第13話:深淵の記憶と、喪われた天才
迷いの森の夜は深い。
小屋の前の庭で、私はルビーを膝に乗せながら、手のひらで小さな黄金の光を灯す練習をしていた。精霊ザイスさんから言われた「魔法を磨く」ための、毎日の日課だ。
「……だいぶ、魔力の波長が安定してきたな」
少し離れた切り株に座り、焚き火の炎を弄りながらレオンハートさんが呟いた。
その横顔は、いつもの飄々とした不良騎士のものとは違い、どこか遠くを……ずっと昔の何かを見つめているような、ひどく寂しげな目をしていた。
「レオンハートさん? どうかしましたか?」
「いや……お前のそのデタラメな才能を見てたら、昔の友人を思い出してな」
パチッ、と薪が爆ぜる音が響く。
レオンハートさんは、手元のマグカップを見つめたまま、静かに語り始めた。
「俺が王立学校の学生だった頃の話だ。当時の学校には、俺と、現国王のアルベルト……そしてもう一人、『アヤ』という名前の女がいた。俺たち三人は、学校始まって以来の天才と呼ばれてた」
あの知と魔法のトップであるアルベルト国王と、武と剣のトップであるレオンハートさん。その二人に並び立つ人がいたなんて。
「時代が違えば、俺かアルベルトのどちらかが間違いなくトップだったろうさ。だが、俺たちはどっちも二番手と三番手に甘んじるしかなかった。アヤって奴が、あまりにも規格外すぎたからだ。剣を握らせれば俺を圧倒し、魔法を詠唱させればアルベルトを凌駕する。正真正銘の、化物じみた大天才だったよ」
懐かしむような、それでいてひどく悔しそうな響き。
「卒業を控えた俺たち三人は、『深淵の大地』と呼ばれる未踏の遺跡へ調査に向かった。そこは、神話の時代に失われたとされる『古代魔法』が最初に発見された場所だ。自信過剰だった当時の俺たちは、自分たちならどんな未知も解き明かせるって、本気で信じてたんだ」
だが、深淵の大地で彼らを待っていたのは、栄光ではなく絶望だった。
「遺跡の最奥で、俺たちは不用意に『古代魔法の残滓』に触れちまった。何千年も前に残された、ただの魔力の残りカス……それだけで、空間がひしゃげ、時間が狂い、俺とアルベルトは一瞬で死を覚悟した」
その絶望的な状況下で動けたのは、最強の天才であるアヤただ一人だった。
「あいつは、俺とアルベルトを無理やり遺跡の外へ弾き飛ばした。そして……暴走する古代魔法の残滓をその身にすべて引き受け、空間ごと消滅した」
レオンハートさんの声が微かに震えていた。
「俺たちが古代魔法の研究に明け暮れるようになったのは、それからだ。アルベルトは国中の文献を集め、俺は実際に遺跡に潜って空間と時間の魔法を自らの肉体に刻み込んだ。……二度と、あんな無力な思いをしないためにな」
だからこそ、レオンハートさんはあの日、路地裏で私の『生命魔法』の気配にすぐ気づいたのだ。そして、古代魔法の恐ろしさを誰よりも知っているからこそ、私を危険から守り、導こうとしてくれている。
「……お前のその光は、あいつが最後に俺たちを庇った時の背中に、少し似てるんだよ」
レオンハートさんは自嘲気味に笑い、マグカップのコーヒーを一気に飲み干した。
「ま、昔話だ。最強の天才を失って、残された二番手と三番手の悪あがきさ。……おら、エリア。集中が途切れてるぞ。光がブレてる」
「あ、はいっ!」
いつものからかうような調子に戻ったレオンハートさんに、私は慌てて魔力を練り直す。
でも、私は気付いていた。彼が私を見つめる目に、かつての友人を重ね、そして今度こそ絶対に守り抜くという強い決意が宿っていることに。
(私も……強くなりたい。リオンを助けるためにも、みんなを守るためにも)
手の中の黄金の光が、少しだけ力強く、そして優しく輝きを増したような気がした。




