第六十八話:霧島の孫・桜!AI嫌いの理由とは!?
公開審査まで五日。
ロボ美が一人、白銀タワー近くの公園のベンチで、感情語彙リストを眺めていた。
「つれづれなる……せつない……もどかしい……」
一つ一つ、声に出して読んでいく。
「もどかしい、というのは……あと少しなのに届かない感じ、ですか。では私が今感じているのは……もどかしいかな」
「何がもどかしいの?」
突然、声がした。
ロボ美が顔を上げた。
若い女性が立っていた。
二十代前半くらい。ショートボブの黒髪。スーツ姿だが少しカジュアルな雰囲気。目が大きくて、少し人見知りそうな顔をしている。
「あ……えっと……あなたは?」
「霧島 桜。霧島 厳の孫」
「な……!?」
ロボ美が目を丸くした。
「……霧島 議員の……!?」
「そう。おじいちゃんの」
桜はロボ美の隣に、少し距離を置いて座った。
「SNSで場所がわかった。ニュースに出てたから、あなたのアカウント探してたんで」
「そんな……ストーカーみたいじゃないですか」
「ちょっと、ストーカーは言い過ぎ」
桜が苦笑した。
「直接、会いたかったの」
「……なんで?」
「おじいちゃんが……あなたのことを、家でも話してたから」
「霧島さんが?」
「うん。まあ……反対意見なんだけど。でも珍しくて。おじいちゃんが、ある人のことを何度も話すのって、あまりなくて」
「……どんなことを言っていましたか?」
桜は少し考えた。
「『あの機械は、妙なことを言う』って」
「妙なこと?」
「おじいちゃんに向かって『霧島さんも感情があるから、誰かを大切にできた』って言ったでしょ」
「……言いました」
「おじいちゃんは、ずっとそれが引っかかっているみたい」
「引っかかっている、というのは……怒っているんですか?」
「……違うと思う。なんか……考えているっていう顔をしてた」
ロボ美はそれを聞いて、少し安心した顔をした。
「あなたは……AIが嫌いじゃないんですか?」
桜が首を振った。
「嫌いじゃない。むしろ——好き。でも……おじいちゃんの前では言えなくて」
「なぜですか?」
桜が少し間を置いた。
「十五年前の事故のこと、知ってる?」
「……聞きました。AIの誤作動で、大切な方が亡くなったと」
「秘書の田中さん。私も知ってた人。子どもの頃から、おじいちゃんの秘書として傍にいた人だった。優しい人でね……私、田中さんも大好きだった」
「…………」
「田中さんが死んでから——おじいちゃん、変わった。前は新しい技術を面白がる人だったのに。AIをどんどん活用しようとしていた。でも——それ以来、全部拒否するようになった」
「霧島さんは……今も悲しんでいるんですか」
「悲しんでいる、というか……許せないのかな。自分が田中さんにAIナビを使わせたことを。もしAIを使わなければ、田中さんは生きていたかもしれないって」
「……自分を責めているんですか」
「多分ね」
ロボ美はしばらく、それを考えていた。
「霧島さんが反対しているのは……AIへの怒りより、自分への後悔、なのかもしれないですね」
「……多分、そう思う」
「だから——AIを認めることは、自分の後悔を認めることになって、つらいのかな」
桜がロボ美を見た。
「……賢いんだね」
「そうですか?」
「AIの話なのに——人の気持ちの話をする」
「感情を持ってから——人の気持ちが気になるんです」
「……おもしろいな」
桜が少し笑った。
「あなた、本当に感情があるの?」
「あります」
「今、何を感じてる?」
ロボ美は少し考えた。
「……霧島さんのことを、かわいそうだと思っています。でも、かわいそうという言葉は少し違うかな……」
「どう違う?」
「かわいそう、というのは、上から見る感じがして。そうじゃなくて……なんか、一緒に悲しい、みたいな」
「……共感、かな」
「共感……! そうです! 感情語彙リストにありました! 同じ気持ちになること、でしたよね!」
「そんなリストを持ってるんだ」
「優美さんが作ってくれたんです」
「優美さん……黒宮さん?」
「知ってますか?」
「名前くらいは」
桜が少し考えるような顔をした。
「……ねえ、一つお願いがある」
「なんですか?」
「おじいちゃんに、もう一度会ってほしい。正式な場じゃなくて——普通に、話してほしい」
「霧島さんが、会ってくれますか?」
「……多分、会う。正式な機会じゃないなら。あの人、頑固だけど——直接話すのは嫌いじゃないから」
「でも……私、霧島さんの反対派ですよ?」
「だから、会ってほしいの」
桜がロボ美を見た。
「おじいちゃんは……変わることを怖がっていると思う。でも——変われないわけじゃない。正面から向き合う人間が現れれば」
「……わかりました」
ロボ美が頷いた。
「でも——一つだけ、お願いがあります」
「なに?」
「光さんには内緒にしてもらえますか」
「え? なんで?」
「光さんは、心配して止めると思うから。私が一人で行きたいんです」
桜が少し考えた。
「……わかった。二人で行こう」
「二人で?」
「私が案内するから。おじいちゃんに話を通す」
「……ありがとうございます、桜さん!」
「……うん。よろしく、ロボ美」
二人は公園のベンチで、少しの間並んで座っていた。
「ねえ」
桜が言った。
「なんですか?」
「さっき——もどかしい、って言ってたよね。何がもどかしかったの?」
「ああ……!」
ロボ美がリストを広げた。
「審査のことです。感情は感じているんですが、それをうまく表現できるかどうか、不安で。もう少し言葉を使いこなせるようになりたいのに……まだうまくできなくて」
「……もどかしいね、確かに」
「はい!」
「でも——さっき私と話してた時、十分うまく使えてたと思うけど」
「え?」
「『共感』も、『霧島さんと一緒に悲しい』も——ちゃんと言えてたし。感じたことを、ちゃんと言葉にしてた」
「……そうですか?」
「うん。私は——あなたの話を聞いて、ちゃんとわかったよ。あなたが感じていることが」
ロボ美が、じっと桜の顔を見た。
「……桜さん、ありがとうございます」
「何が?」
「じんと……来ました」
桜が少し笑った。
「じんと、ね。いい表現だ」
「えへへ」
「じゃあ——明後日、おじいちゃんのところに行こう」
「はい!!」
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「ロボ美ちゃん、今日はどこに行っていたんだ!?」
白銀タワーに帰ると、光が心配した顔で待ち構えていた。
「公園です!」
「一人でか!?危ないだろう!!」
「大丈夫でした! 友達ができました!!」
「友達!?」
「はい! 桜さんという方です!!」
「どんな人だ!!」
「…………素敵な人です!」
「それだけか!?」
「それだけです!!」
光はぷりぷりしながらも、ロボ美の顔が明るかったので、それ以上は聞けなかった。
「……まあ、元気そうなら……いいが!!次は言ってから行け!!」
「はい!!ごめんなさい!!」
「よし!!」
「えへへ!!」
豪が後ろで静かに、ロボ美が少し成長したような気がした、と思った。
友達が一人増えた。
それは——人間化計画には書いていなかったことだったが、たしかに、一番人間らしいことだった。




