第12話:最強団長の視察と、思わぬ天敵
レオンハートさんが居着いてから数日後。
迷いの森に、再びあの凛とした、それでいて少し余裕のない声が響き渡った。
「……副団長! 視察に来ました。本当にここでちゃんと『監視』をしているのか、この目で確かめさせてもらいます!」
現れたのは、聖騎士団長のレイナさんだった。
彼女は前回のパニック状態とは打って変わり、今日は完璧に手入れされた白銀の甲冑に身を包み、鋭い双眸で小屋の周囲を検分している。
「よう、団長。わざわざご苦労なこった。見ての通り、俺はしっかりこの子を『教育』してるところだぜ」
レオンハートさんは、レッドドラゴンの背中に寄りかかりながら、リンゴをかじって手を振った。
「それが教育している者の態度ですか! そもそも、そのドラゴンにそこまで密着して……!」
「まぁまぁ。そんなにカリカリすんな。せっかく来たんだ、お前の腕が鈍ってないか、こいつらが相手してやるよ」
レオンハートさんがニヤリと笑い、指をパチンと鳴らした。
すると、今まで呑気に欠伸をしていたレッドドラゴンと、屋根の上で羽繕いをしていたグリフォンが、すっと姿勢を正してレイナさんの前に降り立った。
「……えっ? まさか、ここで私にこれと戦えと?」
「当たり前だ。この森の主たちに認められねぇような奴に、視察なんてさせるわけねぇだろ。ほら、連戦だ。死ぬ気で来いよ」
「っ……面白い。師匠にそこまで言われて、退く私ではありません!」
レイナさんが腰の長剣を引き抜く。その瞬間、空気が一変した。
彼女から放たれる闘気は、王都の騎士たちとは比べものにならないほど濃密で鋭い。
「グルアァッ!」
レッドドラゴンが先陣を切って、猛烈な勢いで突っ込む。
巨大な爪がレイナさんを切り裂こうとした瞬間、彼女の姿がぶれ、ドラゴンの懐に潜り込んだ。
「遅い!」
ガツンッ! と、剣の腹でドラゴンの顎を叩き上げる。
あの巨体が浮き上がるほどの衝撃。さらに間髪入れず、上空から急降下してきたグリフォンの爪を、彼女は振り返りもせずに剣の鞘で受け流し、そのまま回し蹴りで吹き飛ばした。
「すごい……」
私は呆然とそれを見ていた。
ドラゴンのパワーを真っ向から受け流し、グリフォンのスピードを圧倒している。
騎士団長という肩書きが伊達ではないことを、彼女はその剣技で見せつけていた。
「はぁ……はぁ……。どうですか、副団長!」
十分ほど、二体の大物と渡り合い、かすり傷一つ負わずに完封してみせたレイナさんが、剣を収めて勝ち誇ったように胸を張った。
ドラゴンもグリフォンも「こいつ、人間か……?」と言いたげな顔で困惑している。
「あぁ、合格だ。流石は俺の弟子だな。……だがな、団長。この森には、本当の『最強』がもう一体いるんだぜ」
「……何ですって? ドラゴン以上の魔物がまだいるというのですか?」
レイナさんが再び警戒して剣の柄に手をかけた。
すると、私の足元からトトトトッ……と、小さな影が駆け寄っていった。
「きゅうっ?」
「……え?」
レイナさんの足元で立ち止まり、首を傾げて見上げているのは、ルビーだった。
額の赤い宝石をキラキラと輝かせ、くりくりとした瞳でレイナさんの顔をじっと見つめている。
「きゅんっ!」
ルビーが短い手足を動かして、レイナさんの甲冑の脚部分に「ぎゅっ」としがみついた。
「っ……!?」
先ほどまでドラゴンを圧倒していたレイナさんの体が、ビクッと震えた。
彼女の顔が、急速に赤くなっていく。
「な、何……この、可愛い……生き物は……」
「あ、ルビーって言うんです。額に宝石があるリス(?)で……」
私が教えると、レイナさんは震える手で、恐る恐るルビーの頭を撫でた。
ルビーが気持ちよさそうに目を細め、「きゅい~ん」と甘えた声を出す。
「…………っ!!」
レイナさんは耐えきれなくなったようにその場に崩れ落ち、ルビーをそっと両手で掬い上げた。
「……守りたい。この、小さな命を、全力で守りたい……!」
先ほどまでの威厳はどこへやら。レイナさんの目は完全にハートマークになり、頬をルビーにすりすりと寄せている。
「あーあ、陥落したな。団長は昔から可愛いもんには目がねぇんだよ」
レオンハートさんがニシシと笑う。
最強の騎士団長は、ドラゴンの爪には屈しなかったけれど、カーバンクルの可愛さには一撃で敗北してしまったようだった。
「エリア、さん……。この子の、この子の食事は何ですか!? 私、王都から一番高級な木の実を取り寄せます!!」
鼻息荒く詰め寄るレイナさんに、私は苦笑いするしかなかった。
こうして、森の家族に「貢ぎ物担当」の団長さんが加わり、私の生活はさらに賑やかになっていくのだった。




