第六十二話:ネオ渋谷市役所へGO!AI認定申請、大混乱!
ネオ渋谷市役所。
地下二階から地上十階建ての、がっしりとした行政ビルだ。
入口を入った瞬間、光は足を止めた。
広いロビーに、番号札を引く機械。天井近くには各種手続きのサイン。番号を呼ばれる電子音。整然と並ぶ窓口……。
「…………」
「社長、どうしましたか」
「なんというか……俺の輝きが……吸収されている気がする……」
「行政というのはそういうところです」
「みんな静かだな……!」
「ここで叫ぶ人はいません」
「なぜだ!」
「雰囲気です」
光は少し気圧されながらも、番号札を引いた。
「……何番でしたか」
「三百十七番です。現在、百四十二番の方を呼んでいます」
「……何分待つ?」
「二時間ほどかと」
「な、なんだってー!?」
光が絶叫した。
「社長、ここは静かにしてください」
「二時間!?」
「予約なしで来たので仕方ありません」
「事前に言え!!」
「昨日、社長が『いいから行くぞ』とおっしゃったので」
「……そうだったな」
光は唇を噛んだ。
「ロボ美ちゃん、退屈じゃないか?」
「大丈夫です! 人間観察をしています!」
「人間観察?」
「はい! いろんな人がいますね! あの人は何の手続きをしているんだろう、とか……あの人は少し疲れた顔をしているな、とか」
「……ロボ美ちゃんは今日も人間らしいな」
「えへへ」
「社長も観察されていますよ」
豪が静かに言った。
「え?」
「あちらの方が、スーツ姿の三人組をずっと見ています」
光がさりげなく視線を送ると、番号を待っていたサラリーマン風の男性が、目を合わせた瞬間に視線を逸らした。
「……そうか」
「白銀コーポレーションのCEOが市役所に来るのは珍しいですから」
「むしろ来るべきだろう! 市民の生活を知ることが輝きにつながる!!」
「その発想は……まあ、悪くありません」
「豪が珍しく認めてくれた!!」
「二時間、待ちましょう」
「……わかった」
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二時間後——。
「百四十……いや、三百十七番の方——」
「はいっ!!」
光が勢いよく立ち上がった。
待合スペースにいた数人が、一斉に振り返った。
「落ち着いてください、社長」
「待ちに待った瞬間だぞ!!」
窓口に向かった三人。担当は、丸眼鏡をかけた四十代の男性職員——名札に「田辺」と書いてある。
田辺氏は三人を見て、少し目を丸くしたが、すぐに業務用の無表情を取り戻した。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
光が胸を張った。
「AIロボットの、人間認定申請をしたい!!」
田辺氏が固まった。
「……は?」
「こちらのロボ美ちゃんを、公的に人間として認定してもらいたい! 書類はどこで取れますか!?」
田辺氏はロボ美を見た。ロボ美がにこっと笑った。
「……はじめまして。よろしくお願いします」
「……は、はい……」
田辺氏がゆっくりと画面に向かった。キーボードを打つ。しばらく沈黙。
「……こちらでは、お取り扱いしておりません」
「な、なんだってー!?」
「大声はご遠慮ください」
「どこに行けばいいんですか!?」
「…………AI登録に関しましては、こちらではなく、科学技術振興課の担当になるかと」
「科学技術振興課! どこですか!!」
「七階になります」
「行くぞ!!」
「社長、エレベーターは——」
「あそこだ!!」
三人は七階へ向かった。
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七階・科学技術振興課。
「AI登録に関するお問い合わせでございますか? それでしたら、当課の管轄はAIの工業的登録となっておりまして……人間認定という概念は存在しないため、担当部署がございません」
「では! どこに行けば!!」
「……市民生活課でございますか……いえ、これは法務の問題になりますので……市の法律相談窓口が……」
「どこですか!!」
「九階でございます」
「行くぞ!!」
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九階・市民法律相談窓口。
「法律的には……AIに人格権を認める制度は、現在の日本の法律に存在しておりません。したがって、申請自体が——」
「議員室に行けばいい話ですか!!」
「……市議会への請願という形が、理論上は——」
「ありがとうございました!!」
「あ、まだ説明が——」
三人はすでに廊下を走っていた。
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市役所の一階ロビーに戻ってきた三人。
光は壁に背をもたれた。豪はメモを取っていた。ロボ美は少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「光さん……私のせいで、ご迷惑を……」
「ロボ美ちゃんのせいじゃない!!」
光がすぐに言った。
「これは制度の問題だ。制度がないなら、作らせる。それだけだ!!」
「でも……そんなこと、できるんですか」
「俺にはわからん! でも——豪!!」
「はい」
「方法を探せ!!」
「……すでに調べています」
「さすが豪!!」
豪がメモを光に見せた。
「市議会への請願は、正規の手続きを踏めば可能です。ただし、議会の過半数の承認が必要です。また——」
豪は一拍置いた。
「実は、法的な申請ルートが一つあります」
「なに!?」
「AIの社会的人格に関する特例申請という制度が、三年前に試験的に設けられています。ただし、実際に使われた前例はありません」
「前例がない!?」
「誰も申請したことがない、ということです」
「なら——俺たちが最初になる!!」
「おそらくそうなります」
「誰に頼めばいいんですか!?」
「その制度の申請を扱える弁護士が必要です。専門分野に精通した——」
「さがせ!!」
「もう一人、心当たりがあります」
豪がスマートフォンを取り出した。
「蒼井 ナナ弁護士。AI権利問題の専門家で、この分野では日本で数少ない第一人者です。以前から、ロボ美ちゃんの存在に注目していたという話もあります」
「会う!!今すぐ!!」
「アポを取ります」
「早くしてくれ!!」
豪が電話をかけ始めた。
ロボ美は光の隣に立って、静かに市役所のロビーを見渡した。
人々が行き交い、番号を待ち、書類を持って動いている。
それぞれが、それぞれの用事を持ってここにいる。
「光さん」
「なんだ」
「今日……たくさん歩きましたね」
「そうだな!!」
「疲れましたか?」
「俺は疲れない!!」
「嘘です」
「なぜわかる!!」
「足が少し遅くなっています」
「……それは輝きを温存しているだけだ!!」
「そうですか」
「そうだ!!」
ロボ美はえへへ、と笑った。
「ありがとうございます、光さん」
「何がだ?」
「こんなに動いてくれて」
「当たり前だ!!ロボ美ちゃんのためだぞ!!」
「……嬉しいです」
豪が電話を終えて戻ってきた。
「蒼井弁護士、明後日にアポが取れました」
「よし!!」
「ただし——彼女は非常にエネルギッシュな方らしく、社長と相性が合うかどうかは……」
「合う! 俺と相性が合わない人間はいない!!」
「いました」
「誰だ!!」
「豪、です」
「お前は俺の仲間だから相性がいい!!」
「どういう定義ですか」
「愛だ!!」
「……はい」
三人はロビーを出た。
市役所の前の広場に、夕方の光が差し込んでいた。
長い一日だったが——動き出した。
それは確かだった。




