第五十六話:ダーク・グレイスの涙!失われた感情の真実!
地下研究室に、紫の光が渦巻いていた。
中央の装置——感情回路スキャナーが最大出力で稼働し、ロボ美の感情データを強制的に引き出そうとしている。
「ロボ美ちゃん!!」
光がロボ美を抱えて装置から遠ざかろうとするが、紫の光が追いかけてくる。
「……離れろ!」
豪が装置の電源パネルに飛びかかった。
しかしダーク・グレイスが素早く動き、豪の腕を掴んだ。
「邪魔しないで」
「させません!!」
二人の力が拮抗する。
「光さん!!」
ロボ美が叫んだ。
「俺から離れるな!!」
光がロボ美を庇いながら、紫の光に向き合った。
「ダーク・グレイス!!止めろ!!」
「……嫌よ」
ダーク・グレイスの声が、歪んでいた。
「私はもう……十一年待った。十一年、何も感じられないまま生きてきた」
「だからって!!」
「うるさい!!」
ダーク・グレイスが叫んだ。
その声に、光が思わず止まった。
それは——彼女が今まで見せたことのない声だった。
制御された冷静さではなく、剥き出しの、生の感情だった。
「……ダーク・グレイスさん」
ロボ美が静かに言った。
「なに?」
「今、叫びましたよ」
「……わかっている」
「怒っていますか?」
「…………」
「怒りも、感情ですよ」
ダーク・グレイスの手が、止まった。
「……何が言いたいの」
「あなたは感情がないと言っていますが……私には、そう見えないんです」
「感情があれば、こんなことをしていない」
「感情があるから、こんなことをしているんじゃないですか?」
ダーク・グレイスが、豪の腕から手を離した。
豪はそのまま動かずにいた。
「十一年……感情がないと思って生きてきたけど」
ロボ美は続ける。
「最初に会った日も。昨日公園で話した時も。さっき叫んだ時も——あなたは何かを感じていた気がします。それが感情じゃないとしたら、何ですか?」
「…………」
「感情があることに……気づけなくなっていただけじゃないですか?」
地下室が静かになった。
装置の唸りだけが、低く響いている。
「……バカなことを言わないで」
ダーク・グレイスの声が、震えていた。
「私は……十一年間、何も感じなかった。毎日、灰色だった。うれしいことも、悲しいことも——全部、頭で理解するだけで、何も感じなかった」
「…………」
「あなたが羨ましかった。あなたが感じているものを、私も欲しかった。それだけよ」
「……ダーク・グレイスさん」
「なに」
「羨ましいという気持ち……それは、感情じゃないですか?」
「……!」
ダーク・グレイスが息を呑んだ。
「欲しいという気持ちも。泣きたいという気持ちも。十一年間消えなかった——それも、感情じゃないですか?」
「そ……そんな……そんな単純なことが……」
「感情は、なくならなかったんだと思います」
ロボ美の声は、穏やかだった。
「ただ……あなたが、感情に気づく回路が傷ついただけで。感じる力は、ずっとそこにあったんじゃないかな、と」
「…………」
「だって——あなたは今、震えています」
ダーク・グレイスは自分の手を見た。
確かに、震えていた。
「これは……」
「緊張ですか? 怒りですか? それとも……別の何かですか?」
「…………わからない」
「わからなくていいです」
ロボ美がゆっくりとダーク・グレイスに近づいた。
光が「ロボ美ちゃん!」と声を上げたが——ロボ美は止まらなかった。
そしてダーク・グレイスの前に立った。
「ただ……今感じていることを、感じていていいと思います」
「…………」
「怖くても。悲しくても。怒っていても。何かを感じているなら——それは、あなたが生きているということです」
二人が向き合った。
ダーク・グレイスは、ロボ美をじっと見つめていた。
その紫の瞳が——かすかに、揺れていた。
「……私は」
ダーク・グレイスが口を開いた。
「ロボ美に感情を作った。でも……自分は感情をなくした」
「はい」
