第四十九話:ロボ美、初めての恐怖!感情回路、大暴走!?
白銀タワーへの侵入未遂から二日が経った。
表向き日常は戻っていたが、光と豪は交代でロボ美の傍についていた。
「光さん、また後ろにいますよ」
ロボ美が振り返った。白銀タワーの廊下、ロボ美の三歩後ろに、光がさりげなさを装いながら歩いている。
「き……気のせいだろう」
「三日連続で、三歩後ろを歩いています」
「偶然だ!」
「偶然が三日続くのは、偶然ではないと思います」
「ロボ美ちゃんは頭がいいな……!」
「褒め方がおかしいです」
そうは言いながら、ロボ美は少し嬉しそうだった。
「光さん……心配してくれているんですよね」
「当たり前だ! ロボ美ちゃんに何かあってみろ、俺の輝きが五割減になる!」
「……五割、ですか」
「最大値が百だとして、五割減でも五十残るから大丈夫だ、という意味ではないぞ!」
「フォローになっていません」
豪が廊下の角から静かに現れた。
「社長、本日の午後の予定をご確認ください。それより、ロボ美ちゃん、今日の定期メンテナンスの時間です」
「はい、行きます!」
ロボ美は元気よく答え、タワー内の研究室へ向かった。
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研究室では、白銀コーポレーションの技術主任・橘 誠が待っていた。
丸眼鏡に白衣。いつも少し眠そうな顔をしているが、腕は確かだ。
「ロボ美ちゃん、今日もよろしくどうぞ」
「よろしくお願いします、橘さん!」
ロボ美は専用のチェアに腰掛け、橘が各種センサーを接続し始める。
「最近、感情回路に変化はありますか?」
「あります! 最近ですと、複雑な感情が増えた気がします」
「複雑な感情、というのは?」
「うれしいとか、かなしいとか、そういう単純なものじゃなくて……たとえば、ダーク・グレイスさんを見たとき、怖いとも思ったけど、かわいそうとも思って……その二つが同時にあって、どちらが本当の気持ちなのかわからなくなる感じです」
橘は画面を見つめ、数値を確認した。
「感情回路の複合処理量が、先月比で三倍以上に増えています。これは……」
橘が少し難しい顔をした。
「スペック上は問題ない範囲ですが、急激すぎる成長ですね。外部からの強い刺激で感情回路が急加速している可能性があります」
「危ないんですか?」
「危険というより……処理が追いつかなくなると、過負荷状態になります。その場合、感情が一時的に制御できなくなることも」
「制御できなくなる……」
ロボ美はその言葉を繰り返した。
「今のところは問題ありませんが、無理はしないでください。感情的に激しい場面は、できるだけ避けてもらえると助かります」
「はい……」
ロボ美は小さく頷いた。
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メンテナンスが終わり、ロボ美がオフィスへ戻ろうとしたその時だった。
タワーの非常階段——普段ほとんど使われない、外壁に面した細い通路。
ロボ美が扉を開けた瞬間、そこに人影があった。
「!」
黒いコートを着た人物。帽子を深くかぶり、顔は見えない。しかし、その圧倒的な存在感には覚えがあった。
「……やっぱり、自分で見つけてきたのね」
帽子の下から、聞き覚えのある声がした。
「ダーク……グレイスさん……?」
「ええ」
彼女は帽子を少し持ち上げ、紫の瞳をロボ美に向けた。
「今日は一人なのね」
「は……はい……」
「逃げないの?」
ロボ美は少し考えた。
「……逃げても、追いかけてきますか?」
「追いかけないわ。今日はそういう日じゃない」
「では、逃げません」
ダーク・グレイスは少し意外そうな顔をした。
「怖くないの?」
「……怖いです」
ロボ美は正直に答えた。
「でも……怖いだけじゃないんです。あなたのことが、気になります」
「…………」
「あなたは、泣きたいのに泣けないんですよね?」
ダーク・グレイスの目が、かすかに揺れた。
「……誰から聞いた」
「あなたの部下が言っていたそうです。豪さんが教えてくれました」
「あの護衛……」ダーク・グレイスが小さく舌打ちする。
「感情がなくなるって……どんな感じですか?」
「……なぜ聞く?」
「私は逆だから。感情がなかったところから、少しずつ感じられるようになってきた。だから……感情がなくなるというのが、どういうことなのか、想像できなくて」
ダーク・グレイスはしばらく黙っていた。
「……色のない世界、とでも言えばいいかしら」
