第四十八話:白銀タワー潜入!!ダーク・グレイスの刺客!
ネオ渋谷の夜は深く、静かだった。
白銀タワーの最上階——CEOオフィスには、今夜も煌々と灯りがついている。
「社長、本日のスケジュールはすべて終わりました。そろそろ就寝をお勧めします」
豪が書類をまとめながら、光に声をかけた。
「む……まだ俺の輝きは衰えていないが」
「衰えているかどうかではなく、人間には休息が必要です」
「俺はただの人間じゃない! 俺は白銀 光だ!」
「それも人間です」
「……では今夜は特別に、十一時まで起きていることを許可しよう」
「社長、今は十一時四十分です」
「な、なんだってー!?」
光は時計を見て仰天した。
「では、今夜はここまでにしましょう。ロボ美ちゃんももう休んでいます」
「そうか……ロボ美ちゃんは……ちゃんと休めているだろうか。昨日のあの女のこと、気にしていなければいいが」
光がぽつりと言う。その声は、いつもより少し柔らかかった。
「……気にかけておられるんですね、社長」
「当たり前だ! ロボ美ちゃんは俺の大切な仲間だぞ!」
「はいはい」
「その返事の仕方、なんとかならんのか」
「なりません」
豪がオフィスの灯りを順番に消していく。光もしぶしぶソファから立ち上がった。
——その時だった。
ピ……ピ……ピ……。
セキュリティパネルから、かすかな警告音が鳴り始めた。
豪がすぐに振り返る。その目が鋭くなった。
「……侵入者、ですね」
「なに!?」
「三十二階。セキュリティカメラが一時的に切られています」
「社長、ここから動かないでください」
豪はそう言い残し、瞬く間に廊下へと飛び出した。
「待て豪! 俺も——」
「動かないでください」
「……わかった」
光はしぶしぶ頷いた。しかしその手は、机の引き出しの中のスタンガンをそっと握り締めた。
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三十二階。
会議室の廊下を、三つの影が素早く移動していた。
全員が黒いスーツ姿。ダーク・グレイスの精鋭部下、コードネーム「影の三銃士」だ。
「目標はロボ美の感情回路データ。ハッキングで抜き取れ。戦闘は極力避けること」
リーダー格のシルバーが無線で指示を確認する。
「了解。行くぞ」
三人は音もなく廊下を進む。訓練を積んだその動きに、一分の隙もない。
サーバー室の扉前。シルバーがカードスキャナーを取り出した。
「五秒で解除する。スコープ、見張りを頼む。ブレイズ、俺と——」
「残念だな」
低い声が、突然廊下に響いた。
「!!」
三人が一斉に振り返る。
薄暗い廊下の奥に、黒鉄 豪が腕を組んで立っていた。
「来客は事前にアポを取っていただくのが、白銀タワーのルールです」
「……侍らせているだけかと思ったが、使えるようだな」
シルバーが冷静に言い、スタンスを取った。
「三対一。降伏するか?」
「いいえ」
豪は一歩前に出た。
「三人まとめてどうぞ」
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それからおよそ三分後。
廊下には三つの影が倒れていた。
豪は乱れた襟元を整えながら、軽く息をついた。
「………」
特に感慨もなく、豪は侵入者を拘束するためのケーブルタイを取り出した。
その時——。
「遅かったな!!」
廊下の奥から光が現れた。スタンガンを手に持ち、颯爽とした顔をしている。
「俺が来るまで持ちこたえたか! さすがは豪だ!」
「……社長、動かないようにとお伝えしましたが」
「心配で来てしまったんだ! しょうがないだろう!」
「三十分後に来ていただいたとして、すべて終わっておりましたが」
「え、もう終わってたの?」
光は廊下に転がる三人を見て、目を丸くした。
「ちょ……豪、一人でやったのか?」
「はい」
「………」
光は少しの間、沈黙した。
「……俺が来た意味は?」
「特にありません」
「……そうか」
