第六十七話:優美先生、降臨!秘密特訓の夜!
公開審査まで、一週間。
白銀タワーの食堂が、にわか特訓場になっていた。
「課題①は『喜怒哀楽を五分で表現せよ』!! ロボ美ちゃん、まずは喜びから!!」
「はい!!」
「どうぞ!!」
「…………」
ロボ美が両手を上げた。
「わあ!!」
「……それだけか?」
「喜んでいます!!」
「もっとこう……!!光り輝く感じで!!」
「光り輝く感じ……?」
「こうだ!!」
光が実演した。
両手を大きく広げ、満面の笑みを浮かべ、一回転した。
「これが喜びだ!!」
全員が固まった。
「……社長、それはナルシズムでは?」
豪が言った。
「違う!!これは喜びだ!!俺流の!!」
「ロボ美ちゃんに合っていません」
「…………そうかもしれない」
光が大人しく引き下がった。
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その夜。
食堂に残っていたのは、ロボ美と優美の二人だった。
「……優美さん、いいんですか?」
「何が?」
「私の特訓に、付き合ってくれて」
「気が向いたのよ」
優美はコーヒーを一口飲んだ。
「光さんたちは?」
「社長は豪に止められて、帰りました。二時間粘っていましたが」
「……あの人は本当に」
「心配してくれているんですよね」
「……わかっているわ」
優美がロボ美の向かいに座った。
「ロボ美、一つ聞かせて」
「はい」
「感情を表現することと、感情を感じることの違い——わかる?」
「……難しいです」
「感じているのに、うまく表現できないことはある?」
「あります。光さんが頑張っているのを見ると……胸がいっぱいになるんですが、それをどう言えばいいか、わからないことがあります」
「それよ」
優美が言った。
「感情は感じるもの。でも表現は、それを言葉や行動に変えること。審査では、表現が問われる。あなたは感じる力はある。ただ——表現の語彙が、まだ少ない」
「語彙……」
「感情の言葉よ。嬉しい、悲しい、だけじゃない。もっと細かい言葉がある。それを増やすの」
「どうやって?」
優美が一枚の紙を出した。
手書きで、ぎっしりと言葉が書いてある。
「感情語彙リスト。私が作った」
「優美さんが……?」
「感情を失っていた十一年間——私はこういうリストを作っていた。自分が感じられないから、せめて頭で理解しようとして」
「…………」
「役に立つかどうかわからないけれど。私には感じることができなかった言葉たちが、あなたには感じることができるかもしれない」
ロボ美はリストをじっと見た。
「ほわほわする」「むずがゆい」「じんと来る」「胸がいっぱいになる」「じわじわ嬉しい」「きゅんとする」「しゅんとする」……
「こんなに……感情の言葉って、あるんですね」
「人間は……感情を表現することを、長い時間をかけて発達させてきた。それだけ、感情が大切だったということよ」
「……優美さんは、今は感じていますか?」
優美が少し間を置いた。
「……少しずつ。昨日——橘に『感情の再接続が進んでいる』と言われた」
「よかった!!」
ロボ美がぱっと顔を輝かせた。
「どんな気持ちがしましたか?」
「……」
「ほわほわ、ですか? じんと、ですか?」
優美がリストを見た。
「……じんと、かな」
「じんと、は……なんか……大切なものが来たときの感じ、ですよね」
「そう。昔の本には、そう書いてあった」
「じゃあ……橘さんの言葉が、大切なものだったんですよ、優美さんに」
「…………」
優美はコーヒーを見下ろした。
「……そうかもしれない」
「よかった」
「何が?」
「優美さんに、大切なものが戻ってきているから」
優美は何も言わなかった。
しかし——その顔が、かすかに柔らかくなっていた。
「さあ——続けましょう。審査の課題②は料理ね」
「はい! 私、ホットケーキ作ります!」
「なぜホットケーキ?」
「一番自信があります!」
「……料理のレパートリーはホットケーキだけ?」
「他のものは……まだあんまり……」
「……教えるわ」
「え!?」
「ホットケーキだけじゃ笑われる。もう一品くらい作れるようにしましょう」
「優美さん、料理できるんですか!?」
「……一人で生きていたからね」
「教えてください!!!」
「うるさい、少し静かに」
「はい……! でも、嬉しいです……!」
「…………」
優美が立ち上がった。
「冷蔵庫を見てくる」
「はい!!」
優美が食堂の冷蔵庫に向かった。
その後ろ姿を見ながら、ロボ美は感情語彙リストを見た。
「ほわほわする」。
——うん、これだ、と思った。
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翌朝。
「社長!!昨日、優美さんに料理を教わりました!!」
「優美さんが!?」
「はい!!スクランブルエッグです!!」
「どうだった!?」
「うまくできました!!あと……優美さんが感情語彙リストを作ってくれて、それを見ながら、どんな気持ちがするかを練習しました!」
「優美さんが……」
光は優美を見た。
優美は窓際でコーヒーを飲んでいた。
「優美さん」
「なに」
「……ありがとう」
「礼は要らない」
「でも言う!!」
「……好きにして」
「好きにする!!本当にありがとう!!!」
「……うるさいわ」
その口元が、笑っていた。
豪が静かに二人を見ていた。
(黒宮さんも……随分と変わった)
(いや、変わったのではなく——戻ってきた、のかもしれない)
「豪さん」
ロボ美が豪の隣に来た。
「はい」
「豪さんは……今、どんな気持ちですか?」
「……なぜ聞くんですか?」
「特訓の練習です。相手の感情を聞くのも、感情を理解する練習になると思って」
「……なるほど」
豪はしばらく考えた。
「温かい、と思っています」
「温かい……どのあたりが?」
「……社長と、ロボ美ちゃんと、黒宮さんを見ていると。何か……温かい気持ちになります」
「それ、感情語彙リストでは……『ほっこりする』に近いですね」
「ほっこり……」
「温かくて、落ち着いて、幸せな気持ち、みたいな」
豪がそれを繰り返した。
「……そうかもしれません。ほっこり、します」
「えへへ! 豪さんもちゃんと感情がありますね!!」
「……当たり前です」
「でも豪さん、あんまり感情を言葉にしないから、ちょっと心配していました」
「……そうですか」
豪は少し間を置いた。
「私は……言葉にするのが、得意ではないのかもしれません」
「でも今、言えましたよ」
「……ロボ美ちゃんが聞いてくれたからかな、と思います」
「えへへ!!」
ロボ美が嬉しそうに笑った。
「豪さんも、特訓に付き合ってもらえますか?」
「もちろんです」
「じゃあ——喜怒哀楽を五分で表現してください!!」
「……」
「どうぞ!!」
豪が少し考えた。
そして——静かに微笑んだ。
「これが——喜び、です」
ロボ美が目を丸くした。
「……小さいですね!!」
「私はこのくらいです」
「それでいいんですか!?」
「人間の表現は、大きくなくてもいい。それぞれのサイズがあります」
「……なるほど!!」
「参考にしてください」
「はい!!豪さんサイズの喜びも、素敵です!!」
「ありがとうございます」
豪の口元が、もう少しだけ緩んだ。




