鎖する。
少しずつ文章が形になる。
理人もそう思った。
三つの条件。
赤は駄目。
白は四秒で閉まる。
なら青を選べ。
簡単だ。
簡単すぎる。
そう思った瞬間、自分の中に以前ならなかったブレーキが掛かった。
簡単だから正しい。
その考え方を、もう何度裏切られたか分からない。
「皆川さん」
理人が呼ぶ。
「今の文章、合います?」
返事がない。
皆川はまだ指を動かしている。
「皆川さん?」
「待って」
目線だけが動く。
理人。
杏。
晴斗。
羽鳥。
芹沢。
ひとりずつ画面を見比べる。
「宮部さん、さっき赤の行で『通過』が見えるって言った?」
「うん」
「その後、黒い部分は何文字分?」
杏が画面へ近づく。
「分かんない。黒いから」
「幅」
「幅?」
「一文字ずつ同じ幅で消されてる」
皆川の声が少し速くなる。
「数えて」
杏が黒い長方形を見る。
指でなぞる。
「……四?」
「晴斗さん」
「俺?」
「あなたの『禁止』の前の欠落は」
晴斗が数える。
「二文字」
皆川の指が止まった。
理人には、まだ意味が分からない。
杏の断片を使うなら、
通過+禁止。
四文字。
合うようにも見える。
だが皆川は違う場所を見ていた。
「羽鳥さん。青の『選択せよ』の前」
「七文字くらい」
「有川さんの『開放後』の後ろは?」
汐里が数える。
「四……いや五文字」
皆川が息を吐いた。
「合わない」
一ノ瀬が顔を上げる。
「何が」
「一つの文章だとしたら、欠落文字数が合わない」
皆川は今度は誰に見せるでもなく、自分の指で空中に三本の横線を引いた。
「同じ場所に同じ言葉が入るなら、黒塗りの幅も同じになるはず。でも違う」
久保田理玖が自分の画面へ顔を近づける。
「文字数だけじゃない」
「何?」
「全文字数」
画面右下。
小さな数字。
《SOURCE LENGTH : 64》
理人も自分の右下を見る。
《SOURCE LENGTH : 61》
「俺、六十一」
一ノ瀬。
「六十七」
杏。
「六十四」
晴斗。
「六十七」
声が次々と重なる。
六十一。
六十四。
六十七。
それ以外はない。
皆川が目を閉じた。
ほんの一秒。
開く。
「三種類ある」
その言葉が廊下へ落ちた。
今まで一つに集めていた情報が、突然三つへ割れる。
理人は自分の画面を見る。
SOURCE LENGTH 61。
汐里。
64。
晴斗。
67。
「全員」
苑子が声を上げる。
「自分の数字言って!」
十五人が順番に答える。
六十一が五人。
六十四が五人。
六十七が五人。
ぴったり。
ルカがガラスへ肩を預けた。
「やられたね」
「何が」
杏。
「情報交換自由ってやつ」
ルカが笑わないまま答える。
「同じ文章だなんて、どこにも書いてなかった」
理人の視線が上へ動く。
九条玄蔵。
質問されなかったことは言わない。
越智の顔まで浮かんだ。
規約を読む男。
あのMAKER ROOMで、気づいていた可能性はある。
「じゃあさっき作った文章」
晴斗が言う。
誰もすぐ答えない。
赤は通過禁止。
青を選択。
白は四秒で閉鎖。
あまりに自然に完成していた。
十五人の断片を全部使えば。
「存在しない」
皆川が言った。
晴斗が見る。
「え?」
「その文章は、どの画面にも元から存在してない」
理人の喉がゆっくり乾いた。
もし気づかなければ、
十五人全員が青へ向かったかもしれない。
三種類の警告。
三種類の正解。
情報を集めれば安全になる。
そう思ったからこそ、
自分たちで間違った答えを作り上げた。
*
MAKER ROOMで葉月が画面を見ていた。
BREAKERS側の音声は届いている。
「三種類」
小さく言う。
越智は操作卓から目を離さない。
葉月がそちらを見る。
「気づいてた?」
「可能性は考えました」
「言わなかった」
「決定前に言いました」
「同じ警告文とは書いてないって、それだけ」
「確定情報ではありませんでした」
葉月が唇を噛む。
「もし、あのまま青に行ってたら」
仁科が横から言う。
「自分らで勝手に決めたんだろ」
葉月が振り向く。
「四十しか見せなかったのはこっち」
「七十やった奴もいる」
「それを決めたのもこっち」
仁科が肩をすくめる。
「じゃあ全部こっちのせいにすんのか」
「そうじゃない」
「なら何だよ」
葉月は答えられなかった。
二階堂はBREAKERSの映像を見ている。
十五人が、文字数ごとに情報を分け始めている。
「結果として、集中配分は機能しました」
葉月の目が動く。
「またそれ?」
「皆川さんと牧瀬さんへ七十を配分したから、差異に早く気づいた」
「でも真鍋さんたちも、最初は間違った」
「ええ」
「七十でも」
「ええ」
二階堂は画面から目を離さない。
「情報量と正しさは同じではありません」
由良の指が机を叩く。
一回。
二回。
止まる。
「多く見えると、自分の断片を全体だと思いやすい」
越智が言った。
「契約でも同じです」
葉月が越智を見る。
「どういう意味?」
「全文を読んだつもりでも、見ているのは自分に関係する部分だけということです」
越智はそれ以上言わなかった。
*
残り六分十二秒。
BREAKERS側では三つのグループができていた。
SOURCE LENGTH 61。
64。
67。
理人は61。
同じなのは、
柚原茉莉。
羽鳥雅也。
片平志乃。
東雲ルカ。
五人。
皆川は64。
杏も64。
汐里も64。
久保田。
芹沢。
67は、
晴斗。
荒巻。
一ノ瀬。
新海。
苑子。
「自分と同じ数字の人だけ!」
皆川が声を張る。
「断片を混ぜないで!」
それまでの十五人全体の会話が、三つへ割れた。
理人は自分のグループを見る。
ルカが最初に言う。
「私、白の行かなり見える」
「読んで」
茉莉。
ルカが画面へ近づく。
「白色表示の扉は……ここ黒……『選択』、その後『せよ』」
志乃が小さく言う。
「私、白の最初に『必ず』があります」
羽鳥。
「俺は真ん中に『を』だけ」
茉莉が笑いかけた。
「『必ず白色表示の扉を選択せよ』じゃない?」
理人は自分の画面を見る。
最後の黒塗り。
そこへ文字を当てる。
幅が合う。
ぴたりと。
「合う」
ルカ。
「じゃあ俺たちは白」
まだ決めない。
理人は赤と青も埋める。
どちらも警告。
白だけが選択指示。
間違いない。
隣のグループでは皆川が青を指している。
さらに向こうで苑子が赤。
三つ。
三色。
理人はそこで初めて、ゲームの形が見えた。
全員で一つの正解を出すゲームではない。
違う情報を持つ者同士が、
誰と情報を共有するべきか見抜くゲーム。
残り時間。
《04:03》
三色の扉が、廊下の先でゆっくり開き始めた。
理人は白い扉を見る。
その向こうは真っ暗だった。
正解だと分かっても、
足が軽くなるわけではなかった。
何より頭から離れなかったのは、
さっき全員で作った青を選べという文章だった。
あれほど自然だった。
あれほど正しそうだった。
けれど、
つなぎ合わせた文章は、最初から一つの文章ではなかった。




