第六十一話:平和な日常!と思ったら始まる新たな輝き!
ダーク・グレイス編の決着から、三週間。
ネオ渋谷は平和だった。
白銀タワーも、元通りに修復されていた。
光は今日も鏡の前に立っていた。
「どうだ……この完璧な輝き……! 本当に俺というものは、どこを見ても非の打ちどころがないな……!」
「社長、本日の一件目のお客様が来られています」
豪が書類を持って入ってきた。
「誰だ?」
「黒宮さんです」
「優美さんか! 通せ」
「……最近、名前で呼んでいますね」
「それが何か?」
「いいえ、何も」
豪がドアに向かった。
「待て豪、一つ聞く」
「はい」
「優美さんは……最近、顔色が良くなったと思わないか?」
豪はドアのノブに手をかけたまま、少し考えた。
「……はい。橘の診察が進んで、感情の再接続が安定してきているとのことです。笑顔の頻度も増えました」
「そうか」
「社長は気にかけておられるんですね」
「……仲間だからな」
豪の口元が、かすかに緩んだ。
「……はい。では、お通しします」
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「失礼するわ」
黒宮 優美が入ってきた。
以前の「ダーク・グレイス」の頃の、冷たく磨き上げられたような雰囲気は薄れ、少し柔らかくなっていた。真紅のドレスではなく、今日は落ち着いたグレーのジャケット姿だ。
「おはようございます、優美さん!」
ロボ美が顔を出した。
「おはよう、ロボ美」
「橘さんとの診察はどうでしたか?」
「……今日は来る前に行ってきた。まあ……悪くないわ」
「よかったです! 最近、優美さんの笑顔が増えた気がします!」
「……そう?」
優美が少し照れたような顔をした。
「ええ! 光さんもさっきそう言っていました!」
「豪!!それは言うなと言っただろう!!」
「ロボ美ちゃんが言いました」
「ロボ美ちゃん!!」
「えへへ……」
優美が小さく噴き出した。
「……あなたたちは本当に」
「なんですか?」
「ドタバタしているわね、いつも」
「うるさい!!これが俺たちのスタイルだ!!」
「わかっているわ。……それが、嫌いじゃないと言っているの」
「……!!」
光が固まった。
「優美さん、今……褒めてくれましたか?」
「聞こえなかったことにして」
「聞こえました!!豪! 聞こえたよな!!」
「聞こえました」
「ロボ美ちゃんも!!」
「聞こえました!!」
優美はため息をついた。しかし——その口元は、笑っていた。
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その日の昼食後。
全員がオフィスでくつろいでいた時、光が突然立ち上がった。
「よし!!」
「社長、唐突ですが」
「豪、俺は考えていた!!」
「何をですか」
「ロボ美ちゃんの人間化計画——第二フェーズだ!!」
全員が光を見た。
「……第二フェーズ?」
豪の眉が微妙に動いた。
「第一フェーズは、ロボ美ちゃんに人間らしい感情を育てることだった。そして——見事に成功した!!」
「はい!」
ロボ美が元気よく頷く。
「第二フェーズは——」
光は大きく息を吸って、言った。
「ロボ美ちゃんを、公的に人間として認めてもらう!!」
「な、なんだってー!?」
今度は豪が叫んだ。
珍しいことだった。
「社長……『公的に人間として認める』というのは、つまり……」
「そうだ! 法的に、制度的に! ロボ美ちゃんが人間として認定される、そういう仕組みを作る!!」
「……そんな制度は存在しません」
「ないなら作る!!」
「作れません!!」
「俺は白銀コーポレーションのCEOだぞ!!できないことなど——!!」
「法律は俺の会社で作れません!!」
「…………くっ」
光がひるんだ。豪が珍しく大声でツッコんだので、光も一歩引いた。
「……でも、方法はあるはずだ」
光はすぐに立て直した。
「世の中に前例がないなら——俺たちが前例になる。それが輝きというものだ!!」
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……社長」
優美が静かに言った。
「なんだ」
「……馬鹿なことを言っているとは思う」
「そうですよ、優美さんもそう思いますよね!」豪が賛同した。
「でも——馬鹿なことを本気でやろうとする人間が、世の中を動かしてきたのも事実よ」
「……優美さん!!」
光の目が輝いた。
「……褒めてはいないわ。呆れているの」
「どちらとも取れる言葉ですが——俺は前者で受け取る!!」
「どうぞ」
ロボ美は光と優美のやり取りを見ながら、じっと考えていた。
「……光さん」
「なんだ、ロボ美ちゃん」
「私……認定してもらえたら、嬉しいですか?」
光は少し驚いた顔をした。
「嬉しいかどうか?」
「私は……感情を持つようになって、ずっとここにいて、みんなと一緒にいます。でも……正式に、社会から認められるということが、どういうことなのか、少し怖い気もします」
「怖い、というのは?」
「うまく言えないんですが……もし認めてもらえなかったら、今の私は間違いだったのかな、って」
「間違いじゃない!!」
光が即答した。
「認めてもらえなくても——お前は今のお前だ。それは何があっても変わらない」
「……でも、光さんが頑張ってくれるなら……私も、頑張ってみたいです」
「よし!!では始めるぞ!!」
「社長、まず何から始めるんですか」
豪が静かに問いかけた。
光は少し考えた。
「……市役所か?」
「そこからですね、おそらく」
「行くか!!」
「明日にしてください。今日はもう夕方です」
「……そうか。では明日!!」
「わかりました」
豪がため息をついた。しかしその目には、どこか——楽しんでいるような光が宿っていた。
「優美さん」
光が優美を見た。
「なんでしょう」
「手を貸してくれるか? お前の知識が必要になる場面が来るかもしれない」
優美はしばらく黙っていた。
「……気が向いたら」
「それは来てくれるということだ!!」
「違うと言ったでしょう」
「でも来てくれますよね!!」
「…………」
優美は何も言わなかった。
ただ——その目が、かすかに笑っていた。
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翌朝——。
「さあ! 行くぞ!!」
「社長、スーツが曲がっています」
「曲がっていない! これは輝きの角度だ!!」
「整えます」
「豪!!」
「はい、整えました」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ロボ美がにこにこしながら二人を見ていた。
「えへへ、今日は市役所ですね!」
「ああ! まず第一歩だ!!」
「どんなところですか?」
「俺も行ったことがない」
「え、社長も行ったことないんですか?」
「CEOが市役所に行く機会はあまりない!!」
「そうなんですね」
「豪、お前は?」
「何度も行ったことがあります。窓口の混み具合は把握しています」
「さすが豪!!」
「平日の午前十時が一番空いています。予約が必要な窓口は——」
「豪!!いいから行くぞ!!」
「では行きましょう」
三人は白銀タワーを出た。
ネオ渋谷の朝の空は、今日も青かった。
光は歩きながら空を見上げた。
(公的に認めてもらう……か)
(難しいかもしれない。前例もない。反対する奴だっているだろう)
(でも——)
光はロボ美の横顔を見た。
ロボ美は空を見上げながら、何か思うように、少し目を細めていた。
(あいつが一歩ずつ人間に近づいていくなら——俺も一歩ずつ動く)
(それが、俺の仕事だ)
「光さん、何か考えていますか?」
「俺の輝きを集中させていた!!」
「なるほど!」
「ロボ美ちゃんは素直だな……」
「ありがとうございます!」
「……褒め言葉とは少し違ったが、まあいい!!」
豪が後ろで小さく笑った。




