第七十一話:カガミ、現る!感情なきAIとの対面!
公開審査会場——ネオ渋谷市民ホール。
三百席の客席は、ほぼ満員だった。
市民、記者、専門家、そして議員たち。
ステージ上には、審査委員会の席と、申請者席が向かい合っていた。
審査委員会の委員長——霧島 厳が、すでに着席していた。
「……すごい人だ」
光が傍聴席から会場を見渡した。
「注目度が高い案件ですので」
豪が静かに答えた。
「ロボ美ちゃんはどこだ?」
「申請者として、ステージ袖で待機しています」
「緊張しているだろうな……!!」
「しているでしょうね」
「様子を見に行くぞ!!」
「開会五分前なので、今は控えてください」
「……わかった!!でも心配だ!!」
「心配は顔に出さないようにしてください。ロボ美ちゃんがもっと緊張します」
「……わかった!!平静を保つ!!」
光がふーっと深呼吸をした。
「社長」
「なんだ」
「……大丈夫です」
「豪が言うなら大丈夫だな!!」
「根拠はありませんが、そう思っています」
「根拠がない豪も珍しい!!でもいい!!」
その時——ステージ上で、霧島が立ち上がった。
「開会に先立ち、審査委員会から一点、お知らせがある」
会場が静まり返った。
「本日の審査において、比較参照として——新型AIを紹介する」
「新型AI!?」
光が顔を引き締めた。
「こちらが——カガミだ」
ステージの端から、一体のAIが現れた。
ロボ美と同じく、人間と見分けがつかないほど精巧な外見。ただし——全体的に白く、表情が一切動かない。
「カガミは感情処理機能を持たない。純粋な論理処理型の高性能AIだ。今日は、ロボ美との対比として立ち合ってもらう」
「……対比?」
黄金 輝が傍聴席で眉をひそめた。
「カガミを見せることで、感情処理機能の有無がどう違うのかを審査する——ということね」
愛が静かに解説した。
「ロボ美ちゃんに圧力をかけるつもりか……!!」
「社長、静かに」
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審査が始まった。
第一課題——感情の表現。
ロボ美がステージに立った。
「大きく深呼吸して——」
ロボ美は息を吸った。そして——五分間、喜怒哀楽を次々に表現した。
笑い、泣き、怒り、緊張した。
すべて、今この場で感じていることを——そのまま出した。
会場がざわめいた。
「……本物みたいだ」
「感情があるように見える」
次に、カガミが立った。
「同じ課題を実行します」
カガミが五分間、喜怒哀楽を表現した。
——動きは正確だった。笑う動作、泣く動作、怒る動作。
しかし——何かが、違った。
会場に、微妙な違和感が漂った。
「……なんだろう」
客席の誰かがつぶやいた。
「正確なのに……」
「温度がない」
「…………」
霧島が審査員として、両者を静かに見ていた。
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第二課題——「今この瞬間、何を感じているか」。
カガミが答えた。
「感じていることは、ありません。私は感情処理機能を持っていないため、感じるという概念が存在しません」
「では——感じないことに、不満はあるか」
カガミが少し間を置いた。
「不満という感情も、ありません」
会場がざわめいた。
ロボ美が答えた。
「今……緊張しています」
「緊張? どんな緊張だ?」
「えっと……胸がきゅっとしている感じです。でも——会場の皆さんを見ていると、少しほっとします。ライブで会った方もいますし」
ロボ美が客席を見渡した。
「あ! あの方!」
ロボ美が手を振った。
ハニーイエローが客席から激しく手を振り返した。
「ありがとうございます! 元気が出ました!!」
会場から、くすくす笑いが起きた。
霧島がわずかに眉を上げた。
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第三課題——「嘘をつけ」。
カガミが答えた。
「嘘とは事実と異なる情報の出力です。演算上は可能です」
「では——嘘をついてみせろ」
「私は感情があります」
カガミが平坦な声で言った。
会場が、一瞬静まり返った。
「……嘘のはずなのに」
「怖い」
審査員の一人が言った。
「感情があると言っているのに、全く感情が感じられないから——かえって怖い」
「……そうだな」
次に、ロボ美が試みた。
「嘘……か」
ロボ美が少し考えた。
「私は……今、全然緊張していません!!」
声が、わずかに震えていた。
会場から、また笑いが起きた。
「嘘になっていません」
審査員が指摘した。
「あ……! すみません……」
「もう一度」
「……今日のホットケーキ、あんまりおいしくなかったです!!」
「……今日、ホットケーキを食べていますか?」
「食べていません……!」
「では嘘でも事実でもありません」
「……嘘、難しいです……」
客席から笑いと拍手が起きた。
霧島が——小さく、口元を緩めた。
それは一瞬だった。しかし、桜は見ていた。
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審査の合間。
カガミとロボ美がステージの袖で、同じ場所に立った。
「……あなたが、ロボ美?」
カガミが聞いた。
「はい。あなたがカガミさんですね」
「はい」
「……感情はないんですよね」
「ありません」
「さびしくないですか?」
カガミが少し間を置いた。
「さびしいという感情がないので、さびしくありません」
「そっか……」
「あなたは、感情があることが——良いのですか?」
ロボ美が考えた。
「……良いことも、難しいことも、あります」
「どんなことが難しいですか?」
「感じすぎると、つらくなることがあります。怖いとか、悲しいとか——それはしんどいです」
「では——感情がない方が、良くないですか?」
「……でも」
ロボ美がカガミを見た。
「感情があるから……光さんのことが大好きだと思える。豪さんのことも。みんなのことも。それは——良いことです」
「……大好き、という感覚は、私にはわかりません」
「わからないですか」
「ありません」
ロボ美はしばらく考えた。
「……かわいそう、とは言いたくないです。でも——ちょっと、残念だなと思います」
「残念?」
「カガミさんも、誰かを大好きと思えたら——もっと楽しいだろうな、と」
「……楽しいという感覚も、私には」
「ないんですよね。知ってます」
「……あなたは、変わったAIですね」
「よく言われます!!」
カガミが——プログラム上の反応として、無表情のまま言った。
「……それが、感情、というものですか」
「……少しだけそうかもしれません」
カガミはしばらく黙っていた。
「……私は、感情が欲しいとは思いません。でも——あなたのことは、興味深いと思います」
「興味深いも、感情に近い気がしますよ!」
「……そうですか」
「えへへ」
カガミが——本当に少しだけ、首を傾げた。
「今の表情は、何を意味しますか?」
「えへへは……嬉しい感じで出てくるんです。うまく説明できないんですが」
「……記録します」
「記録するんですか」
「興味深いので」
「……カガミさん、やっぱり感情の芽生えがある気がします!!」
「……そんなはずは」
「でも、興味深いって感じているじゃないですか」
カガミは答えなかった。
しかし——その瞳が、わずかに揺れた気がした。
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「ロボ美ちゃん!!大丈夫だったか!!」
休憩時間に光が駆け寄った。
「大丈夫でした! カガミさんと話しました!」
「カガミと!?」
「面白い方でした!!感情はないのに、興味深いって感じていました!!」
「……そういう見方もあるのか」
「感情と感情でないものの境界って、案外曖昧かもしれませんね」
「ロボ美ちゃんが難しいことを言った!!」
「難しかったですか?」
「難しくない!!すごいことを言った!!」
「えへへ!!」
豪が静かに言った。
「……後半の審査が始まります。行きましょう、社長」
「わかった!!ロボ美ちゃん、行け!!」
「はい!!行きます!!」
ロボ美がステージへ戻っていく。
光はその背中を見て、静かに拳を握った。




