祝祭の夜に恋を告げる
しばらくしてから、エイデンはようやく我に返り、自分がジャスミンと手をつないだままだということに気づいた。
(幸せすぎる!!!)
ジャスミンに手を引かれている自分を見て、先ほど見かけた父さんと母さんが手をつなぎ、ヒューゴとマナを連れて歩いていた光景まで思い出してしまい、顔が一気に熱くなる。
ジャスミンは穏やかな力で彼の手を引きながら、ゆっくりと歩いていた。
ずっと手をつないでもらっているのは少し照れくさい。
エイデンは身体をよじり、彼女の持つ籠を代わりに持とうと手を伸ばした。
父親譲りの長身である自分と比べれば、ジャスミンはずっと小柄だ。
市で買った工芸品がぎっしり詰まった籠に押しつぶされてしまうのではないかと、少し心配になってしまう。
そんな彼の様子に気づいたジャスミンは、小さく笑い、そのまま手を離そうとした。
「そのままでいいよ。僕は気にしないから」
思わず口をついて出た言葉だった。
しまった、とエイデンはすぐに後悔したが、一度口にしてしまった言葉はもう戻らない。
「それは困るわ。」
ジャスミンは冗談っぽく笑った。
「まだ王立学院のお給料も最初の一回をもらっていないもの。このままだと、お父様に結婚の申し込みもできないわ。」
「結婚の申し込みをするなら、まずは母さんに会ってもらわないと。それに、ジャスミンのご家族にも会いたい。」
その言葉に、ジャスミンの足が止まる。
彼女は振り返り、エイデンを見つめた。
ちょうどその時、市場中央の舞台から紫色の光が放たれ、二人を照らした。
ジャスミンはまるで紫の光に包まれているようだった。
舞台の光は白いドレスを淡い桃色に染め、深い色の瞳にも静かに映り込んでいる。
エイデンには、その瞳にどんな感情が宿っているのかまでは分からない。
それでも彼は視線を逸らさなかった。
「エイデン……」
ジャスミンの声は、とても優しかった。
巡礼の旅で仲間をいたわる時の優しさとも違う。
真珠王国の宮廷で貴族令嬢として見せていた微笑みとも違う。
「まだ、お母様にはお会いしたことがないもの。」
「じゃあ、一緒に会いに行こう。」
ジャスミンは目を丸くした。
「母さんも今日は来てるんだ。よく考えたら、公務で外国の使節を迎えたりしていた頃に、一度くらい会ったことがあるかもしれないし……」
「違うの。私が言いたいのは、そういうことじゃなくて。」
エイデンは、自分でも驚くほど早口になっていることに気づいた。
興奮しているのか、それとも緊張しているのか、自分でも分からない。
「いや、その……」
「ヒューゴとマナのことも知ってるよね。二人とも、新学期を楽しみにしてるって――」
「違う、僕はいったい何を言ってるんだ……」
頭の中が真っ白になる。
どうすれば、この気持ちをちゃんと伝えられるのだろう。
「とにかく……」
「僕は、本当に君が好きなんだ。」
―言ってしまった。
その瞬間、舞台の照明が切り替わり、紫色だった光が淡い桃色へと変わる。
柔らかな光の中で、エイデンはジャスミンの表情をはっきりと見ることができた。
深い色の瞳はまっすぐ彼を見つめている。
再会してから今まで、彼女がこれほど真っ直ぐ彼を見つめ続けたのは、きっと初めてだった。
ジャスミンは小さく息を吸う。
「……私も、あなたが好き。」
そのあとの夜は、まるで桃色の夢のようだった。
ジャスミンは屋台で透明なカップに入った桃色の果実酒を買い、一息で飲み干すと、エイデンとともに中央の舞踏場へと足を踏み入れた。
舞踏場の周囲には色鮮やかな布幕が巡らされ、そこには精緻な紋様が描かれている。その模様は、踊る男たちが肩に羽織る色鮮やかな布と、どこか不思議な共通点を感じさせた。
布幕に囲まれた舞踏場では、恋人たちが向かい合って踊っている。
周囲を大勢の人に囲まれていても、互いを見つめ、手を重ねた瞬間だけは、世界に二人しかいないようだった。
穏やかな音楽と柔らかな灯りの中で、エイデンはふと気づく。
ジャスミンは、自分の問いにまだ答えていない。
告白には応えてくれた。
けれど、ヒルダとノーマンに会ってくれるかどうかは、まだ聞けていなかった。
ジャスミンはエイデンの腕に抱えられていた百合を一本抜き取り、淡い桃色の花だけを折って、そっと彼の耳元へ飾る。
「最近、セリーナの様子があまり良くないの。」
そう説明した。
「近いうちに果てなき部族へ行こうと思っているの。戻ってきたら、その後のことを一緒に話しましょう。」
エイデンは静かに頷く。
ジャスミンは少し考えてから、続けた。
「それから……」
「真珠王国でも、まだ片づけなければならないことがあるの。できるだけ早く終わらせてくるわ。」
何を指しているのか、彼女は口にはしなかった。
エイデンは、以前ティムが話していた、真珠王国が王子との婚約を結び直そうとしている件だろうと察する。
あえて尋ねることはしなかった。
彼女が約束してくれたのなら、それを信じよう。
舞踏場の外にあるオープンテラスでは、ロイが一人、静かに酒を飲んでいた。
テーブルには空になった透明なグラスがいくつも積み重なっている。
それでも彼に酔った様子はまったくない。
尖った耳、銀色の長髪、そして濃い肌。
エルフ族の特徴を色濃く残したその姿は、周囲の人々の視線を自然と集めていた。
彼の視線の先には、踊るエイデンとジャスミンがいる。
花冠に飾られた黒髪は一層美しく輝き、白いドレスの裾は舞いながら波のように揺れる。
互いを見つめ合う二人は、あまりにも若く、あまりにも幸せそうだった。
「アドラー……見えているか。」
ロイは皮肉げに笑う。
「君が愛した真珠王国は、こんな姿になってしまった。」
「聖女は、もう現れない。」
「残されたわずかな織りの魔女たちも、この国を去ろうとしている。」
あれからあまりにも長い年月が過ぎた。
アドラーの面影は、もうほとんど思い出せなくなっていた。
それでも、ジャスミンとエイデンの姿を見た瞬間、彼女の記憶が静かによみがえる。
「今も残っているのは……君が私に残した呪いだけだ。」
人混みの反対側では、ノーマンとヒルダもまた、自分たちの息子と、その息子が恋した女性を見つめていた。
ノーマンはヒルダの隣へ寄り添い、彼女の耳元で何かをそっと囁く。
それを聞いたヒルダは、穏やかに微笑んだ。




