第16話:悠久の牢獄と、時空の女帝の目覚め
「……ア、ヤ……?」
震えるレオンハートさんの声に反応するように、倒れていた女性――アヤさんの長いまつ毛が微かに揺れ、ゆっくりとまぶたが開かれた。
「……うるさいわね。誰かと思えば……随分と、老けたじゃない。レオン」
かすれているが、芯のある凛とした声。
その瞬間、レオンハートさんはついに膝から崩れ落ち、顔を覆って声を殺して泣き始めた。あの最強の不良騎士が、子供のように肩を震わせている。
「……ここ、どこ? 私は……」
身を起こしたアヤさんに、私は慌てて駆け寄り、背中を支えながら温かい生命魔法を少しだけ流し込んだ。
「あ、あの! 無理しないでください。ずっと空間の狭間に囚われていたんですから!」
「空間の、狭間……。ああ、そうか。レオンとアルを外に放り投げて……私、あの中に呑み込まれたのね」
アヤさんの瞳に、静かな理知の光が戻っていく。
彼女が語ったのは、壮絶な体験だった。
彼女が呑み込まれたのは、時間の概念が存在しない『無』の空間。そこでは一瞬が永遠にも等しく、彼女は気が狂いそうになるほどの悠久の時を、たった一人で過ごしていたらしい。
「心が壊れなかったのは、アルがいつも読んでいた魔導書の内容を頭の中で反芻していたのと……レオンとの剣の立ち合いを、何万回もイメージトレーニングしていたからね。……それに」
アヤさんはスッと右手を前に出した。
すると、彼女の手のひらの上に、レオンハートさんが使うのと同じ……いや、それよりも遥かに高密度で安定した『空間の断層』が、黒い球体となって浮かび上がったのだ。
「永遠とも思える時間の中で、あの空間そのものを解析して、私の身体に無理やり書き込んでやったわ。そうでもしなきゃ、魂が消滅しそうだったから」
レオンハートさんが涙目を丸くして、呆れたように笑い声を漏らす。
「ははっ……空間魔法の、完全な自己習得だと? 俺がどれだけ苦労して身体に刻み込んだと思ってやがる……。相変わらず、お前は本当にデタラメな女だな」
「あら、二番手のあなたと一緒にしないでちょうだい」
ふん、と鼻で笑うアヤさん。
時間の流れない空間で、悠久の時を経て空間魔法そのものをその身に宿して帰還した大天才。
後に彼女が王国で『時空の女帝』として名を馳せ、様々な伝説を打ち立てることになるのだが……それはまた別の話である。
「……それで、そこの可愛い命の塊みたいな子は誰? 私をあそこから引っ張り出してくれたみたいだけど」
アヤさんの視線が、私に向けられる。
「私、エリアです。弟を……眠り続ける弟を助ける方法を探して、ここに来ました」
「眠り続ける弟……なるほどね。私の『時間』が止まっていたのと同じ状態かもしれないわね」
アヤさんは顎に手を当て、不敵な笑みを浮かべた。
深淵の底で、リオンを救う直接的な手立ては見つからなかった。
けれど、空間と時間を自らで掌握した最強の天才が、私たちの家族(?)に加わったのだ。これほど心強いことはない。
希望の光は、決して消えてはいなかった。