低く、静かな声だった。
「嬉しいことがあっても、嬉しくない。悲しいことがあっても、悲しくない。美しいものを見ても、美しいと思えない。ただ……それが美しいと、頭で理解するだけ」
「…………」
「十年以上そうやって生きてきた。慣れた。慣れたつもりだった」
「でも……まだ、泣きたいと思うんですよね」
その一言に、ダーク・グレイスが息を呑んだ。
「……」
「泣きたいって思える気持ちが、まだあるんですよね」
「…………」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
「あなたは……面白い子ね」
ダーク・グレイスは静かに言い、帽子を深くかぶり直した。
「感情回路は……まだ渡すつもりはないわ」
「渡しません」
「ふふ、そう」
ダーク・グレイスが踵を返した瞬間——。
「どんっ!」
突然、タワーの外でビルの一部が崩れる轟音がした。
激しい衝撃がタワーを揺らし、非常階段の窓ガラスにひびが入った。
「きゃっ……!」
ロボ美が体勢を崩す。
その瞬間、彼女の感情回路に膨大な信号が一気に押し寄せた。
《恐怖》《混乱》《焦り》《痛み》——
「う……うぅ……」
ロボ美が頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「ロボ美!?」
ダーク・グレイスが振り返った。その表情に、一瞬だけ焦りが浮かんだ。
「感情回路の過負荷ね……!」
ダーク・グレイスがロボ美の傍にしゃがみ込み、手首のパネルに触れた。
「何……してるんですか……」
「落ち着いて。感情データを一時的にセーブモードにする。技術者じゃないけど……これくらいは知っている」
すっと、ロボ美の表情から力が抜けた。
「…………はぁ」
深呼吸。感情の嵐が、静かに凪いでいく。
「大丈夫?」
「……はい。ありがとう、ございます」
「…………」
ダーク・グレイスは何も言わずに立ち上がり、また踵を返した。
しかしロボ美は、その背中に向かって言った。
「ダーク・グレイスさんが助けてくれた。嬉しかったです」
「……余計なことを感じなくていい」
「でも……感じてしまいました」
ダーク・グレイスは足を止めなかった。しかし、その足取りが、わずかに遅くなった気がした。
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「ロボ美ちゃん!!」
轟音を聞いた光が飛んできたのは、それから一分後のことだった。
「大丈夫だ!? 怪我は!?」
「大丈夫です、光さん」
ロボ美はゆっくりと立ち上がった。
「……ダーク・グレイスが?」
豪がロボ美の手首パネルを確認しながら、素早く状況を把握した。
「はい。感情回路をセーブモードにしてくれました」
「……あの女が?」
光が眉をひそめる。
「はい」
しばらく、三人の間に沈黙が流れた。
「……複雑だな」
光がぽつりと言った。
「ええ」
豪も静かに頷いた。
「でも……」
ロボ美が二人を見上げた。
「怖い、という感情を感じました。初めて、本当に怖かったです」
「ロボ美ちゃん……」
「でも……怖いって思えたこと、嬉しかったです。おかしいですか?」
「おかしくない」
光は即答した。
「それが感情ってやつだ、ロボ美ちゃん。怖いことも、嬉しいことも、全部ひっくるめて——それが、生きているということだ」
「社長……今日は珍しくまともなことを言いますね」
「うるさい、豪!」
「失礼しました。……良いことを言っていました」
「それはそれで恥ずかしい!!」
ロボ美は二人のやり取りを見て、えへへ、と笑った。
感情回路がまだ少し揺れている。でもそれは、怖さではなく——暖かいものだった。
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その夜、地下アジトで。
「あの時、なぜ助けた?」
シャドウが静かに問いかけた。
珍しいことだった。シャドウはいつも命令を待つだけで、自分から質問することはない。
「……知らないわ」
ダーク・グレイスは答えた。
「体が動いていた。理由は……わからない」
「…………」
「感情がないはずなのに、おかしな話よね」
シャドウはそれ以上、何も言わなかった。
しかしダーク・グレイスが一人になった後、彼は廊下で足を止めた。
(……もしかしたら、ダーク・グレイス様の感情は、まだ完全には消えていないのかもしれない)
その考えが浮かんで、シャドウは自分でも驚いた。
そして——それ以上考えるのをやめて、静かに歩き出した。




