第15話:深淵の底、空間の果てから還る者
底なしの暗闇を抜け、辿り着いた深淵の最奥。
そこは、時間も空間も意味を成さないような、真っ白で無機質な空間だった。
「……何もない、か」
レオンハートが舌打ちをする。
そこにあったのは、かつてこの場所を崩壊させたであろう『古代魔法の残滓』が、オーロラのように揺らめいているだけだった。
リオンを救うための具体的な手立てや、魔法の文献などは一切残されていない。
「そんな……。ここまで来たのに」
膝から崩れ落ちそうになる私を、ザイスが静かに支えた。
「落胆するには早い、エリア。ここにある強大な残滓のうねり……君の生命魔法と掛け合わせれば、あるいは何かを……」
ザイスの言葉を遮るように、私の胸の奥で、あの黄金の光がかつてないほど激しく脈打った。
ドクン、ドクンと、心臓の音に合わせて、空間全体が共鳴しているような感覚。
『……れ……て……』
「えっ?」
『……誰か、聞こえ……』
声が聞こえた。
耳からではない。私の『生命』そのものに直接語りかけてくるような、微かで、でも確かな意志を持った声。
「レオンハートさん! 誰かの声がします! この空間の、ずっと奥の果てから!」
「声だと……!? まさか、この残滓の奥は、完全に別の次元に繋がって……っ!」
レオンハートの顔色が変わる。彼が極めた空間魔法の感覚が、その異常事態を察知したのだろう。
(助けなきゃ……!)
私は無意識のうちに、両手をあのオーロラのような残滓へと突き出していた。
リオンを救う方法は見つからなかった。でも、今ここで消えかけている『命』があるなら、絶対に見過ごせない。
「――還れっ!!」
私の中から、爆発的な黄金の光が奔流となって溢れ出した。
それはただの治癒ではない。空間の果て、次元の狭間に囚われ、消えかけていた命の根源に直接干渉し、強引にこの世界へと引き戻す『生命魔法』の真骨頂。
バチバチッ!! と空間が激しくショートするような音を立て、真っ黒な亀裂が走る。
そして。
「きゃっ!?」
亀裂の中から、ポロリと。
一人の人間の体が、私の目の前へと放り出された。
長い黒髪。かつての王立学校の制服を身に纏った、酷く青ざめた女性。
彼女は力なく地面に倒れ伏したが、その胸は微かに、しかし確かに上下していた。生きている。
「……嘘だろ」
背後で、剣を取り落とす鈍い音が響いた。
振り返ると、あの常に飄々としていて、どんな時も余裕を崩さなかったレオンハートが、目を見開き、ガタガタと全身を震わせていた。
「……ア、ヤ……?」
その声は、泣いているようにも、祈っているようにも聞こえた。
十数年。空間の狭間で時の流れから外れていた彼女は、当時の姿のまま、今ここに生還を果たしたのだ。
リオンを救うための答えは、まだ見つかっていない。
けれど、この絶望の底で私が引き寄せた奇跡は、間違いなく、最強の剣士と知の王が長年抱え続けてきた深い傷を癒す、大きな一歩だった。




