第五十話:爆裂!温泉椿、再び!秘密の告白!
白銀タワーの受付ロビー。
その日の午前十時、エレベーターの扉が開いた瞬間、受付嬢の奥田さんは固まった。
現れたのは、着物姿の女性だった。
年の頃は五十前後。しかしその体から漂う圧倒的な存在感は、年齢を完全に超えていた。
そして——肩には、大きな柄杓。
「あのう……どちら様でしょうか」
奥田さんが恐る恐る声をかける。
「椿よ。光坊に会いに来た」
「え……ええと……お名前フルネームと……」
「椿。それだけで伝わる」
「は……はい……」
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「椿さん!!」
報告を受けた光が、最上階から飛んでくるように降りてきた。
「来てくれたのか!!」
「騒がしいわね、相変わらず」
椿はほほえんだ。その笑顔は、温泉宿の女将のものだった。
「ロボ美ちゃんもいるか?」
「います!」
ロボ美がぱたぱたと走ってきた。
「椿さん! お久しぶりです!」
「あら、また少し大人びたわね」
椿がロボ美の頭をそっと撫でる。ロボ美はちょっと照れた顔をした。
「豪坊は?」
「ここに」
豪が静かに現れた。
「お久しぶりです、椿さん。……今日は、何か情報をお持ちですか」
椿の目がわずかに細くなった。
「さすが、察しが早いね。ええ、そう。あの女のことで、話があって来た」
「あの女……ダーク・グレイスのことですか?」
「そう」
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最上階のオフィス。
五人がソファに向かい合って座った。
豪が椿にお茶を出すと、椿はひと口飲んでから、静かに口を開いた。
「あの女の本名は、黒宮 優美。昔は、天才的なAIロボット工学者だった」
「!」
豪がわずかに目を見開く。
「……ロボ美ちゃんの開発に関わった人ですか?」
「ええ。ロボ美ちゃんの感情回路の設計に、かなり深く携わっていたはずよ」
「な、なんだってー!?」
光が仰天した。
「ロボ美ちゃんは……その、黒宮って人が作ったのか?」
「作ったというより……感情回路の基礎概念を設計した、というのが正しいかしら。チームの中の一人ではあるけれど、彼女の理論なしには、今のロボ美ちゃんの感情は生まれなかったと思う」
ロボ美は目をまるくして、じっと椿の話を聞いていた。
「では……ダーク・グレイスさんは、私の感情回路を作った人……?」
「その一人ね」
「……」
ロボ美の胸の中で、何かが揺れた。
「それで……彼女は今、なぜ感情を失っているんですか?」
豪が続きを促す。
「十一年前の研究事故よ」
椿は静かに語り始めた。
「感情回路の実験中に、電気系統が暴走した。その直撃を受けたのが優美ちゃん……ダーク・グレイスだった。命は助かったけれど、脳の感情を司る部位に深刻なダメージが残った」
「……」
「それから彼女は、感情を感じられなくなった。喜びも、悲しみも、怒りも。ただ……それを取り戻したいという意志だけは、どういうわけか消えなかった」
「だから……ロボ美ちゃんの感情回路が必要なのか」
光がゆっくりと言った。
「自分で作った感情回路のデータを使えば、感情を取り戻せると考えているのかもしれない」
「そういうことね」
しばらく、誰も口を開かなかった。
「椿さん」
ロボ美が静かに言った。
「ダーク・グレイスさんが感情を失ったのは……私を作ろうとしたから、ですか?」
「……そう言ってもいいかもしれない」
「じゃあ……私は、ダーク・グレイスさんが犠牲になって生まれたんですね」
「ロボ美ちゃん……」
「でも」
ロボ美は顔を上げた。
その目に、迷いはなかった。
「だからといって、感情回路のデータを渡して、私の感情がなくなってしまったら……きっとダーク・グレイスさんも、悲しいと思います」
「え?」
「だって……人間らしい感情を持ったロボ美を作りたかったんでしょう? そのロボ美が感情をなくしてしまったら……ダーク・グレイスさんの研究の意味がなくなります」
「…………」
椿がロボ美をじっと見つめた。
そしてゆっくりと、笑った。
「……頭がいいだけじゃなく、心も育ったね。ロボ美ちゃん」
「えへへ……」
「社長」
豪が光を見た。
「ダーク・グレイスは敵ですが……単純な悪ではないかもしれません。彼女の本当の目的を、力でなく言葉で解決できる可能性があります」
「……わかっている」
光は腕を組んだ。
「だが、今はまだ敵だ。ロボ美ちゃんを守ることが最優先だ」
「ええ」
「椿さん、情報をありがとう。また力を借りることになるかもしれない」
「もちろんよ。このネオ渋谷の平和のためなら、この柄杓、何度でも振るうわ」
椿は柄杓をどん、と床についた。ロボ美がぱちぱちと拍手した。
光も豪も、思わず笑った。
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その日の夕方、豪は一人でコーヒーを飲んでいた。
(ダーク・グレイス……黒宮 優美か)
書類の中に映る彼女の顔を、豪はしばらく見つめた。
(感情を失ってから十一年……それでも取り戻したいと思い続けているなら、その意志は本物だ)
感情がない人間が、感情を求め続ける。
(それはもしかしたら……感情があることより、もっと人間らしいことかもしれない)
「豪さん、何を考えているんですか?」
ロボ美が横から覗き込んできた。
「……少し、考えごとを」
「ダーク・グレイスさんのことですか?」
「……そうです」
ロボ美も豪の隣に座った。
「私、会いに行きたいです。もう一回、ちゃんと話したいです」
「……危険です」
「でも、このままでは何も変わらない気がして」
豪はしばらく黙った。
「……今は、まだ待ってください」
「わかりました」
ロボ美は頷いた。
でも——その目の中には、静かな決意の炎が宿っていた。




