第10話:知と魔法の王、武と剣の騎士
レオンハートが迷いの森へ向かう数時間前。
王城の最奥、国王の執務室の窓がガタガタと音を立てたかと思うと、一人の男がバルコニーから堂々と侵入してきた。
「よぉ、アルベルト。相変わらず本と書類の虫をやってるな」
「……入り口には扉という便利なものがあるのだがね、レオンハート。聖騎士団の副団長ともあろう者が、王の執務室に窓から入ってくるのはいかがなものかと思うよ」
呆れたようにため息をつくのは、この国の若き国王、アルベルト。
二人は王立学校時代からの旧知の仲だった。アルベルトが『知と魔法』のトップなら、レオンハートは『武と剣』のトップ。首席を巡って競い合った二人は、今でも互いを名前で呼び捨てにする唯一無二の親友にしてライバルだった。
「堅いこと言うな。お前の護衛どもに気づかれずに入り込むための、俺なりのゲームだ」
「近衛兵の警備網を一人で抜けてくる男がどこにいる。……で、今日は何用だ? 君がわざわざ私に直接会いに来るなど、よほどの事態だろう」
アルベルトは羽ペンを置き、真剣な眼差しを向けた。
レオンハートは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、アルベルトの机に無造作に放り投げた。
「こいつに、国王の特級承認印を押してくれ」
「……『迷いの森の魔女に対する専属監査役の任命要請』? 君が、自ら書類を作ってきただと……!?」
アルベルトは目を丸くした。あの、書類仕事という言葉を聞くだけで窓から逃げ出すレオンハートが、自筆で申請書を持ってきたのだ。明日の王都には雪が降るかもしれない。
「迷いの森の魔女……先日、王都の路地を崩壊させたという少女のことか。討伐ではなく、監査役? なぜだ」
「あいつは、ただの子供だ。だが、あいつの持つ力は……お前のその極めちまった魔法の知識ですら、足元にも及ばない代物だぞ。『生命魔法』の反転……いや、根源そのものだ」
「生命魔法、だと……!?」
アルベルトの顔色が変わる。知と魔法を極めた彼だからこそ、その言葉が持つ意味の重さ、そして絶望的なまでの危険性が瞬時に理解できた。
「討伐隊を送れば、王都は砂になる。だから、俺が首輪をつける。あいつは悪党じゃない。力を持て余して怯えてるだけの、腹を空かせたガキだ。俺が真っ当な方向に導いてやる」
「……剣も魔法も通じない相手の首輪など、君にしか務まらないな」
アルベルトはふっと笑みをこぼすと、引き出しから王の証である印章を取り出し、羊皮紙に力強く押印した。
「許可しよう。騎士団長であるレイナには、私から事後報告の形で通達しておく」
「助かるぜ。レイナの奴を通すと、あいつ生真面目だから『まずは会議を』とか言い出して面倒だからな」
「弟子に苦労をかける不良師匠め。……レオンハート、頼んだぞ。この国の、いや、世界の命運はお前とその少女にかかっている」
「大げさだな。ま、せいぜい一緒に飯でも食ってくるさ」
ヒラリと手を振り、レオンハートは再び窓から飛び出していった。
***
そして、現在。迷いの森の奥深く。
「えっ? 監視……?」
戸惑う私と、警戒心を剥き出しにするレッドドラゴンやフェンリルの前で、レオンハートさんは一枚の羊皮紙をビラビラと揺らした。
「おうよ。国王陛下直々の命令書だ。俺がここでお前さんを監視し、指導する。つまり、俺が『問題なし』と判断し続ける限り、騎士団も国もお前には一切手を出せねぇってことだ。レイナの奴も手出し無用ってな」
「国王陛下が……?」
「そういうこった。だから安心しろ。お前はただ、弟を助ける方法を探しながら、俺と一緒に魔法のコントロールを身につければいい。ま、ついでに美味い飯も期待してるぜ」
ニヤリと笑う最強の不良騎士。
こうして、国で一番偉い人のお墨付きをもらってしまった私は、規格外の動物たちと、ちょっとズル賢い最強の聖騎士という、カオスだけど頼もしい家族(?)に囲まれて、本格的な魔女修行の生活をスタートさせるのだった。




