99 霧雨のSCでは
残酷な表現があります
苦手な方はお避け下さい
やはり、霧雨だった───。
悲鳴と叫び声、うめく声が響く中に、戻ってきた。
走り出したミユキの身体から緑色の淡い光が湧いてきて、それは瞬く間にサービスエリア全体を包み込んだ。乗用車エリアを抜けた先にトラックと煙を上げる……黒いバンが、ある。
あの車はもう少しで炎に包まれるから。
その前に、その前に助け出さなくては。
どうしてもう少し早く戻れなかったのか。
どうして時間が止まらないのか。
くそったれ、と呟き人混みをかき分ける。
あ、そうだ、と自分が移動できることを思い出した時、ボン、と音が響き濡れた路面が一面赤く染まった。あちこちから小さな悲鳴が上がっていく。
爆ぜる炎を避けるためか人垣が割れ、勢いよく燃えるバンがミユキの前に現れる。
───間に合わなかった。
いや、まだだ!
回復の光がぶわりと燃えるバンを包み込んだ時、
「嘘だろうーーーーっ!?」
ミユキの耳に聞きなれた声が届いた。
え?
声の主を目で追う。
え?
え?
人混みの向こうの一段上がった先に、確かにいた。
ビーグル犬を両脇に抱えた夫が、呆然と燃えさかる愛車を見ている。
まぁ、ローンも終わってないし、買うと契約して手許に来るまでものすごく時間がかかったし、納車されてからは休みのたびにあちこちに手を入れ、まさに手塩にかけた車だったから。
「畜生ぅっ……ッなんでだよ──ッ!?」
(泣いてんじゃないだろうか……?)
久々に声を聴き、気が抜けて冷静になった自分に気が付いた。
でも、よかった……。
乗ってなかったんだ……なぜだかわからないけど、よかった……
夫の隣には鏡でしか見たことがない自分が立っている。客観的に見て、やはりダイエットは必要だなと思ってしまった。楽に自然に痩せますように、自分よ。と念を送っておく。夫には毛髪頑張れ、髪の毛とまゆげの白髪がなくなりますように、とつけ加えておいた。そしてそこそこ健康に過ごせますように。
ポンポンと破裂音がするたびに周りがどよめく。
キャンピングカーだし、カセットコンロ用のガスボンベを結構積んでたし、いろいろスプレー缶あったよなぁと考えながら、ふと見上げるとつぶれて炎を上げる車の向こうにトラックの運転席が、あった。
運転手の顔を、実際に見たのは一度で、後は写真だけだ。
しかし、炎に赤く照らされたその顔は……
なぜ、笑っている?
ミユキがそう思った瞬間、その体はそこから消えていた。
車が燃えている。きっと中にいる人間は焼け死ぬだろう。苦しむだろう。
ここにくるまでに何台も潰して壊してやった。
大勢の人間が死んだり大ケガをしているだろう。
男はほくそ笑んだ。死刑になるのなら大勢道連れにしなければ。
いろいろ嫌になり、死にたくてたくさん考えたが、ひとりで死ぬのは馬鹿らしいと思ったのだ。
途中トンネルで事故を起こすことも考えたが、自分が焼け死んだり苦しんだりするのは嫌だったのでやめてやった。
この車からもそろそろ降りないと危ないな、そう思い男がドアに手をかけたときだった。
「自分が、死にたかった?」
静かな声とともに、突然太ももに焼け付く痛みが走り、叫び声をあげたが、声が出なかった。
見るとハンドルの下の自分の太ももから半透明の杭が生えている。
「裁判ではそんなこと、言ってなかったよね」
助手席から声がするが、首が回らずそちらを見ることができない。
それどころか指一本動かせない。
「仕事が大変で、ノルマに追われて、借金もあって、ああ、賭け事でだったか。考えたら仕事が忙しいのによく賭け事する時間があったよねぇ」
再度足に痛みが走る。もう片方の足からも、杭が生えていた。掴むと冷たい氷だった。なのに焼け付くように痛い。
「で、ストレスでおかしくなって、暴走した、と」
何を言われているか、今の男には全くわからない。
この先の裁判で、弁護士に言われて後付けした理由だからだ。
「死にたかったのか………。ホントに?」
杭をつかもうとする手の甲を次々と氷の針が貫いてくる。激痛に叫びたいのに声が出ない。震える男の涙と涎がぼたぼたとこぼれ落ちてゆく。
「とりあえず、死にたかったのなら、自殺はできないようにしようか」
何を言われていいるのかわからない。
「あと、殺せない。傷つけられない。自分もだけど他の生き物も。体はともかく言葉でもね。勿論ネットでもだな。食べ物は、生きていくのに必要だから別ってことで」
少しの沈黙の後、続く。
「同じ目に合う夢を見てもらおう。これから先、眠ったらね、当事者になって、同じ目に合う。痛みも感じなくちゃね。熱も、衝撃も全部感じる。何人いたかなぁ。足を切断しちゃった子もいたよ? 焼け死んだうちのダンナと犬の分もあるし。ぜーんぶ、完全再現で日替わりで体験してもらおう。ここではみんなケガは治ってるだろうから、誰に何を言っても何のことかわかんないよね。でも、全部あなたがやった結果だから」
うんうんと頷く気配がする。
「とりあえず、それでおしまい………あれ?」
遠くを見たミユキは目を見張った。
「じゃ、そういうことで」
突然動くようなった首を男が助手席に向けたが、誰もいなかった。
同時に氷の杭と針も消えている。
足が動くようになり、運転席が濡れていることに気づいた男は、自分が失禁していたことを知った。
けれど警察官が来て引っ張り降ろされるまで、男はそこから動けない。運転席は何かに守られていたかのように、燃えることがなかった。
そして、今ここで何が起こっていたのかも覚えていない。
これから眠るたびに悪夢を見ることになることも、今は知らない。
「ミユキさん」
振り返ると、瞳に涙を浮かべた二人の美女がいた。
「れ……怜美ちゃんと夏光ちゃん……?」
唇の前に人差し指を立てて、しぃっと微笑む。
「ここじゃマズいからあっちに」
「びっくりするよ? きっと」
ふたりに手を取られ、三人は人混みのなかに消えていった。




