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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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第16話 欠けた文章

赤城鉄平が出ていった扉は、しばらく白いままだった。


誰かが戻ってくるわけでもないのに、理人は何度かそちらを見た。


残り二十一人。


数字にすると一人減っただけだった。


けれどSAFE ROOMの椅子は、最初よりずいぶん離れて置かれているように見えた。


重松がいない。


鶴巻がいない。


赤城がいない。


実際には椅子の間隔など変わっていない。それでも空いた場所へ視線が落ちるたび、そこだけ部屋が少し広くなっている。


右足首はまだ痛んだ。


歩く分には問題ない。


汐里にそう言うと、今度は何も返されなかった。


代わりに一度だけ足元を見られた。


それで十分だった。


二階堂は部屋の反対側にいる。


誰とも話していない。


赤城が去る直前に言った言葉が残っていた。


正しい奴に危険な方へ送られるのが、一番たち悪い。


理人には、その言葉の方が二階堂への悪口よりずっと重く感じられた。


正しいから従う。


従った結果、誰かが死ぬ。


その時、正しかったという事実は何をしてくれるのか。


答えが出る前に照明が落ちた。


室内に残ったのは、床際へ埋め込まれた細い白光だけだった。


今までのゲーム開始前とは違う。


赤ではない。


警告灯も点かない。


音もない。


数秒後、壁の中央に白い文字が浮かんだ。


《AREA 05》


《REDACTION》


その下に日本語。


《欠落》


柏木晴斗が眉を寄せた。


「何これ」


東雲ルカが隣から覗く。


「消すって意味じゃない?」


「何を」


「それはこれからのお楽しみ」


「楽しそうに言うなよ」


《ROLE ASSIGNMENT》


名前が分かれ始める。


理人は自分を探した。


《BREAKER》


真鍋理人。


有川汐里。


柏木晴斗。


柚原茉莉。


荒巻泰造。


久保田理玖。


片平志乃。


芹沢洋平。


皆川文乃。


一ノ瀬結衣。


新海譲。


東雲ルカ。


羽鳥雅也。


宮部杏。


牧瀬苑子。


十五人。


《MAKER》


越智恒成。


二階堂隆雅。


三雲葉月。


志摩由良。


八田周平。


仁科昂平。


六人。


葉月が自分の名前を見たあと、袖口へ指を触れた。


すぐ離す。


二階堂はもう人数を数えている。


十五と六。


理人がそちらを見ると、二階堂と一瞬だけ目が合った。


何も言わない。


床が分かれた。


今度、沈んでいくのは六人だけだった。


越智が最後まで上を向いている。


理人には、その表情が少し気になった。


怖がっているわけではない。


何かを待っているようにも見えた。


床が閉じる。


十五人だけが残った。


*


扉の先にあったのは、大きな部屋ではなかった。


細長い廊下。


両側へ透明な個室が並んでいる。


全部で十五。


一人ずつ名前が表示されていた。


《MANABE RIHITO》


理人の個室は右側の三番目だった。


中へ入る。


背後で透明扉が閉まった。


ロック音。


室内には椅子も机もない。


正面の壁に縦長のディスプレイが一枚。


天井から落ちる光は薄く青みがかり、ガラスへ反射した自分の顔から血の色だけを抜いて見せる。空気は乾燥していて、電子機器の熱と新しいプラスチック、それに古いコピー機を動かした時のような微かな焦げ臭さが混じっていた。


