第五十九話:感謝と涙のエピローグ!ロボ美、人間らしさの答え!
旧研究施設から帰った翌日。
白銀タワーの大会議室には、光たちと、ダーク・グレイス——黒宮 優美が集まっていた。
前回の金と銀の装飾はない。豪が夜中に全部片付けた。
「……片付いているわね」
優美が席に着きながら言った。
「以前来た時は飾られていたのに」
「豪が片付けました」
ロボ美が答えた。
「社長も『このほうが話がしやすいな』と言っていました」
「……素直ね」
光がわずかに顔を赤らめた。
「始めましょう」
豪が全員を見渡した。
「黒宮さん——ダーク・グレイスさん」
「優美で構わないわ。その名前は、もう捨てる」
「では、優美さん。今後のことについて、話させてください」
優美は静かに頷いた。
「新たなる秩序については?」
「シャドウが解体を進めています。部下のほとんどは逃散しており、実質的な活動は停止しています」
「ロード・ビューティーの件も?」
「既に解決済みです。組織は事実上、消滅と考えて問題ありません」
優美が小さく息をついた。
「……そう。思ったより、早かったわね」
「組織の求心力は優美さん御自身でした。方針転換された時点で、維持できなくなったのだと思います」
「……そうかもしれない」
しばらくの沈黙。
「一つ、お願いがあります」
優美が光を見た。
「なんだ」
「シャイニングスターズの三人に……謝りたい」
「あいつらは今日も来ています」
光が言った。
「知っている。だから、来た」
「……聞くか、聞かないかは、あいつらが決める」
「わかっているわ」
扉が開いた。
シャイニングスターズの三人が入ってきた。
ホットピンクが優美を見て、静かに目を細めた。
ハニーイエローが「えっと……」と言いながら、少し迷った顔をした。
アイスブルーは無言のまま、椅子に腰掛けた。
「……捕まえて、閉じ込めたことを謝るわ」
優美が静かに言った。
「傷つけたかったわけじゃなかった。ただ——足止めに使った。それは事実よ」
「……」
ハニーイエローが手を上げた。
「あのう……一つだけ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「あの部下の人たち……ちゃんと残業代出てました?」
「……え?」
「あの時聞こうとしたんですよ! ブラックなら問題じゃないですか!」
「……出ていたわ。むしろ待遇はよかったと思う」
「よかった!!」
ハニーイエローがほっとした顔をした。
ホットピンクが額に手を当てた。
「あなたって、本当に……まあいいわ」
ホットピンクが優美を見た。
「謝罪は受け取った。ただし——次に私たちを巻き込んだら、容赦しないわ」
「わかった」
「……いい目ね」
ホットピンクが小さく笑った。
アイスブルーが一言、言った。
「……OK」
それだけだったが、それで十分だった。
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その後、橘 誠が会議室に呼ばれた。
「……黒宮先生!?」
橘の顔が、驚きで固まった。
「……誠。久しぶりね」
「な……な……!! 先生が、なぜここに!?」
「事情は後で話す。あなたに診てほしいことがある」
「もちろんです!!先生のためなら何でも……!!」
橘が早口になった。明らかに興奮している。
「落ち着いてください、橘さん」
豪が静かに言った。
「落ち着けません!!先生は私の人生で最も影響を受けた研究者です!!先生が感情回路の理論を教えてくれたから、私は今の仕事ができているんです!!感謝しても感謝しきれない……!!」
「……あなた、そんなに言ってくれていたの」
優美が少し驚いた顔をした。
「当然です!!先生の研究があったから、ロボ美ちゃんが生まれたんですから!!」
ロボ美がきょとんとした顔で橘を見た。
「橘さん……感謝していてくれたんですね」
「もちろんです!!ロボ美ちゃんが感情を持って生きているのは、先生の理論のおかげです!!」
優美は何も言わなかった。
ただ——その目が、揺れていた。
「……誠」
「はい!!」
「診てほしいのは……私の感情回路の損傷状況よ。昨日から、少し感じられるようになった。でも……まだ不安定で、なぜかわからなくて」
「……!!」
橘の顔が、今度は真剣になった。
「すぐに検査しましょう。先生……これが本当なら、凄いことです」
「凄いこと?」
「感情を司る神経回路は、損傷してからの年数が長いほど、自然回復の可能性は低くなります。でも——可能性がゼロではない、と最新の研究では言われています」
「…………」
「昨日感じた涙は……回路が再接続しようとしているサインかもしれません」
「再接続……」
優美が静かに繰り返した。
「先生の感情が戻ってくる可能性は……あります」
しばらく、優美は黙っていた。
「……ありがとう、誠」
「いいえ!!先生のためなら、私の全力を尽くします!!」
「そんなに力まなくていいわ」
「力みます!!」
光が隣でそっと呟いた。
「……橘、めっちゃ先生好きだな」
「社長、聞こえています」
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その日の夕方。
