ジン35
所変わって古代京エリュシュガラ。
ギギィ……
玉座の間の扉が開いた。
だが、全開はできない。
何かがつっかえているようだ。
ジンはひとり分の開いた隙間に体をすべらせ通り抜ける。
つっかえていた物に目がいった。
「……鎮守に大木の根? 枝?」
瞬時に浮かぶのは、魔核により特級主に操られてた鎮守の大木が、聖女アメリを捕らえるために枝を伸ばした残像。
ジンはゆっくりと視線を上げた。
「っ!」
目に映ったそれに息が止まった。
「……ま、ゅ」
玉座の間を侵食した自然の力。鎮守の大木が枝や根を張り巡らせている。
その幹に、大きなーー繭。
金色の繭。
金糸が幾重にも巻き付き繭のような様相となっていた。
「聖女アメリ?」
金糸の繭がーードクン、と鼓動した。
ここから金糸が全ての魔核へと導き、カッツのレイピアが魔物を殲滅、……自身の死を理解できぬ残滓の魔物が誕生した。
時を超えてジンの魔物浄化により、金糸は還ってきたのだ、本体へと。……聖女アメリへと。
彼女は金糸に包まれ形を成している。
(ジン、最後の浄化だ。魔と繋がった聖女アメリには、魔の侵食があったはず。全てを浄化して終わらせよう)
金糸が残っている理由がそこにある。
「ああ、もちろん。カッツさんが来てからな」
ドクン
ジンがカッツの名を口にしたのに反応したようだ。
「アメリさん、カッツさんがもうすぐやってくるから」
トクントクントクン
金糸の繭が温かで穏やかな鼓動になった。
(カッツが来るまで、しばしの休憩だな。だが、カッツはここに来られるだろうか)
「カッツさんなら、きっと気づくと思う」
ジンは繭の下、鎮守の大木の根元に座り込む。
微かに流れる聖なる力を感じた。
それが聖女アメリなのか、鎮守の大木からなのか……いや、ルララルーと同じで切り離せぬ共存なのだろう。
ジンはゆっくりと目を瞑った。
カツカツカツカツ
足音が聞こえる。
ジンは微睡みから覚醒した。
(来たようだぞ)
「だな」
ジンは立ち上がった。
足音が扉の前で止まり、少しの間。
心情を慮れば、理解できる間だろう。
そして、ジンが開けた扉の隙間から、カッツが足を踏み入れた。
ドクンドクンドクン
金糸の繭がいっせいにカッツへと伸びる。
長年会えなかった恋人を求めるように……
寄り添っていた昔のように……
だろうか。
「カッツさん……」
「ああ……」
カッツの目から涙が溢れていた。
「俺の愛しい人」
カッツは金糸に抱かれながら、声を震わせて言った。
その視線は鎮守の大木の幹へ。
黄金色の光が人型で漂っている。そこから金糸がカッツへと伸びていた。
二人は繋がっているよう。
「……封印を解いてくれ、頼む」
「もう、いいんですか?」
「ああ、こうして最後に逢えたから。最後のときを見届けたい」
カッツが金糸を優しく撫でる。
「はい。では……」
ジンはこん棒を氷柱槍へと変え、一度深呼吸した。
(ジン、躊躇するなよ)
ジンは小さく頷いた。
「金糸に感謝します!」
ジンは思いっきり、カッツの魔核を突いた。
「なっ、に……をっ」
カッツがジンのこん棒を握る。
「ずっと、俺をつけていただろ? 第一層からずっと。一体だけ階層を行き来する魔物がいた。感知できていないとでも思ったか?」
ジンは氷柱槍を引き抜く。
カッツの様相が変化する。いや、元々カッツに変化して、ここに現れた。
「……卑劣な勇者パーティーの置き土産。『傀儡ポーター』」
ジンの目の前には、傀儡。
「この古代京エリュシュガラで唯一の実体。特級主の魔核ひとつが逃げ込むことができた物、取り憑くことができた物体」
残滓でないから、金糸が繋がっていなかった。古代京エリュシュガラ内だけは自由に動ける存在だったのだ。
特級主のその魔核で鎮守の大木を乗っ取り、傀儡ポーターに抱えられた聖女を捕らえようとし、カッツの殲滅剣から魔物ではない器へと逃げ込み取り憑いた。
ある意味、唯一の生き残り。
魔術付与された関門で外にも出られず、彷徨っていたのだろう。
ジンに魔核を突かれ浄化された傀儡が崩れ落ちる。まるで、操り人形の糸が切れたかのように。
動かぬただの木製人形になっていた。
「残念だったな。聖女アメリを解放したら、古代京エリュシュガラも解放されて、晴れて自由の身だっただろうが……」
ジンはフッと笑った。
「お前の見た目は、前回ここに来たカッツさんの姿形。長髪を一括りしたカッツさんのな。今は短髪なんだぞ。それに、カッツさんは視えない。金糸も聖女アメリの姿も。……ってか、俺、人形に話しかけるヤバい奴になってる」
ジンは、人形を足で蹴る。
(お前はいつだって独り言を言ってるだろ)
「そりゃあ、仕方ないって。武器と喋ってるんだから」
(その独り言で、上手く誘導できたな。わざわざ、扉前でもう残滓の魔物はないと宣言し、ここでカッツを待つと口にしたわけだ。狸寝入りまでして油断させた)
残る一体をおびき寄せるために。
「まあ、でも……こいつに気づけたのは、ランジのおかげだ」
ネバランでジンはポーターに扮した。
だから、気づくことができたのだ。傀儡ポーターの存在を。古代京エリュシュガラに置き去りにされた傀儡があることを。
「さてと……」
ジンは鎮守の大木に視線を移した。
人型の光が漂っている。
「もう少しでカッツさんと再会できますよ」
光の戸惑いをジンは感じた。
ジンの意志を理解したのだろう。
「始めましょう、アメリさん」
ジンはこん棒と同調し、三玉から光を放つ。
そして、冒険鞄から……あれを三枚取り、鎮守の大木の根元に三つ葉紋のように並べる。
ルララルーでした時のように。
「祈りを捧げます」
ジンはこん棒を持ったまま片膝をついた。
目を閉じ頭を下げる。
「長きにわたる封印に感謝致します。今一度、姿露わし給うこと『祈ります』」




