織りの魔女からの贈り物
「左手、ちょっと貸して。」
ジェスミンが不意に言った。
手をつなぐの!?
昨日みたいに、そっと指先が触れ合うだけなのだろうか。
それとも、恋人たちみたいに、カフェのテーブルの上で手を重ね合い、お互いを見つめ合うのだろうか。
エイデンの頭の中はそんな妄想でいっぱいになった。
彼は期待に胸を膨らませながら、素直に左手を差し出し、テーブルの上に置く。
ジェスミンはその左手を軽く取ると、素早く紐のようなものを手首に通し、そのまま手を離した。
エイデンが視線を落とすと、左手首には編み込まれたブレスレットが巻かれていた。
黒とも濃い茶色ともつかない落ち着いた色合いで、控えめながらも上品な模様が編み込まれている。
「こ、これって……まさか、ジェスミンさんが作ってくれたんですか!?」
興奮のあまり、声まで上ずってしまう。
「最近少し時間があったから作ったの。それより……ちょっと、何してるの? まさか外そうとしてる?」
ジェスミンは目を丸くする。
当のエイデンは、すでにブレスレットを外そうとしていた。
「はい。」
真面目な顔で答える。
「汚したくなくて……袋にしまっておいた方が安全かなって。」
「作るときに防水加工と、血がついても傷みにくい素材を使ってあるから、できるだけ身につけていて大丈夫よ。もし壊れても、また新しく編んであげるから。」
ジェスミンは呆れたように説明した。
「わあ……」
エイデンは目を輝かせ、まるで神聖な宝物でも眺めるように左手首のブレスレットを見つめた。
少しでも格好よく見える位置を探すように、何度も角度を変えては眺めている。
「やっと僕の番だ。」
そう呟き、ブレスレットを見つめたあと、エイデンは満面の笑みでジェスミンを見た。
「ありがとうございます。ずっと大切に身につけます。」
その笑顔を見たジェスミンは、少しだけ居心地が悪そうに視線を逸らした。
「気に入ってくれたならよかった……。飲み物も飲み終わったみたいだし、そろそろ行こっか。」
そのときエイデンは、不意にジェスミンの耳先が淡い桜色に染まっていることに気づいた。
それだけで心臓がさらに激しく鼓動する。
胸が苦しいほど甘く、全身が熱を帯びていく。
――ジェスミンさんが聞かなくてもいい。
僕の方から、本当のことを話したい。
◇
カフェを出た二人は、街をのんびり歩いていた。
仲夏祭が終わったばかりということもあり、この日は休業している店が多く、通りにも人影はまばらだった。
ジェスミンが少し前を歩き、自然と行き先を導いていく。
エイデンは半歩後ろを歩きながら、手をつないでもいいのだろうか、と何度も迷っていた。
もし自分から手を伸ばしたら、がっつきすぎだと思われるだろうか。
やがて二人は川辺へたどり着く。
真夏の暑さの中でも、この場所だけは涼しい風が吹き抜けていた。
川沿いの木々には、仲夏祭で飾られた花飾りや、太陽を象った金色の飾りが今も吊るされている。
昼間に眺めても、それはどこか幻想的な美しさを放っていた。
風が吹くたび、金色の飾り同士が触れ合い、澄んだ音色を響かせる。
「『虐げられた奴隷少女は、孤独な大公に溺愛される』って読んだことあります?」
川辺に腰を下ろすと、エイデンが切り出した。
あまりにも唐突な話題に、ジェスミンは目をぱちくりさせる。
「実は……読んだことはないの。」
エイデンが露骨にしょんぼりした表情を見せると、ジェスミンは慌てて付け加えた。
「でも、昔マラがすごく好きだったから、どんな話なのかとか、登場人物くらいは知ってるわ。」
「それなら十分です。」
エイデンはほっと息をついた。
「内容を語りたいわけじゃなくて、あの作品で例えた方が、僕の家族のことを説明しやすいんです。」
ジェスミンは作品についての記憶をたどりながら、少しだけ複雑そうな顔になる。
「まさか……あなたの名前って、その作品の主人公夫婦の長男――エイデンから?」
「父が熱心な読者だったので……。」
「お母様も賛成したの!?」
「母はその小説を読んだことがなくて、『エイデンの炎』の神話から取った名前だと思ってるんです。縁起のいい名前だって。」
「まさかノーマンさんが、あの作品の熱狂的な読者だったなんて……。」
「主人公と自分を重ねてたんだと思います。あの小説は恋愛の教科書だって言ってましたし。」
「『虐げられた奴隷少女は、孤独な大公に溺愛される』を? 主人公同士はまともに話し合いもしないし、ヒロインは堕胎薬草の存在を無視したまま、奴隷の身分でお腹の子を連れて逃げるような作品を、恋愛の教科書に?」
「……なんでそこまで知ってるんですか。ええ、その通りです……。」
エイデンは気まずそうに頭をかいた。
彼自身も、あの物語はかなり変わった内容だと思っている。
それなのにノーマンは、本当にほとんど同じようなことをしてしまった。
幸いだったのは、ヒルダが常識人だったことだ。
ノーマンも、自分も、弟や妹も大切に育ててくれた。
屋敷にいる「あの人」も、不自由のない生活を送っている。
ヒルダは、小説の主人公のような人では決してなかった。
「……待って。」
突然、ジェスミンが言った。
彼女の表情が真剣になる。
額に手を当て、目を閉じて、何かを考え始めた。
その真剣な横顔を見つめながら、エイデンの胸はまた高鳴る。
――ああ……真剣に考え込んでいるジェスミンさんも、すごく素敵だ。
やがてジェスミンは目を開き、まっすぐエイデンを見つめた。
「……これが、私がヘクトール伯爵夫人に何度面会をお願いしても、そのたびに理由をつけて断られていた、本当の理由なのね?」
その口調には、すでに確信があった。




