第五十二話:ダーク・グレイス、動く!ロボ美、誘拐未遂!
作戦会議の翌日。
光たちはダーク・グレイスの部下の行動パターン解析を始めていた。しかし——。
「社長、監視カメラの映像を確認しています。しばらくここを離れないでください」
「わかった!」
五分後。
「社長はどこに行きましたか」
「買い物だと言っていました」
ロボ美が申し訳なさそうに報告した。
「…どんな作戦でも、社長という変数が最大の不確定要素です」
豪は静かに、しかし深く息を吐いた。
「えっと……豪さん、疲れていますか?」
「慣れています」
「それは大丈夫ではない気がしますが」
「慣れているということは、大丈夫ということです」
「そうですか……」
ロボ美はまだ納得していなさそうな顔をしていたが、それ以上は言わなかった。
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そして夜。
白銀タワー周辺の公園——通称「銀の広場」。
木々に囲まれた静かなベンチに、ロボ美は一人座っていた。
作戦会議が終わって解散した後、少し夜風に当たりたくなった。タワーから徒歩一分の場所だから、豪には一声かけてある。
夜のネオ渋谷は美しい。超高層ビルの光が空に反射して、まるで星が地上に降りてきたみたいだ。
「……きれいだな」
ロボ美はそう言って、空を見上げた。
「ええ、きれいよ」
隣から声がした。
「!」
ロボ美が振り返ると、ベンチに並んで、ダーク・グレイスが座っていた。
いつの間に来ていたのか、全く気づかなかった。
「……またいつの間にいたんですか」
「気配を消すのは得意なの」
「追いかけてきましたか?」
「いいえ。たまたまよ」
「…本当ですか?」
「……ここは昔、よく来ていた場所なの」
ダーク・グレイスが答えた。その声は、いつより少し柔らかかった。
「研究所がすぐ近くにあって……実験で煮詰まると、よくここで空を見ていた。感情を失う前の話よ」
ロボ美は黙って聞いた。
「あの頃は……夜空を見ると、少し気分が楽になった。今は、何も感じないけれど……体が覚えているのかもしれない、ここに来ると」
「……体の記憶」
「そう。感情がなくなっても、身体の習慣だけは残る。不思議なものね」
しばらく、二人は並んで夜空を見ていた。
「ダーク・グレイスさん」
「なに」
「椿さんから、話を聞きました」
「…………」
「あなたが私の感情回路の設計に関わっていたこと。事故のことも」
「……そう」
「ありがとうございます」
「なにが?」
「私の感情を作ってくれたことです。おかげで……私は今、こんなにたくさんのことを感じられています」
「……感謝に値するようなことはしていない。自分の研究のためにやったことよ」
「でも、結果として私に感情を与えてくれた。それは事実です」
「…………」
ダーク・グレイスはしばらく黙っていた。
「ねえ、ロボ美」
「はい」
「私のために……感情回路のデータを、渡す気はある?」
「ありません」
即答だった。
ダーク・グレイスが少し目を細めた。
「迷いもないのね」
「迷いはあります。あなたのことが気になるから。でも……渡せない理由は変わりません」
「…どんな理由?」
「渡したら、私の感情がなくなります。そうしたら……もう、ダーク・グレイスさんに感謝の気持ちを伝えられなくなります」
「……それだけ?」
「それが一番大事なことです」
ダーク・グレイスはしばらく黙っていた。
その目が、かすかに揺れている。
「……あなたは」
「はい」
「ずるい子ね」
「そうですか?」
「そういう返し方をされたら……怒るに怒れないじゃない」
ロボ美は少し笑った。
「ダーク・グレイスさん、一緒に考えませんか?」
「何を?」
「感情を取り戻す、別の方法を。私のデータを抜き取らなくてもいい方法を」
「……そんな方法が——」
「あるかどうか、わかりません。でも……あなたが私の感情回路を設計したなら、一緒に考えれば何かわかるかもしれない」
「…………」
ダーク・グレイスが答えようとした——その時。
「ロボ美ちゃん!!」
光が走ってきた。息が上がっている。
「……あの護衛、また現れた」
ダーク・グレイスが静かに立ち上がる。
「待て!!」
光がダーク・グレイスの前に立ちはだかった。
「ロボ美ちゃんに何をした!」
「何もしていないわ。ただ話していただけ」
「信じられるか!」
「……光さん」
ロボ美が光の袖を引いた。
「本当に、ただ話していただけです。ダーク・グレイスさんは、今日は何もしていません」
「ロボ美ちゃん……」
光はロボ美とダーク・グレイスを交互に見た。
ダーク・グレイスはその光の顔を、静かに眺めていた。
「……あなたが、彼女を守っているのね」
「当たり前だ」
「どうして?」
「仲間だからだ」
「仲間……」
ダーク・グレイスがその言葉を繰り返した。その口調は、何かを確かめるようだった。
「ふふ……」
低く笑いが漏れた。
「ロボ美が羨ましい。その感情……生きているわね」
「あんたも、まだ諦めなくていい」
光が静かに言った。
「ロボ美がそう思っているんなら……俺もそう思う」
「…………」
ダーク・グレイスはしばらく光の目を見ていた。
「……今夜は、引くわ」
彼女は踵を返した。
「でも、次は本気で来る。覚悟しておいてちょうだい」
「いつでも来い」
光は拳を握りしめた。
ダーク・グレイスの姿が、夜の闇に溶けていく。
「光さん……」
「大丈夫か、ロボ美ちゃん」
「はい……でも」
ロボ美は、ダーク・グレイスが消えた方向を見つめた。
「彼女……少し、揺れていた気がします。私の言葉が、届いていた気がして」
「……そうか」
「まだ、間に合うと思います」
光はロボ美の顔をじっと見た。
その目は真剣で、迷いがなかった。
「……わかった。信じよう」
光は空を見上げた。
夜のネオ渋谷の空に、無数の光がまたたいていた。
「ロボ美ちゃんが信じるなら——俺も信じる」
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同じ夜、地下アジトで。
「……仲間、か」
ダーク・グレイスは一人、その言葉を反芻していた。
長い沈黙。
「シャドウ」
「……はい」
「あなたは、私の仲間?」
「………」
シャドウは答えを迷った。
珍しいことだった。いつもは即答できる。
「……命令に従う者です」
「それは答えになっていないわ」
「…………」
また沈黙。
「……わかりません。ただ……ダーク・グレイス様のそばにいることが、当然のことになっています」
「それが仲間、なのかもしれないわね」
ダーク・グレイスはそう言って、静かに目を閉じた。
薔薇の香りが、闇の中に漂っていた。