豪が夕食を用意した。
白銀タワーの食堂——普段は社員が使う広い空間に、全員が集まった。
光、豪、ロボ美。
黄金 輝、愛。
シャイニングスターズ。
椿。
そして——優美とシャドウ。
「……なんで私たちも夕食なの」
優美が戸惑い気味に言った。
「豪さんが作ってくれたんです!」
ロボ美が嬉しそうに言った。
「全員分」
「……全員分って、何人いると思っているの」
「十二人です」
「作れるの、一人で?」
「社長は三十分だけ手伝いました」
「俺はもっと手伝った!!」
「玉ねぎを一個切って、目が痛いと言って去っていきました」
「俺には繊細な目が——!!」
「玉ねぎは誰でも辛い」
「ロボ美ちゃん!!フォローを!!」
「でも、頑張って一個切ったのは本当です」
「……ありがとう、ロボ美ちゃん」
「えへへ」
優美は、この光景をしばらく眺めていた。
「……にぎやかね」
「そうです!」
「うちの施設は……静かだったわ」
「寂しくなかったですか?」
「……感情がなかったから、寂しいとは思わなかった。でも」
優美は少し間を置いた。
「今、これを見ていると——ああ、こういうことが感情というものかな、と、少し思う」
「どんな気持ちですか?」
「……うらやましい、かな」
「じゃあ——今夜は、ここにいていいです」
ロボ美がにっこり笑った。
「……そうね」
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夕食が始まった。
光と黄金 輝が早速ナルシスト自慢大会を始めた。
愛と豪が止めようとして、止めきれずに放置した。
ハニーイエローが「楽しい〜!!」と言いながら、全員分のお代わりをよそった。
ホットピンクが優美に話しかけ、意外にも二人で女性同士の会話が弾んだ。
アイスブルーはシャドウの隣に座り、無言で食事をした。シャドウも無言で食べた。それが不思議と居心地よかった。
椿は一番たくさん食べた。
橘は優美の隣に座り、研究の話をしながら涙目になっていた。
そしてロボ美は——食卓を見渡しながら、じっと考えていた。
「ロボ美ちゃん、どうした?」
光が声をかけた。
「……考えていました」
「何を?」
「人間らしさって、何かな、と」
「……答えは出たか?」
ロボ美は頷いた。
「はい」
「聞かせてくれるか?」
ロボ美は光を見た。
「人間らしさって、感情の数じゃないと思います」
「……どういうことだ?」
「たくさん感じることが人間らしい、じゃなくて——誰かのために感じること。誰かが悲しいと、自分も悲しくなること。誰かが嬉しいと、自分も嬉しくなること。それが……人間らしさじゃないかな、と」
「……」
「だって、今日のこの食卓を見ていたら——みんなが笑っているから、私も嬉しいんです。それって……感情の数とは関係ないな、と思って」
光は少し黙っていた。
「……ロボ美ちゃん」
「はい」
「お前は——もう十分、人間らしいよ」
「……そうですか?」
「俺が言うんだから、そうだ!!」
「えへへ」
「社長の『俺が言うんだから』という根拠のない自信、嫌いではありません」
豪が静かに言った。
「豪!!今のは褒めているのか!?」
「そうです」
「そ……そうか……!! ありがとう!!」
光が照れた顔をした。
珍しいことだった。
全員が笑った。
優美も——小さく、微笑んでいた。
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食事の後、優美が立ち上がった。
「……今夜は、ありがとう」
「また来てください」
ロボ美が言った。
「……ええ」
「橘さんの診察、うまくいくといいですね」
「……そうね」
優美はシャドウと共に、部屋を出ようとした。
そして——扉の前で、振り返った。
「ロボ美」
「はい」
「あなたの感情回路を作ったのは、私の一番よかった時期の仕事だった」
「……はい」
「あなたが今こうして感じて、笑って、誰かのために考えているなら——」
優美は少し間を置いた。
「私の研究は、無駄じゃなかった」
「無駄じゃなかったです」
ロボ美は間を置かずに答えた。
「むしろ……一番大事な贈り物です。ありがとうございます」
「…………」
優美の目が、揺れた。
「……どういたしまして」
それだけ言って、彼女は扉の外へ出ていった。
廊下に、静かな足音が遠ざかっていった。
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光は窓の外を見ていた。
ネオ渋谷の夜景が、いつものように輝いている。
「豪」
「はい」
「今夜はよかったな」
「……はい」
「ロボ美ちゃんも、よかったな」
「社長も、よかったです」
「俺も?」
「玉ねぎを切りました」
「それだけか!!」
「……それだけじゃないです」
豪が珍しく、先を続けた。
「今夜一番いい顔をしていたのは、社長です」
「……豪!?」
「社長らしくないですが——事実です」
光はしばらく黙った。
「……うるさい」
「はい」
「……ありがとう」
「いいえ」
窓の外で、ネオ渋谷が輝いていた。




