第五十七話:感情VS理論!ロボ美と紫の瞳の女!
椿に抱きしめられながら、ダーク・グレイスはしばらく泣いていた。
十一年分の涙だった。
誰も、何も言わなかった。
地下の研究室に、泣き声と、装置が沈黙した後の静寂だけが満ちていた。
やがて——ダーク・グレイスが、ゆっくりと椿の腕の中から顔を上げた。
目が赤かった。しかしその表情は、初めて会った時より——どこか、柔らかかった。
「……みっともないところを見せたわね」
「みっともなくありません」
ロボ美がすかさず言った。
「泣けたんですから、よかったです」
「……あなたは本当に、余計なことを言うわね」
「よく言われます」
「誰に?」
「豪さんに」
「……そうか」
ダーク・グレイスが豪を見た。豪は無表情のまま、小さく頷いた。
「……ねえ」
ダーク・グレイスが全員を見渡した。
「一つ、聞いていい?」
「どうぞ」
「感情回路のデータを渡す気はない、とロボ美は言った。でも……別の方法で私の感情を取り戻せる可能性がある、とも言っていたわね」
「はい」
「……その言葉、本当に信じていた?」
「本当に信じていました」
「根拠は?」
「あなたが今日、泣いたから」
ダーク・グレイスが目を細めた。
「感情がなければ泣けません。あなたの感情は、消えたんじゃなくて……気づけなくなっていただけだと、私は思います」
「……医学的な根拠はない」
「私はお医者さんじゃないので、わかりません」
「じゃあ、確認できないじゃない」
「でも——今日泣いたのは、事実です」
ダーク・グレイスはしばらく黙っていた。
「……橘、という名前に聞き覚えはある?」
「え?」
「白銀コーポレーションの技術主任ね。私の後輩よ。私が感情回路を研究していたとき、助手をしていた」
「橘さんを知っているんですか!?」
「ええ。優秀な子だった。……彼に診てもらえるかしら」
「もちろんです!!」
ロボ美が嬉しそうに声を上げた。
「橘さんは絶対に力になってくれます!」
「……そう」
ダーク・グレイスは小さく息をついた。
「では——」
彼女は全員を見渡した。
「今夜は、私の負けね」
「負けじゃないです」
「あなたはいちいちそういうことを言うのね」
「そういう性格なので」
「……ふふ」
ダーク・グレイスがまた、小さく笑った。
その笑い声は——今日で三度目だった。
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「光坊」
椿が光の隣に来た。
「なんですか、椿さん」
「よく我慢したわね、突撃しないで」
「……俺だって、場の空気は読む」
「そう?」
「……半分くらいは」
「正直ね」
光は腕を組んだ。
「ただ……ロボ美ちゃんがあそこまで言えるとは思わなかった。俺には……あんな言葉は出てこなかった」
「そう? あなたもちゃんと言えていたわよ、最後」
「俺が?」
「さっき。『俺がいる、豪もいる、お前は一人じゃない』——ちゃんと伝わっていたわよ、あの子に」
「…………」
「ナルシストも、たまには役に立つ」
「……それは褒め言葉ですか?」
「どっちとも取れる言葉よ」
椿がにんまりと笑った。
光はそれ以上何も言わなかった。
ただ——その口元が、かすかに緩んでいた。
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「シャドウ」
豪が、部屋の隅にいたシャドウに声をかけた。
「……なに」
「今夜、通してくれてありがとう」
「……礼を言われることはしていない」
「でも——結果として、よかったと思います」
シャドウはしばらく豪を見ていた。
「……あなたは、変な人間だ」
「よく言われます」
「ダーク・グレイス様を止めるために横に退くのが、彼女への忠誠だと判断した。しかしそれが正しかったのかは——まだわからない」
「わからなくていいと思います」
「なぜ?」
「正しかったかどうかは、この先のダーク・グレイスさんの生き方が決めることです。今夜の判断は——あなたが誠実に考えた結果でしょう」
「…………」
「それで十分じゃないですか」
シャドウは長い沈黙の後、静かに言った。
「……豪、という名前だったな」
「はい」
「覚えておく」
それだけ言って、シャドウは壁に背を預けた。
豪も何も言わず、その場に立っていた。
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「よし!!」
光が急に声を上げた。
全員が振り返る。
「今夜は終わりだ!!全員帰るぞ!!」
「…急すぎませんか」
「感動的な場面の後は、明るく締めるのが俺流だ!!」
「そういう流儀があるんですか」
「ある!!」
「社長方のルール、もう驚かなくなりました」(愛)
「私は最初から驚いてない」(ホットピンク)
「ドタバタで好き!」(ハニーイエロー)
「……」(アイスブルー、親指を立てる)
ダーク・グレイスは光を見て、また小さく笑った。
「……本当に、変な人ね」
「ネオ渋谷で一番輝いている男だからな!!」
「それはナルシストというのよ」
「違いがわかる人間は少ないが——要するに同じだ!!」
「……ふふ」
笑い声が地下室に広がった。
光の笑い、豪のやれやれ、ロボ美のえへへ、黄金 輝の鼻笑い、愛のため息交じりの微笑み、シャイニングスターズの三者三様、椿の豪快な笑い声、シャドウの微かな表情の変化——。
そして、ダーク・グレイスの笑い声。
それは——十一年ぶりに、何かを感じての笑いだった。