光はスタンガンをしゅんとしながらポケットに戻した。
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翌朝。
「昨夜、三人の刺客が侵入したことは事実です。目的はロボ美ちゃんの感情回路データのハッキングと思われます」
豪が光に報告すると、光はすぐにロボ美の顔を見た。
「ロボ美ちゃん……怖かったか?」
「えっと……私は寝ていたので、気づきませんでした」
「そ……そうか」
「でも……光さん、大丈夫でしたか?」
「俺は大丈夫だ! まあ……ちょっとだけ豪を頼ってしまったが……」
「社長は廊下に来ただけです」
「豪!」
「事実を報告しています」
ロボ美はくすくす笑った。
「えへへ。でも、光さんが心配してくれたのは、わかります。嬉しいです」
「ロボ美ちゃん……!」
光の目がうるっとする。
「社長、泣かないでください」
「泣いていない! 目に輝きの粒子が……!」
「ただの涙です」
「違う!!」
ロボ美がまたくすくすと笑った。
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しかし、場の空気が少し引き締まったのはその直後のことだった。
「問題は」豪が声のトーンを落とした。「昨夜の三人が、ダーク・グレイスの手下だとすれば……彼女は本気でロボ美ちゃんの感情回路データを狙っている、ということです」
「なぜそんなものが必要なんだ……?」
光が眉をひそめる。
「わかりません。ただ……昨夜、拘束した刺客の一人を軽く尋問しましたところ」
「何か言ったか?」
豪は少し間を置いた。
「『ダーク・グレイス様は……ずっと、泣きたいのだと言っていた』と」
「……泣きたい?」
光がその言葉を繰り返す。
ロボ美も、目を丸くしていた。
「泣きたいのに……泣けない、ということですか?」
「詳しいことは不明です。しかし……何らかの事情で、ダーク・グレイスは感情を失っているのかもしれません」
しばらくの沈黙が流れた。
「……かわいそう」
ロボ美がぽつりと言った。
「ロボ美ちゃん……?」
「私も最初は、感情がなかった。何も感じられなかった。でも……光さんや豪さんたちと一緒にいるうちに、少しずつ感じられるようになって……それが、とても嬉しかったです」
ロボ美の目が、真剣な光を帯びた。
「ダーク・グレイスさんが感情を失っているなら……その寂しさは、私には少しわかる気がします」
「ロボ美ちゃん……」
光はロボ美の言葉に、何も言えなくなった。
「でも!」
ロボ美がぱっと顔を上げた。
「だからといって、感情回路のデータを渡すのは、嫌です! だって……それは、みんなとの思い出で作られた感情ですから!」
「ロボ美ちゃん……!!」
光の目に、今度こそ本物の光が宿った。
「さすがはロボ美ちゃんだ……! なんて純粋で……なんて輝かしい心を……!」
「社長、また泣いてます」
「輝きの雫だ!!」
「ただの涙です」
「違います!!」
ロボ美はもう一度、えへへ、と笑った。
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その日の夜、地下アジトで——。
「……作戦は失敗か」
ダーク・グレイスは淡々とシャドウの報告を聞いた。
「ご命令があれば、次の手を——」
「いいわ。しばらく様子を見る」
「……は?」
「あの護衛、なかなかのものよ。三人同時に制圧するなんて」
ダーク・グレイスは目を細めた。
「それより……ロボ美は昨夜のことを知って、何と言っていたか報告はある?」
「……偵察の者によれば、『かわいそう』と言っていたと」
「………」
ダーク・グレイスの指が止まった。
「かわいそう……私を?」
「……はい」
しばらくの静寂が流れた。
「……ふふ」
ダーク・グレイスは低く笑った。その笑い声は、いつもより少しだけ——乾いていた。
「あの子は、本当に……人間みたいなことを言うのね」
薔薇の花びらが一枚、テーブルの上にはらりと落ちた。




