第4話:王都の剣と盾、そして生命の胎動
王都の中心にそびえ立つ、聖騎士団本部の執務室。
山積みになった書類から顔を上げ、聖騎士団長レイナは深くため息をついた。若くしてトップに上り詰めた彼女の美貌には、明らかな疲労が滲んでいる。
コンコン、と気の抜けたノックの音が響き、返事をする前にドアが開いた。
「よぉ、団長様。相変わらず書類と睨めっこか?」
「……遅いですよ、副団長。午後のパトロールの報告書はどうなっているんですか?」
入ってきた無精髭の男――副団長レオンハートをギロリと睨みつけるが、彼は全く堪えた様子もなく、ソファにどっかりと腰を下ろした。
「まあ固いこと言うな。路地裏で小銭稼ぎをしてたチンピラ共を少し掃除しただけだ。報告書なんて紙の無駄だろう」
「あなたがそうやってサボるから、私の仕事が増えるんですよ……まったく、昔から変わらないんだから」
レイナは眉間を揉みながら愚痴をこぼす。
『団長』と『副団長』。階級で言えばレイナの方が上だが、二人のやり取りはどう見ても逆転していた。
それもそのはずだ。レイナにとってレオンハートは、十年前から剣と戦術を叩き込まれた直属の『師匠』なのだから。
実力だけで言えば、レオンハートは現役の騎士団の誰よりも強い。レイナ自身、未だに模擬戦で彼から一本を取れたことがない。それでも彼が副団長に留まり続けているのは、本人が「書類仕事は性に合わん」「上に立つ器じゃない」と昇格を固辞し続けているからだった。
「で? ただサボっていたわけじゃないんでしょう?」
レイナがペンを置き、真剣な眼差しを向ける。レオンハートがわざわざ執務室に顔を出す時は、大抵ろくでもない事態の報告と相場が決まっているからだ。
「……ちょっと、面白いものに遭遇してな」
「面白いもの、ですか?」
レオンハートは目を細め、窓の外の青空を見つめた。
「ああ。路地裏で、とんでもない魔力の揺らぎを感じた。……おそらく、『生命魔法』の欠片だ」
「なっ……!?」
レイナがガタッと音を立てて立ち上がる。
「古代魔法の……? まさか。回復魔法すら失われているこの時代にですか? 誰が、どこで?」
「さあな。俺が駆けつけた時には、魔力の残滓しかなかった。ただの魔力溜まりの暴走かもしれんがな」
レオンハートはあえて嘘をついた。
あの路地裏で出会った、弟を救いたいと願う小さな少女。あの規格外の光を放つ原石を、国や教会の連中に見つかるわけにはいかない。あの子は、自分自身の足で歩かせるべきだ。
「だが、ただの暴走にしては純度が高すぎた。……レイナ、時代が動く前兆かもしれんぞ」
「時代が……」
「お前も、団長という肩書に胡座をかかず、しっかり剣の素振りを続けておけよ。平和な時代はそう長く続かん」
ソファから立ち上がり、ヒラヒラと手を振りながらドアへと向かうレオンハート。
その背中を見て、レイナは無意識に背筋を伸ばし、最敬礼の姿勢をとっていた。
「はいっ、師匠! ――あっ、じゃなくて、レオンハート副団長!」
言い直した時には、すでにドアはパタンと閉じられていた。
残されたレイナは少し赤くなった顔を覆いながら、再び山積みの書類へと向き直るのだった。