左右の個室も見える。


声も聞こえる。


完全に隔離するつもりではないらしい。


杏がガラス越しに理人を見る。


「何か書いてある?」


「まだ」


ルカがその向こうで、自分のディスプレイを指で軽く叩いた。


「触っても反応しない」


「壊さないでくださいよ」


理人が言う。


「真鍋さんが言うと保守担当みたい」


「保守担当です」


「知ってる」


ディスプレイが一斉に点灯した。


ルール。


三行。


《各BREAKERに一つの警告文を表示する》


《文中の一部は欠落する。情報交換は自由》


《制限時間内にRED/BLUE/WHITEいずれかのEXITを選択せよ》


理人は最後まで読んだ。


三つの出口。


どれか一つ。


それだけ。


晴斗が廊下の向こうから声を上げる。


「間違ったら?」


回答はない。


「そういうところだけ書かないんだよな」


ルカ。


芹沢が自分のガラスへ片手をついた。


「聞くだけ聞いてみろ」


晴斗は天井へ向かって言った。


「九条さん。間違った扉を選んだら死ぬ?」


数秒。


何も起きない。


さらに数秒経って、天井のスピーカーから九条玄蔵の声が流れた。


「死亡する可能性はある」


晴斗の口が止まる。


「可能性って」


「それ以上はゲームの一部だ」


「じゃあ正解は一個?」


少し間があった。


「その質問には答えない」


通信が切れた。


ルカが小さく口笛を吹く。


「嘘は言わないけど、親切でもない」


理人は正面を見る。


まだ警告文は出ない。


代わりに、小さな数字だけが表示された。


《DISCLOSURE RATE : --》


*


MAKER ROOMには、十五人の名前が横一列に並んでいた。


その下に数字。


二十。


三十。


四十。


五十。


六十。


七十。


八十。


画面上部。


《TOTAL DISCLOSURE : 750%》


《EACH BREAKER : MIN 20% / MAX 80%》


《欠落箇所はRULE ENGINEが決定する》


葉月が読み終えて顔を上げた。


「私たちが決めるのは、どこを消すかじゃない」


「どれだけ見せるかだけですね」


八田周平が眼鏡を直した。


志摩由良の指が操作卓を一定の間隔で叩いている。


「平均五十パーセント」


「全員五十でいいだろ」


仁科昂平が言った。


「平等じゃねえか」


二階堂が首を横に振る。


「情報を使える人間へ多く配るべきです」


葉月が二階堂を見る。


「また?」


「何がです」


「できる人に多くする」


「今回は危険を多くする話ではありません」


「少なくされた人は?」


「共有できます」


二階堂がルールを指す。


《情報交換は自由》


「読み解く能力が高い人間に情報を集め、全体へ伝達した方が合理的です」


越智は黙って画面を見ていた。


一ノ瀬結衣。


皆川文乃。


牧瀬苑子。


久保田理玖。


真鍋理人。


二階堂がその五人を選ぶ。


それぞれ、


《70%》


残る十人。


《40%》


合計七百五十。


葉月が画面を見る。


「有川さんも四十?」


「医療知識が必要なゲームには見えません」


「晴斗さんも」


「情報分析能力を基準にしています」


「杏ちゃんも?」


二階堂は葉月へ顔を向けた。


「三雲さん」


「分かってる」


葉月は袖口から手を離した。


「誰かをひいきしたいって話じゃない」


「では何です」


「四十しか見えない側は、七十の人を信じるしかなくなる」


その言葉に八田の目がわずかに動いた。


由良の指も止まる。


二階堂は数秒考えた。


「それが問題だと?」


「まだ分からない」


「なら」


「だから怖いって言ってる」


葉月は自分でも言葉を探すように画面を見る。


「今まで、数字が大きい方がいいって何度も思わされたでしょう」


仁科が笑う。


「じゃあ全員五十にすんのか」


「それなら、それで」


「頭いい奴も読めねえ奴も同じだけ渡す?」


二階堂が画面へ指を置いた。


「今回は私も均等より集中を選びます」


越智が初めて口を開いた。


全員が見る。


「ただし、一つ確認したい」


「何を」


二階堂。


越智はルール文を指でなぞった。


「ここには、全員へ同じ警告文が表示されるとは書いていません」


葉月の顔が止まる。


仁科が鼻を鳴らした。


「屁理屈だろ」


「そうかもしれません」


越智は眼鏡を押し上げた。


「しかし契約文なら、書かれていない同一性を勝手に補うことはしません」


二階堂はしばらくルールを見た。


それから聞く。


「あなたなら配分を変える?」


「いいえ」


「なぜ」


「違う文章であっても、情報量の多い人間が複数いれば比較できる」


越智は淡々と答えた。


「むしろ、その方が差異を発見しやすい」


残り時間。


《00:31》


二階堂が認証欄へ触れる。


「では、このままで」


葉月は最後まで迷っていた。


二十。


十九。


十八。


やがて指を置く。


六人の認証が揃う。


《DECISION ACCEPTED》


*


理人のディスプレイに、


《DISCLOSURE RATE : 70%》


と出た。


隣の汐里。


四十。


その向こうの晴斗も四十。


皆川は七十。


苑子も七十。


「七十?」


杏の声がする。


彼女は四十だった。


「人によって違うの?」


「MAKERが決めたんでしょう」


一ノ瀬が答える。


彼女も七十。


画面が切り替わった。


白地に黒い文字。


ところどころが、真っ黒な長方形で塗り潰されている。


理人は目を細めた。


《警告》


《赤色表示の扉は■■■■■■》


《青色表示の■■■■開放後■■秒で閉鎖する》


《白色表示の扉は■■■■■■■■》


《■■■■を選択せよ》


同時に、左右から声が上がった。


「こっちも警告文」


「赤、青、白って書いてある」


「俺のはほとんど黒いんだけど」


理人は汐里の画面を見る。


同じ構造に見える。


赤。


青。


白。


黒く消えた部分。


ただ、


何かが違う。


汐里の一行目は理人より長く消えている。


晴斗は二行目。


杏は三行目。


皆川は自分の画面を見ながら、空中へ文字を書き始めている。


十五人。


十五枚。


同じ警告文。


そう見えた。


ところが理人がルカの画面へ視線を移した時、背中に小さな違和感が触れた。


黒く塗られている場所が違う。


それだけではない。


黒い長方形そのものの長さまで、


一人ずつ違っていた。



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