「路傍の石」の慣用句化(ワイのなかで)
簡単に投稿が作成できると思っていたネタが、調べると手間を必要とするネタだった。軽く作成して、さくっと投稿するはずの軽めのネタが重かったという話です。勉強が足りなかったツケが一気にきただけです。毎回のような……
「路傍の石」を、ずっと慣用句・ことわざのたぐいだと思いこんでいました。「道ばたの石、価値のないもの」ぐらいの意味だろうと思っていたわけです。「足が棒」「顔から火」「寝耳に水」「地の塩」のたぐいかなと。しかし、そうではなかった。「路傍の石」は、山本有三の小説の題名だったのです。
「路傍の石」を「道ばたの石、価値のないもの」と思っていたわけですが、「道ばたの石」に似たような表現があります。
「路端の石」「路端の石」です。「石」は「石ころ」と書かれることもあります。その「路端」の誤字であるものが
「炉端の石」です。「炉端焼き」の「炉端」と間違えたものだと思います。
「卑弥呼は何を食べていたか」
こちらは、「炉端の石」の正しい使い方です。
「異世界からの企業進出!?」 こっちは間違いの方だと思いますが、「卑弥呼の食事を再現しているときに使う炉端の石ぐらいの価値」と書きたかった可能性が微レ存? 「炉端の石」は、保存食を作成できる道具と思えば、無価値ではありません。「無いやろ!」と思っていることを文字数かせぎのために書く。この文こそまさに路端の石。
「居酒屋からロマンス」 ただ、居酒屋が舞台の場合は、「炉端の石」はあるかもしれません。精進料理や懐石料理系だと、「温石」で、ほんとに炉端に石があることがあるそうです。そんなお値段が高そうな店に行ったことがないので、自分は見たことがありません。
坂東真砂子「旅涯ての地 (上)」 これは、台所小屋の炉端のまわりにおいてある椅子代わりの石に座っているという正しいパターンでした。「炉端の石」なら間違いであると確定できず、正誤を調べるのにも時間がかかりました。
関連して、鷹山誠一の「そこらへんの石」感の変遷を調べることになりました。「百錬の覇王と聖約の戦乙女 (1)」の「炉端の石」は間違いの方です。「炉端の石」なので「ろばたのいし」で打ち込んで「路端の石」と変換したかったと思います。「路端のいし」ではなく。
そう、「【ろ】ばた」で変換しているのがポイントです。
戦乙女1巻のすこしあと、同作者の「オレと彼女の絶対領域」では「路端の石」になっています。
これも「路端の石」です。
戦乙女3、絶対領域4、戦乙女5巻でも「路端の石」です。スクリーンショットを撮っていて考えたのは、はたして「路端の石」は変換したかった目的の言葉だったのか? です。「みちばたのいし」でなく「ろばたのいし」と打ち込んでいたから「炉端の石」と、戦乙女1巻で間違えた。「みちばた」でなく「ろばた」、そう、「【ろ】ばた」で変換しようとした。実は、「【ろ】ばた」ではなく、別の言葉が本来の打ち込みたい文字ではなかったのか?
無価値なものである、どこにでもあるものである。そんな慣用句というか、文学的な表現があるのではないか?
つまり、「路傍の石」です。
調べる前だったので、「路端の石」でなく、「路傍の石」と書きたかったものにたどりついたんだなあ
「やったのか!! 誠一!!」
ttps://bit.ly/3iRa77W
そんな感動をおぼえていたんですが、調べた結果、冒頭に書いたように「路傍の石」は慣用句・ことわざではありませんでした。小説の題名でした。勝手な予想では、戦乙女の中のひともそうだったのではないかと思います。なお、「路傍」は「道のはしっこの方」なので、「遠くばかり見ていては~」につながるものかどうか確信がもてません。
「躓く石も縁の端 」
ttps://bit.ly/3iQkokN
こっちに繋がるパターンかどうかも分かりませんでした。炉端焼きの店に行ってうさをはらしたいかんじです。うさうさ。
「路端」ですが「路端」と読むひともかなりいます。自動車教習所で「路端停止・発進」があるからです。ですので、ローファンタジーで自動車運転免許をもっているだろう層が主な想定読者なら、「路端」と書いた場合は、ふりがなをふるのが間違いがないと思います。
おまけ
たいぞうてき。対照的だと思います。
対照的、対称的、対象的、対症的の混在ネタを考えていたのですが、切り分け困難だったのであきらめました。哲学用語で「対象的」があるようでして、「『対象的』は誤り」と決め打ちできないことがしんどかったです。
2020年7月10日発売の「精霊に愛された姫君 ~王族とは関わりたくない!~」が、小説家になろう関連で、現時点での最新の横断検索でみつかる「対象的」でした。たぶん誤字の方だと思います。精霊などもでてくる作品ですので、ほんとのところはわかりません。哲学です。
次こそは宿題をかたづけたい。




