98 二年まえのみんな
ミユキがバスからひとりずつ運び出し、数人ずつで海面に並べながら塩谷が息を吐いた。
制服は破れていたり汚れていて、血や泥がついているが体に傷は見られない。
意識のないひとはとんでもなく重いはずなのに軽々と一人で運び出してくるミユキさんはいったい……。確かに考えたら負けな気がした。
そしてまたどこからともなくミユキが出してきた小さめのブルーシートを担架代わりに男ふたりでなんとか一人ずつテトラポットまで運んでいく。
バスから全員を運び出してもまだ海面に10人ほど残っていたので、ミユキがふたりを肩に載せ、走って2往復した頃、ようやく全員がテトラポットの上に並べられていた。
「こちらで全部ですかね?」
9人で何度も顔と人数を確認する。
確認が終わり、ぜえはぁと息を荒くする9人を前にミユキは頭を深く下げた。
「皆さんありがとうございました」
「いえ、こちらのセリフですよ、ミユキさん」
怜美が頭を下げると全員が揃って頭を下げた。
「でも、いったいどうやってこんなこと……」
「ああ、できたらいいなぁと思ってイチかバチか試したらできたんで助かりました。一応向こうでもやってみてできたんですけど……」
「????」
「えーと、まぁ、呪文というか、ス〇ンドですね。私が持っているわけではないんですけど、《ザ・〇ールド》。時間が止まるんですよ。口に出すのはちょっと恥ずかしかったですができました。ははっ、後でググっといてください。しかし時間〇ろぼうもこんな感じだったのかな」
「「「「?????」」」」
「それから、皆さんは結構怪我されていたので取り急ぎで治してしまいまして、全くの無傷になっているのでどなたかに気付かれてしまったときはうまくごまかしていただけますと助かります」
(どうやって……?)
呆気にとられている怜美たちにミユキはまたへらりと笑った。
「では、最後に……」
気が付くとミユキの腕にこゆみの体が抱かれていた。そっと下ろし、全員を見る。
「時間が動き出したら皆さんに海水をかけます。何とか風邪をひかないように頑張ってください。
立花君、スマホは濡れないようにしてそれで救急車を呼んで下さい。通じますよね? 他の方たちは眠っている状態ですのでバスが沈んだら起こしてあげてください。こゆみちゃんのことは……ほんとにすみませんが、よろしくお願いします」
眠っているようなこゆみの顔に全員の視線が集まった時、その唇が小さく開いてほんわりと光が浮かび出てきた。
「……っ?!」
光はゆらりと宙に浮き、ミユキの肩に留まり、そして吸い込まれるように中へと消えた。直後、突然の轟音が響き渡る。
全員が振り返ると、バスが木を巻き込みながら水しぶきを上げ、水面へと飲み込まれていた。
海水が舞い上がって辺り一面に降り注ぎ、そして聞こえていなかった波の音が、鳴り響く。
「ちょっ、ミユキさん。一言言ってからにしてよ」
「うわっ、ひでぇ。ぺっぺっ」
「あ~、海水ってこんなにしょっぱかったっけ?」
「こんなにおいだった? 磯くせ~っ」
「あ……」
誰ともなく呟いたとき、もうそこにミユキの姿はなくなっていた。
「───ったく、お礼くらい言わせてくれればいいのに」
「だよね~」
怜美がぼやくと夏光がキラキラした笑顔で頷いた。
「ねえねえ、わかんない?」
「え?」
「この服と下着、びしょぬれになったはずなのに、もうさらっとしてんの」
「は?」
「そういえば……」
周りの元祖勇者たちも服をひっぱり首を傾げる。
「ミユキさん仕様だからかな」
「………ヤバくない?」
「ま、ばれなきゃいいのよ」
怜美がにやりと笑った時、波の音に負けない音量の金切り声が響き渡った。
見れば引率の女性教諭、中島が横たわった生徒一人一人の名前を呼び必死に揺り起こしている。状態を確認しているのだろう。一人ずつ、いやその声で目覚めたのか数人が起き上がりはじめた。
「あ、やばい」
誰かが口にしたとき、中島教諭は横たわったこゆみの肩に手をかけていた。すぐに異変に気付いたのだろう。大声で叫びながら揺り動かし、人工呼吸のために胸に両手を当て、押し始めた。
「おねがいッ! 目を開けてぇっ!」
起き上がった数人がこゆみの前に集まりだした。
真相を知っている怜美たちはいたたまれない気持ちでそれをただ見ている。
(ごめん、先生)
泣きながら胸を押し続ける中島教諭に心の中で謝り続けていた時、こゆみの口から空気が漏れるような音が、ごぼり、と確かに聞こえた。そして続けざまにこゆみがゆっくりと起き上がり、咳き込み始めたのである。
ぽかんとした表情のこゆみに抱き着いて号泣する中島教諭と喜ぶクラスメイトを見ながら、愕然とする元勇者たち。
「こっ、か、賀来さん?」
思わず近づいた怜美に、こゆみは首を傾げた。
(これは、だ、誰?)
「こゆみ………?」
「ッ!?」
こゆみは確かにあちらに残ったのだ。
だったらここで自分自身の名前を呟き、首を傾げているのは誰?
「きゅっ救急車! 先生っ! 救急車呼ばなきゃ! 救急車呼びますので他の子の確認もお願いします!」
「え、えぇ……」
とりあえず中島教諭をこゆみから引き離し、元勇者たちでこゆみを囲む。
「賀来……戻ってきたのか?」
立花がうっとりと見つめながら呟いた。
げ、と夏光と徳山が同時に唸り、そんなわけないだろうよバカ、とか、やっぱそうだったのかよと呆れている。
「こゆみ……」
こゆみのぼんやりとしていた目があたりを見回し、明らかに何かを探している。そして横にいた立花の腕をつかんだ。
「こゆみは? こゆみはどこ? こゆみはどこですか?!」
懸命に問いかけるこゆみの肩にそっと手を載せて怜美が耳元で言った。
「あなたは……誰なのでしょうか?」
はっと我に返ったようなこゆみは姿勢を正し顔を上げ、怜美の目を見た。
「私? あ、失礼しました。私はこゆみの祖母の水崎と申します」
「「「「「ええええ~~~~!?」」」」」
元勇者たちがいっせいにのけぞった。
(なにがどうしてこうなった!?)
ミユキさん、戻ってきてくんない?……
遠くに救急車やパトカーのサイレン、そしてヘリコプターの爆音の大合唱を聞きながら、怜美は心の底からそう願った。
まさか、こゆみの祖母が亡くなった後に霊になってこゆみを追いかけてきていて、バスの事故を見ていたとか、魂が抜けて、からになったこゆみの体に、何かの拍子に入り込んだとか、そのまま祖母の遺産を引き継いだ女社長となって学生生活を始めるとか、頭が痛くなることが続々と起こるとは、この時の怜美には想像もつかなかったのである。




