第7話:黄金の光、瓦礫の山、そして「魔女」
王都の冒険者ギルドは、今日も朝から熱気に包まれていた。
私はなるべく目立たないように、リュックに詰めた森の恵みをカウンターへ並べた。
「あの……これ、買い取ってもらえますか?」
「はいはい、受付は……え?」
職員の男性が、私の出した虹色のリンゴと太陽のベリーを見て固まった。
周囲の喧騒が、嘘のように引いていく。
「こ、これは……『迷いの森』の最深部でしか採れないという……。おい、鑑定士を呼べ! 早く!」
ギルド内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
魔法屋のおじいさんの助言通り、生命の魔力に守られていた私は、それがどれほど命がけで手に入れるものかを知らなかった。鑑定の結果、提示されたのは、これまでの私の常識を遥かに超える、眩暈がするような大金だった。
「これで、リオンの入院費が何年分も……!」
私は震える手で金貨の袋をリュックにしまい、ギルドを飛び出した。
一刻も早く病院へ行って、弟の顔を見たかった。
しかし、病院への道中、私は奇妙な気配に気づいた。
ギルドを出てからずっと、私を品定めするような、嫌な視線が背中に張り付いている。
(気のせいじゃない……つけられてる?)
森での生活で、感覚が鋭くなっていたのかもしれない。私は人混みを縫うように走り出した。
けれど、王都の地理に疎い私は、焦るあまり道を間違え、逃げ込んだ先は高い壁に阻まれた袋小路だった。
「おっと、行き止まりだぜ、お嬢ちゃん」
振り返ると、ギルドで私を見ていた下卑た笑みの男たちが、路地の入り口を塞いでいた。
その手には、鈍く光るナイフや棍棒が握られている。
「そのリュック、重そうだな。大人しく渡せば、痛い目は見せないぜ?」
「……っ!」
恐怖で足が動かない。
あの夜の記憶が、鮮明に蘇る。野盗のニヤニヤした顔、リオンが血の海に沈む光景。
「きゅうぅっ!」
私の肩からルビーが飛び出し、男たちに向かって額の宝石を輝かせ、威嚇する。
けれど、男たちは「なんだそのリスは?」と冷笑するだけだ。ルビーだって、怪我が治ったばかりなのに。
「やめて……ルビー、戻って……!」
私は必死に声を絞り出した。
私のために、また誰かが傷つくのは嫌だ。リオンのように、もう誰も失いたくない。
「守りたい……!」
その強い願いが、私の内側で暴走した。
これまで私を満たしていた、温かく優しい黄金の光。……それが突然、黒ずんだ、禍々しいほどの熱を持った何かに変質した。
(――滅びよ)
私の口から、私の意志とは無関係に、呪詛のような声が漏れた。
カッ!!!
溢れ出したのは、光ではなかった。
それは、すべてを灰へと還す、漆黒の魔力だった。
「な、なんだぁっ!?」
男たちが悲鳴を上げる。
黒い魔力は彼らを直接傷つけるのではなく、彼らの持つナイフを、棍棒を、一瞬にして風化した砂へと変えた。それだけではない。彼らの背後にある、石造りの高い壁が、ミシミシと音を立て、ボロボロと崩れ落ち始めた。
「ひぃっ、バケモノだ! こいつ、魔女だぁっ!!」
武器を失い、崩れ落ちる壁を見て、男たちは腰を抜かし、這うようにして路地から逃げ出した。
「あ、ああ……」
漆黒の魔力が霧散した後、私の前には、瓦礫の山と、恐怖に引きつった顔で私を見つめる、騒ぎを聞きつけた人々が立っていた。
「今、壁が……砂になったぞ」
「あの少女、何をした……?」
「魔女だ……本物の、破壊の魔女だ!」
人々が怯え、私から距離を置く。
私はただ、自分の手を見つめて震えていた。
生命を与える回復魔法。その対極にある、生命を奪い、物質を崩壊させる『破壊魔法』。
レオンハートさんが言っていた「生命を司る力」の、もう一つの側面が、今、覚醒してしまったのだ。
「私は……」
その日を境に、王都には「厄災を招く破壊の魔女」の噂が広まり、私はますます人々から恐怖される存在となっていくのだった。




