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LAST VAULT ―300億の遺産―  作者: asnt2026


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14/48

第14話 背負う場所

TRANSFER DECKを離れてから、四台のLIFTはしばらく同じ速度で上がった。


Aは静かだった。


Bも。


Cも。


Dも。


四台ともLOADとSUPPORTが一致している。


数字だけを見れば、ようやく公平になった。


だが理人は安心できなかった。


公平。


その言葉が、ここへ来てから何度も違う形で裏切ってきた。


床に座った杏の前で、汐里が右足首を触っている。


「痛い?」


「押されると」


「ここは」


「ちょっと」


「ここ」


「そこは平気」


「腫れは少ないですね。歩けます?」


杏が立ち上がる。


一歩。


二歩。


「大丈夫」


汐里が顔を上げる。


杏がすぐ言い直した。


「歩ける」


「それならいいです」


理人は少し離れた場所で聞いていた。


大丈夫。


その言葉がこの場所では少しずつ意味を失っている。


「真鍋さん」


今度は自分が呼ばれた。


「右足」


「歩けます」


「まだ聞いてません」


「先に答えました」


「学習するところが違います」


汐里がしゃがむ。


理人も仕方なく足を出した。


その時、壁面表示が変わった。


《SECTION 2》


《DYNAMIC VARIANCE : ±5》


《ALL LIFTS SIMULTANEOUS》


理人は足を引いた。


汐里も立ち上がる。


「全台同時?」


荒巻が表示を見る。


今度は余裕がない。


どのLIFTも、


LOAD=SUPPORT。


わずか一でも増えれば不足。


「また動かす必要がある」


理人が言った。


「何を」


杏。


「荷物」


荒巻が周囲を見る。


「でも次のTRANSFER DECKまで移せねえぞ」


その通りだった。


今は四台が離れて上昇している。


《NEXT TRANSFER DECK : 72m》


七十二メートル。


《VARIANCE START : 10 SEC》


十。


理人は床を見る。


今度はBURDENを移せない。


同じLIFT内で位置を変えることしかできない。


「荒巻さん」


「重心だ」


同時に言った。


荒巻が四隅を指す。


「各角一人。円筒は中央寄り。ただし固めすぎるな」


「何で中央?」


杏。


理人が答える。


「さっきみたいに偏って滑り出すと、戻せなくなる」


「でも人は散る?」


「動けるから」


汐里が杏を右奥へ送る。


「無理ならすぐ言って」


「分かってる」


五。


四。


黒い円筒はもうAにはない。


LOAD10。


人間四人と床の基礎負荷だけ。


ほか三台には五本ずつ増えたBURDENがある。


二。


一。


LIFTが急加速した。


膝が沈む。


身体が床へ押しつけられる。


理人の視界が一瞬だけ下へ落ちた。


次に、ふっと軽くなる。


胃が持ち上がる。


杏の靴が床から浮いた。


「杏!」


汐里が手を伸ばす。


だが杏の身体は右側へ流れた。


足首をかばった。


ほんの少し。


その少しで着地がずれる。


杏の右肩が手すりへぶつかる。


身体が外側へ回る。


縦穴。


赤い灯。


闇。


荒巻が動いた。


大柄な身体とは思えない速さだった。


二歩。


右腕を伸ばす。


杏の腰を掴む。


しかし荒巻自身の勢いが止まらない。


手すりへ腹がぶつかった。


上半身が外へ出る。


「荒巻さん!」


理人が背中を掴んだ。


服の布が掌へ食い込む。


汐里も荒巻のベルトへ手を掛ける。


杏は手すりの外側。


荒巻の右腕一本だけで支えられている。


時間が遅くなる。


杏の髪が上向きの風で舞っている。


口が開いている。


声は聞こえない。


荒巻の指が杏の服へ食い込む。


理人の肩に痛みが走る。


「上げる!」


理人が叫ぶ。


汐里が足を踏ん張る。


「杏、手すり掴んで!」


杏の左手。


一度空を切る。


二度目。


指先が金属へ触れる。


滑る。


三度目。


握った。


「そのまま!」


荒巻が右腕を引く。


理人と汐里が荒巻を引く。


杏の身体が少しずつ戻る。


膝が手すりへぶつかる。


身体が内側へ倒れ込む。


四人が床へ崩れた。


誰もすぐに起き上がらなかった。


床だけが上昇を続ける。


機械音。


風。


呼吸。


それだけ。


杏が最初に声を出した。


「ごめん」


荒巻が顔を上げる。


「何で謝る」


「私のせいで」


「違う」


「でも足かばって」


「なら足を痛めた原因まで遡るか?」


杏が黙る。


荒巻は仰向けになり、天井の暗闇を見る。


「そうやって戻っていったら、最後はここに来た奴が悪いって話になる」


理人は荒巻を見る。


「それも違いますね」


「ああ」


荒巻が起き上がる。


右肩を一度回した。


痛そうだった。


汐里がすぐ気づく。


「肩」


「平気だ」


「それ、今日何人目だと思ってます?」


荒巻の口元が少し動く。


「歩ける」


「肩で歩かないでしょう」


理人は思わず息を漏らした。


