第9話:最強の剣士と、絶対の魔法
王都の聖騎士団本部。
執務室に戻るなり、レイナは頭を抱えてソファに倒れ込んだ。
「どうしましょう……。あんな規格外の魔物の群れ、もし王都に攻めてきたら国が滅びますよ……!」
青ざめるレイナを尻目に、レオンハートはいつものようにマイカップにコーヒーを注ぎながら鼻で笑った。
「落ち着けよ、団長。仮にあのトカゲやワン公どもが暴れたとしても、俺一人でなんとか互角には持ち込める。王都を滅ぼさせやしねぇよ」
「……え? あのレッドドラゴンやフェンリルの群れと、副団長一人で互角……?」
レイナは目を丸くした。だが、目の前の男の底知れない実力を誰よりも知っている彼女は、それが決して虚勢ではないとすぐに理解した。
「流石は私の師匠です! ならば、副団長が奴らを引き受けている間に、私や精鋭部隊で背後のあの『魔女』を討ち取れば……!」
「バカ言え。それこそ国が滅ぶぞ」
レオンハートはコーヒーカップをドンッと机に置き、普段の飄々とした態度はそのままに、目だけを鋭く細めた。
「俺が互角にやり合えるのは、あくまであの魔物どもまでだ。……あの嬢ちゃんの魔法には、絶対に勝てん」
「副団長でも、勝てない? 魔法を防ぐ結界や、魔力障壁の魔導具を使ってもですか?」
「無理だな。あいつの力は、火を出すとか氷を飛ばすとか、そういう物理的な法則に則ったもんじゃない。『生命』という根源そのものに対する絶対的な命令だ。斬ることも、防ぐこともできん。あいつが『死ね』と念じれば、俺の体は一瞬で砂に還る。対抗策なんて存在しねぇよ」
その事実に、レイナは絶望的な顔で息を呑んだ。
剣も魔法も通じない、絶対的な破壊の力。それが王都のすぐそばの森にいるのだ。
「だが、心配はいらん。あの嬢ちゃん自身は、ただ弟を助けたいだけの臆病で優しい子供だ。悪意なんて欠片もねぇよ」
レオンハートはふっと表情を緩め、窓の外――迷いの森がある方角を見遣った。
「ただ、自分の力のデカさに怯えてる。誰かがそばで見て、正しい方向に導いてやる必要がある。……というわけで団長。俺が直々に、あの魔女の『お目付け役』として監視任務に就くことにするわ」
「監視任務……?」
「ああ。国家の危機だからな。昼夜問わず、あいつの小屋に入り浸って監視の目を光らせておく必要がある。……俺の書類仕事は、全部お前に任せたぜ!」
「ちょっと待ってください! それ、ただ私が書類仕事から逃げるための口実――ああっ、もう窓から逃げないでください副団長!!」
レイナの怒声が響き渡る執務室の窓から、レオンハートはヒラリと飛び降り、そのまま風のように去っていった。
***
その日の午後。
迷いの森の奥深く、エリアの小屋の前に、大きな荷物を背負ったレオンハートが立っていた。
「よぉ、魔女殿。今日からお前の監視役として派遣されたレオンハートだ。よろしくな」
「えっ? 監視……?」
戸惑う私の横で、レッドドラゴンが「チッ、面倒な奴が来たな」と鼻息を鳴らし、フェンリルが警戒するように唸る。彼らには、レオンハートさんがただの人間ではなく、自分たちと互角に渡り合えるバケモノだと本能で分かっているらしかった。
「まぁ、そんなに警戒するな。飯でも食いながら、お前のそのデタラメな魔法のコントロールの仕方でも教えてやるよ」
ニヤリと笑う最強の不良騎士。
こうして、私と規格外の動物たち、そしてサボり癖のある最強の聖騎士という、ますますカオスな森の同居生活が幕を開けたのだった。




