100 霧雨の駐車場で
連れてこられた場所は誰もいないドッグランだった。霧雨が映る庭園灯の明かりの中に誰かがいるのがわかる。
「……?」
「お久しぶりです」
にこやかに挨拶をしてきたのは更に背が伸び、イケメンに磨きがかかった塩谷だった。
ミユキ的にはさっき別れたばかりの感覚だったが、三人のこの成長ぶりには時間の経過に頷かざるをえない。
「もう、肝心な日にちがはっきりわからなくてゴールデンウイーク、今日までここに通いまくりですよ」
夏光が口をとがらせて言うが、なんだか嬉しそうである。
「え………っと、どうして……ここに?」
怜美がにこりと笑って、小さなメモをミユキの前に差し出してくる。
「秋月くんが、教えてくれたんですよ」
くしゃくしゃのそれにはGW、このサービスエリアの名称と上り、そして四桁の数字が書かれていた。今の年だ。
「でも、日にちははっきりと覚えてないからって。ここ、あっちのほうに一般道から入れる駐車場があるから毎日通ってたんです。ドッグランとか、とにかくビーグル犬連れてる人を探しまくってました」
「通うって………」
「それぞれが家族に頼みこみまして交代で」
「そうそう、お願いお父さん!って」
「うちは兄で」
塩谷が答えて三人が一緒に笑う。
「どう……して……?」
その問いに怜美が微笑んだ。それだけで、判る。
「まあ、ご主人にワンちゃん抱えて連れてきてもらうのは結構大変でしたけど。二頭もいるとは思わなかったし」
「それ、どうやったの?」
「ヒミツですけど、ちゃんとみゆきさんに呼んでもらいましたよ」
───ああ、だから、みんな車の外にいたんだ───
「ありがとう……ありがとうございます………」
「ほんとは、ミユキさんが消えてしまわないかとか、むこうにまた戻されてしまわないかとか悩んだんですけど」
ぶつぶつという塩谷を夏光が鼻で笑った。
そういえばこの娘たち、三人で結婚するとか言ってなかったっけ?
「読んだんで、あの漫画、全巻。みんなが都合のいいようになる未来があると信じて」
おもしろかったです、と鼻息荒く言う塩谷に夏光が小さく笑った。
「そんなことよりミユキさん、あれから大変だったんですよ! こゆみが!」
あれ、こゆみちゃんのこと、呼び捨てだったっけ?
ぼんやり考えたミユキに怜美がすごい勢いで話しかけたとき、人影が近づいてきてそちらに顔を向けると中年の男が立っていた。
「あ、お父さん……って……えええええ⁈」
怜美が叫び声をあげた。夏光と塩谷も驚愕の表情である。
「ど、どうしたの? 何かありました?」
ふらふらと近づいてくる怜美の父らしき男だが、この年代にしては珍しく長髪のようだ。
怜美は小走りで父に近寄って顔をまじまじと見つめている。
そしてミユキを振り返りあきれたように言った。
「ミユキさ─ん、やっちゃいましたね。まあ、あの状態じゃ仕方ないですけど……」
「あ──っ、うちもお父さん連れてくればよかったよ!」
「え? え?」
「……どうも」
怜美の父親が小さく頭を下げてきたので、ミユキも礼を返す。
「か・み・の・け。お父さん、気にしてたのにふさふさになってる」
小声で怜美が囁いた時、駐車場のほうからざわめきが届いてきた。
「その、これ………こちらが?」
どう考えても現実的なことではないのに怜美の父はミユキに聞いてきた。
慌てて怜美を見たミユキに、怜美は笑みを浮かべて頷いた。
「全部、ちゃんと説明したから」
「二年前に戻れたけど、なんかいろいろあって。こゆみも派手に動き出したからちゃんと話したの」
「………ほんとに、大変だったんですよ」
塩谷がげんなりした表情で軽く睨んできた。
「でも、みんな元気に楽しそうだから、お礼を言いたくて。ありがとうございました」
「うん、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
怜美の父親まで頭を深く下げてきたのでミユキは思わず後ずさってしまった。
「いや、それはほんと、もう……」
「ミユキさん」
怜美がミユキの手を両手で握り、潤んだ目で唇を嚙んでいた。涙を堪えているようだ。
ふと見ると夏光はぽろぽろと涙をこぼしている。
塩谷も目が赤くなっていた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
ミユキは自分の手を掴んだ怜美の手にもう片方の手を載せ、力を込めて、言った。
そして全員の目を順に見つめてもう一度、ありがとうございました、と頭をさげた。
「それで……これからどうするんですか?」
怜美の問いにミユキは首を傾げた。
「こっちのみゆきさんは……」
「ああ、私はあちらに戻ります。ふたばもいるし」
「ええ………?」
呆然とする三人にミユキはふにゃりと笑った。
「実は私、勇者さん達の巻き込まれ召喚で、その時死んじゃったらしいんですよ」
全員が息をのむ中、ミユキは続けた。
「それで皆さんと違って《転移》ではなく《転生》になっちゃったそうで。たぶんふたばもそうなったと思うのであっちで一緒に生きていきますよ」
「「「えぇ………」」」
そんな、と怜美が呟いた。
「もともと森の中でふたばと生きていこうと思って住む森を探す予定だったので」
「も、森で何をするんです?」
塩谷の質問に夏光が小さく舌打ちをした。今、それ聞く?と言いたげであった。
「ほら、映画でよくあるでしょう? 引退した軍人が犬と一緒に森とかで生活するやつ」
「ああ、(よくあるかどうかはともかく)〇マン〇ーとか(犬じゃなくて娘だった)〇大射〇とか、○ェイソン・○テイサムとか」
「あ、みました? あれですよアレに憧れてましてね。あっちの世界、銃はないけど魔法はあるから遠くの空き缶を撃ったりしながら生活しようと思ってます」
何のために?
という夏光のつっこみは声にならなかった。
それって大体そこに元上司のお偉いさんが問題持ってやってくるやつですよね?
とこっちに戻ってきて親世代のアクション映画を観まくった塩谷もぐっと何かを飲み込んだ。
……空き缶とかなさそうですが
と娘から聞いたファンタジーの世界を思い浮かべた怜美の父も心の中でつっこんだ。
「じゃあ、そろそろ行きますね」
ふ、と顔を上げたミユキに一同、声が詰まる。
「ありがとうございました。お元気で」
「………っ、こちらこそ!」
「───もう、会えないの?」
三人はある意味、今日というこの日に会えると思ってあの日からここまで過ごしてきたのだ。
「う──ん、どうですかね? 逢えたらいいなぁと思いますが………来れたらきます」
「ほんとね?」
「はい!」
ミユキが頷いて、ようやく怜美はミユキの手を離した。
「では、また。お元気で」
「ミユキさんも! またね」
「絶対会いに来てください!」
「待ってます!」
頭を深く下げたミユキが一瞬でまわりの霧雨に溶けていった。
「うそ………」
「あっけなさすぎ………」
遠くの喧噪はまだ続いている。




