第11話 配荷
次のエリアへ続く扉が開いた時、最初に入ってきたのは風だった。
下から吹き上がる風。
冷えているのに油の臭いが濃く、古いエレベーターの機械室へ顔を入れた時のような金属粉の匂いが鼻の奥へまとわりつく。
その先には床がなかった。
巨大な縦穴。
向こう側の壁まで五十メートルほどありそうだった。
上を見ても天井は暗闇へ溶けている。
下も同じ。
その中央に、四台の大型昇降床が並んでいた。
金属製。
一台につき人が十人ほど立てそうな広さ。
床の四隅から太いワイヤーが伸び、はるか上の闇へ消えている。
赤い非常灯だけが縦穴の壁を一定間隔で照らし、光と闇が何層にも重なっていた。
「高い所苦手な人、いる?」
柏木晴斗が言った。
宮部杏が手を上げかけて止める。
「今さら言って何か変わる?」
「気持ちの準備?」
「準備したら平気になるなら高所恐怖症って便利だね」
晴斗が口を閉じた。
ルカが横で笑う。
「負けたね」
「お前どっちの味方だよ」
「面白い方」
理人は会話を半分だけ聞きながら、昇降床の支柱を見る。
四台とも構造は同じ。
ただ、普通のエレベーターではない。
床下に油圧式の姿勢制御装置。
四隅に独立したブレーキ。
ワイヤーだけで吊っているわけではない。
重量が偏った時に水平を保つ仕組みだろう。
その必要があるゲーム。
そう考えたところで、表示が出た。
《AREA 04》
《LOAD SHARE》
《ROLE ASSIGNMENT》
名前が切り替わる。
《MAKER》
二階堂隆雅。
志摩由良。
皆川文乃。
一ノ瀬結衣。
新海譲。
三雲葉月。
六人。
葉月が自分の名前を見て袖口をつまんだ。
ほんの一瞬。
それから手を離す。
他の参加者と同じように見える。
理人は《BREAKER》。
汐里も。
荒巻泰造。
宮部杏。
床が分かれる前に、荒巻が理人の肩越しへ昇降床を見た。
「吊り床か」
「たぶん」
「たぶん?」
「まだ触ってないんで」
荒巻の口元が少しだけ動く。
「現場屋らしいな」
「荒巻さんも?」
「建設だ」
それだけ言って、荒巻は一番近い床のワイヤーを見上げた。
目で太さを測っている。
鶴巻と同じではない。
けれど設備を見る時の目は似ていた。
理人は思わず聞きそうになる。
K-13。
だが床が動いた。
MAKERの六人が別室へ下がっていく。
二階堂は沈む直前、昇降床を一度見た。
人を見るというより配置を見る目だった。
*
BREAKERSは十六人。
四人ずつ四台へ。
《LIFT A》
真鍋理人。
有川汐里。
荒巻泰造。
宮部杏。
《LIFT B》
柏木晴斗。
東雲ルカ。
赤城鉄平。
越智恒成。
《LIFT C》
芹沢洋平。
羽鳥雅也。
柚原茉莉。
仁科昂平。
《LIFT D》
久保田理玖。
片平志乃。
八田周平。
牧瀬苑子。
それぞれの床には、人間以外に黒い円筒が積まれていた。
腰ほどの高さ。
一本では軽そうに見える。
だが十本以上ある。
理人が近づくと表面に数字。
《BURDEN : 1》
杏が一本を押してみる。
動かない。
「重っ」
荒巻が横から手を掛ける。
少し傾ける。
中で何かが動く鈍い音。
「一個四十キロくらいあるな」
「それで1?」
杏が顔をしかめる。
理人は床の表示を見る。
《CURRENT LOAD : 25》
四台とも同じ。
人間の体重まで含めて、システム側が黒い円筒の数を調整したらしい。
全LIFT。
LOAD 25。
合計100。
表示。
三行。
《全LIFTを上層EXITへ到達させよ》
《MAKERは合計100のSUPPORTを4台へ配分する》
《LOADがSUPPORTを超えるほどLIFTは不安定になる。BURDENは廃棄禁止》
晴斗が隣のLIFTから叫ぶ。
「また百!」
赤城鉄平が大きな声で返す。
「好きだな、この施設。百が」
越智は表示文を黙って読んでいる。
「均等なら二十五ずつじゃない?」
杏。
「今のLOADも全部二十五だし」
理人もそう思った。
25。
25。
25。
25。
ぴったり100。
一見すれば答えは最初から出ている。
だから嫌な感じがした。
簡単すぎる。
汐里が理人の横へ来る。
「また何かあります?」
「まだ分かりません」
「今回は最初から疑うんですね」
「学習しました」
「良いことなのか分かりませんね」
理人は昇降床の端へ近づいた。
下を見る。
赤い光が数十メートル先まで続いている。
そのさらに下は黒い。
風が上へ抜け、シャツの裾を煽った。
手すりは腰の高さしかない。
「落ちないでくださいね」
汐里。
「まだ落ちません」
「まだ、は要らないです」
荒巻が床下の装置を覗き込んでいる。
「水平制御が四点独立だ」
「見えます?」
理人もしゃがむ。
「昔こういうの使ったことがある」
「建設現場で?」
「橋脚。こいつほど馬鹿でかくはないがな」
荒巻が立ち上がる。
「荷重が偏ると面倒だぞ」
その言葉と同時に、壁面へ別の表示が出た。
上層までの経路図。
四本のLIFTは平行に上がっている。
途中に二か所だけ、横方向の接続場所。
《TRANSFER DECK 1》
《TRANSFER DECK 2》
杏が指さす。
「あそこで移れる?」
理人は表示を読む。
《PERSON / BURDEN TRANSFER AVAILABLE》
人も荷物も移動できる。
つまり最初の配分で最後まで固定されるわけではない。
途中で組み替えられる。
理人の中で、少しだけ形が見えた。
けれどまだ足りない。
MAKERが何を選ぶか分からない。
上部のランプが赤く点いた。
《MAKER DECISION IN PROGRESS》
理人は暗い天井を見上げた。
今回は、誰にどれだけ「支え」を与えるか。
二階堂が決める側にいる。
それだけで、均等にはならない気がした。