「ずっと……おかしいと思っていた。自分が作ったものを、自分が持てないなんて」
「……」
「悔しかった。悲しかった。でも……感じられないから、それもわからなくなって」
「…………」
「ただ……泣きたかった。ずっと、泣きたかった」
ダーク・グレイスの目から、何かがこぼれた。
一粒、二粒。
「——あれ?」
ダーク・グレイスが自分の頬に触れた。
濡れていた。
「…………」
「ダーク・グレイスさん」
ロボ美が言った。
「泣いています」
「…………そう、ね」
「感情、ありましたよ」
「……そうみたい、ね」
ダーク・グレイスは少しの間、自分の頬を手で押さえていた。
十一年ぶりの涙だった。
「……馬鹿みたいね、私」
「馬鹿じゃないです」
「十一年も……こんな簡単なことに気づけなかったなんて」
「簡単じゃなかったと思います。一人でずっと、灰色の世界を生きてきたんですから」
「…………」
「でも……もう、一人じゃなくていいんじゃないですか」
ダーク・グレイスは涙を拭った。
そして——光を見た。
光は何も言わなかった。ただ、その目で——向き合っていた。
ダーク・グレイスが装置のスイッチを切った。
紫の光が、静かに消えていった。
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「……シャドウ」
ダーク・グレイスが静かに言った。
シャドウがいつの間にか室内にいた。
「はい」
「装置の電源を落として。全部」
「……了解しました」
シャドウは一言だけ言って、作業を始めた。
その目が、微かに揺れていた。
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豪が光の隣に立った。
「……社長」
「わかっている」
光は小さく頷いた。
「終わり方は、ここから先はロボ美ちゃんに任せる」
「よろしいんですか?」
「ああ」
光はロボ美の背中を見ながら言った。
「俺はただのCEOだ。でも……ロボ美ちゃんは、あの人に届く言葉を持っていた」
「…………」
「それはロボ美ちゃんが、本当に人間に近づいている証拠だ」
豪はしばらく黙っていた。
「……社長、今日はよく喋りますね」
「照れるな!!」
「失礼しました」
「ロボ美ちゃんにだけは言うな!!」
「言いません」
「絶対だぞ!!」
「絶対です」
豪の口元が、わずかに緩んだ。
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その時、地下室に踏み込む音がした。
「——見つけた!! 無事か!!」
黄金 輝が飛び込んできた。後ろから愛とシャイニングスターズが続く。
「装置は私たちで破壊してきました!」
「こっちでも電源が落ちた、ということですね」
「全員無事か!?」
「はい」
「あの女は?」
黄金 輝がダーク・グレイスを見た。
ダーク・グレイスは涙の跡を残したまま、黄金 輝を見返した。
「……あなたが、黄金 輝ね」
「そうだ」
「……なかなかの目をしているわ」
「君もな」
「……ふふ」
ダーク・グレイスが、今夜初めて、少しだけ笑った。
それは——長い時間の後、ようやく戻ってきた、小さな表情の欠片だった。
「椿さん、入ってきていいですよ」
豪が出口に向かって言った。
「わかった!」
廊下から椿が現れた。柄杓を担いで、悠々と歩いてくる。
ダーク・グレイスが椿を見た。
「……椿」
「優美ちゃん」
椿はそれだけ言って、ダーク・グレイスの前に立った。
「ずいぶん、泣いたみたいね」
「……みたいね」
「おいで」
椿がダーク・グレイスを、静かに抱きしめた。
「……っ……」
ダーク・グレイスがまた、涙をこぼした。
今度は——声を上げて。
全員が静かに、その場に立っていた。
光も。豪も。ロボ美も。黄金 輝も。愛も。シャイニングスターズも。シャドウも。
誰も何も言わなかった。
ただ——静かに、待っていた。