杏も笑いかける。


笑い切る前に目元を手で擦った。


*


LIFT Bでは、赤城鉄平が増えた五本のBURDENを睨んでいた。


「結局こいつら、全部こっちへ来たじゃねえか」


越智が横から言う。


「五本だけです」


「一本でも重いんだよ」


「数値上はLOAD30、SUPPORT30。問題ありません」


赤城が越智を見る。


「お前、何でも数字なら安心できんのか」


「安心しているとは言っていません」


「そういうとこだよ」


晴斗が間へ入る。


「今ケンカする?」


「してねえ」


「してるように見えるけど」


ルカがコインを指の上で転がす。


「視線集めるならもう少し派手にやって」


「黙ってろ」


その瞬間、


LIFT Bが急減速した。


五本の円筒が前へ滑る。


「来た!」


晴斗が一本へ飛びつく。


赤城も反対から押さえる。


越智はすぐに後方へ下がり、床の傾きを見た。


「右前へ二本寄っています。左へ一本!」


「言うだけか!」


赤城が怒鳴る。


「私は軽い。今動けば余計に偏ります」


「腹立つほど正しいな!」


ルカが笑う余裕もなく円筒へ肩を入れた。


四台。


それぞれの場所で同じことが起きている。


MAKER ROOMの画面には傾斜角が次々と表示される。


A。


4.8。


B。


6.2。


C。


5.5。


D。


7.1。


葉月が画面を追う。


「均等でも、危ない」


「だから言いました」


二階堂。


一ノ瀬が横を見る。


「今は全台均等です」


「ええ」


「じゃあ最初から二十五ずつでも同じだった?」


二階堂は首を横に振る。


「違います」


「何が」


「最初の区間で四台同時にこの状態になっていた」


一ノ瀬の目が止まる。


二階堂は続けた。


「今は全員がゲームの性質を理解している。BURDENの動かし方も、姿勢制御の癖も、TRANSFER DECKで共有された」


皆川が画面を見る。


「最初に一台だけへ危険を集めたことで、残り三台が安全に第一デッキまで到達した」


「そこで全員が攻略方法を共有できた」


由良。


二階堂が頷く。


「四台同時に初見でこの揺れを受けるより、生存率は高い」


一ノ瀬はしばらく何も言わなかった。


葉月も。


二階堂の理屈には、人間の顔が見えない。


なのに画面の中では、その理屈で今も十六人が動いている。


そこがいちばん扱いづらかった。


正しくないと言い切れない。


正しいとも言いたくない。


*


第二TRANSFER DECK。


四台が再び接続された時、誰も最初のようには急がなかった。


全員が床へ降りる。


荒巻の肩を汐里が見ている。


杏はその横。


赤城はBURDENから離れると、真っ先にAへ歩いてきた。


「二階堂が十にしたんだってな」


理人が答える。


「まだ本人には聞いてないです」


「他にやる奴いるか?」


「いそうにはないですね」


赤城が鼻を鳴らす。


その向こうに表示。


《FINAL SECTION》


《ONE LIFT MUST CARRY OVERLOAD : 15》


文字を読んだ瞬間、空気が止まった。


晴斗が画面へ近づく。


「は?」


次の行。


《OTHER THREE LIFTS REQUIRE MARGIN 5》


《SELECT BY BURDEN TRANSFER》


最後の区間。


三台は5の余裕が必要。


そのためには、


一台が15余分に持つ。


最初と同じ。


誰かが背負わなければ、他の三台は安全にならない。


赤城が笑った。


音だけだった。


「結局戻るのかよ」


誰も動かない。


荒巻が立ち上がった。


「Aでいい」


汐里がすぐ顔を向ける。


「駄目です」


「何でだ」


「肩を痛めてます」


「動く」


「動くかどうかと、次の揺れに耐えられるかは別です」


「なら俺だけBかCへ移る」


「そういう話じゃありません」


荒巻が理人を見る。


「お前はどう思う」


理人は四台を見る。


A。


B。


C。


D。


誰かが十五を背負う。


何をどう配っても、消えない。


さっきまでなら、Aでやる方法を探したかもしれない。


自分たちが設備を読める。


荒巻が強い。


汐里が状況を見られる。


杏は軽い。


二階堂も同じ理由でAを選んだ。


理屈は分かる。


だからこそ、すぐに頷けなかった。


「一回」


理人は言った。


「全員で決めませんか」


荒巻の眉が動く。


「時間は?」


表示。


《TRANSFER LIMIT : 240 SEC》


四分。


「あります」


理人は周囲を見る。


二十二人ではない。


MAKER六人を除いた十六人。


その十六人だけで、今から誰が危険を背負うかを決める。


晴斗。


ルカ。


赤城。


越智。


芹沢。


羽鳥。


茉莉。


仁科。


久保田。


志乃。


八田。


苑子。


杏。


汐里。


荒巻。


自分。


理人は口を開いた。


「今度は、向こうに決めさせる必要ないですよね」


縦穴の上。


見えないMAKER ROOMへ視線を上げる。


「誰が背負うかは、こっちで決められる」


それを聞いた荒巻は、少しだけ目を細めた。



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