第11話:古代魔法の深淵と、精霊との邂逅
レオンハートさんが森に住み着くようになって数日。
私の「魔女修行」は、まず彼から魔法の基礎知識を教わることから始まった。
「いいかエリア。魔法ってのは大まかに分けて、火や水といった自然現象を操る『属性魔法』と、世界の理そのものに干渉する『古代魔法』の二つがある」
切り株に腰掛けたレオンハートさんは、手の中に小さな炎を出したり消したりしながら説明してくれた。
「現代の魔導士たちが使ってるのは専ら前者だ。後者の古代魔法は、神話の時代に失われたとされてる。……まぁ、俺は趣味で研究して、いくつか使えるようになっちまったがな」
「えっ!? レオンハートさんも古代魔法を使えるんですか?」
私が驚いて聞き返すと、彼はニヤリと笑い、自分の腰に提げていた大剣をぽいっと宙に放り投げた。
しかし、大剣は地面に落ちる前に、空間にぽっかりと開いた黒い穴のようなものに吸い込まれて消えてしまった。
「これが『空間魔法』だ。武器や荷物を別次元に収納したり、短い距離なら瞬間移動もできる。そしてもう一つが……」
レオンハートさんは今度は、近くの木から落ちてきた一枚の葉っぱに向かって指を弾いた。
すると、ひらひらと舞い落ちていた葉っぱの動きが、不自然なほどゆっくりになったのだ。まるで水の中を落ちているかのように。
「……『時間魔法』だ。ただ、こいつは恐ろしく魔力を食う。俺ほどの魔力量があっても、周囲の時の流れをほんの数秒間、遅くする程度が限界だ。時間を完全に止めたり、過去に戻ったりなんてのは、人間の器じゃ不可能だな」
空間魔法と時間魔法。
それだけでも十分に規格外の力だと思うのだけど、レオンハートさんはふっと真剣な顔つきになった。
「だがな、古代魔法の中には、俺みたいな人間がどれだけ修練を積んでも、絶対に到達できない領域がある。それが『精霊魔法』……そして、お前が使う『生命魔法』だ」
「私が使う、魔法……」
「ああ。精霊や生命ってのは、星の根源そのものだ。人の身には過ぎた力であり、本来なら干渉することすら許されない。……だからこそ、その力を持つお前は異端であり、奇跡なんだよ」
その時だった。
私たちの背後で、ふわりと温かい風が吹いた。
「――その通り。人の身でありながら生命の理に触れるなど、本来であればあり得ないことだ」
透き通るような声と共に、森の奥から淡い緑色の髪を持った青年が現れた。
ルビーが嬉しそうに「きゅいっ!」と鳴いて彼の方へ走っていく。
「ザイスさん!」
「久しぶりだね、エリア。……そして、そこの人間」
精霊ザイスの目は、静かな湖面のように冷たくレオンハートさんを見据えていた。
対するレオンハートさんも、切り株から立ち上がり、いつでも『空間』から剣を引き出せるよう構えをとる。最強の剣士と、森の守護者である精霊。二人の間に、ピリッとした緊張感が走った。
「驚いたな。迷いの森の奥には高位の精霊が住まうという伝承は知っていたが、まさかお目にかかれるとはな。……俺の可愛い教え子が世話になったようで」
「ふん。空間と時間を操る人間など、私も数百年ぶりに見た。ただの騎士ではないようだが……お前からは、血の匂いがする。純粋なる生命の器であるエリアには、相応しくないな」
ザイスさんの言葉に、レオンハートさんは悪びれもせず肩をすくめた。
「違いねぇ。俺の手は血に塗れてる。だが、この血塗られた手じゃなきゃ、王都の連中からこの子を守ってやれないんでね」
「……」
ザイスさんはしばらくレオンハートさんを値踏みするように見つめていたが、やがて小さく息を吐き、敵意を解いた。
「彼女を守るというその言葉に、偽りはないようだな。……よかろう。エリアが心を許すのであれば、私もこの森でお前の存在を許容しよう」
「そいつはありがてぇ。森の守護者様とドンパチやるのは御免だからな」
レオンハートさんが飄々と笑い、ザイスさんも微かに口角を上げた。
どうやら、最強の人間と森の精霊との間で、私を巡る奇妙な不可侵条約が結ばれたらしい。
「よし、挨拶も済んだことだし、修行の続きといくか! エリア、まずはそのデタラメな魔力の出力調整からだ。あの木に向かって、ちょっとだけ魔法を放ってみろ」
「は、はいっ!」
見守るレッドドラゴンやフェンリルたち、そして精霊と最強の騎士。
絶対的な安心感と、とんでもない面々に囲まれながら、私の魔女としての力は少しずつ、けれど確実に形になり始めていた。




