96 召喚陣の上で(後)
なだれ込んできた騎士たちは、魔法陣に立つキャサリン達を槍で牽制しながら囲いこんだ。
数人の騎士が倒れ伏す仲間たちの安否を確認している。
「何があったんだ?!」
「勇者様が来られたのか!?」
「こ、これは……」
辺りに充満する血のにおいに、口を押えながら騎士が目を見開いていた。血まみれのガントレットだけが転がっていて、その横に倒れている騎士の腕はむきだしのままそこにあるからだ。
「な、何があった!? こ、答えろッ! 勇者様をどこにやった!?」
槍の先を突き付けられたキャサリンは扇で口元を隠し、これ以上にないほどの冷え切った視線で騎士を見ている。その視線に苛立ったのか、騎士は気色ばんで声を荒げた。
「女ッ! 答えろッ!」
「うーん、やれやれ。これが全てではないと判ってはいるけれど、ちょっと残念かな」
青年の背中がキャサリンの前に護るように立ちはだかる。背にこぼれる長い髪は空色だ。
「カケルか?」
横顔で答える口元は小さく笑っている。
「ちょっと甘えてみたかったので。ミユキさんにはあっちの方がいいかなと」
「ちゃっかりしておるのぅ」
「だけどこれ、どうするんです? もう穢れはないし、勇者様も必要ないだろうに」
「──勇者殿を国々で分配し、戦でもさせる気ではないのか?」
「えぇー?」
「あ、あぶないッ」
突然サルモーがカケルの腰に体当たりしてきて、カケルが少しよろけつつ、振り返ると目前で炎が砕け、掻き消えた。
「「「あれ???」」」
その炎を皮切りに次々と炎、氷の刃などが襲ってくるが全て目前で消えていく。
「な、なんであたらない……??」
魔法をぶつけてくる魔導士たちも戸惑いながら詠唱を続けているが、状況は変わらない。
まるで魔法陣の上に透明の膜がドーム状に張っているかのようだ。ぶつかり、弾ける音が響く中、コウスケの戸惑う声がキャサリンの耳に届いた。
「ふ、ふたば殿」
振り返ると、コウスケの視線は上に向いている。それを目で追ったのか、攻撃が少しずつ減っていき、最後には誰も攻撃するものはなくなり、沈黙の中、皆が注目するその先には──ビーグル犬が四つ足で立つ姿勢のまま、宙に浮いていた。
「何故、攻撃をやめるのだ? 勇者殿はどこにやった」
騎士達の後ろから現れた国王に、サルモーとスコンベルも慌てて跪く。
「………そこの者、頭が高いぞ」
「………カケルよ、そこの者とは妾のことかのう」
「そうですねぇ。キャサリンさんのことですかねぇ?」
「カケルもではないか?」
「コウスケさんじゃないですか?」
「確かにコウスケが一番背が高いしのう」
「背は関係ないのでは?」
「ええい、黙らぬかッ! 勇者殿をどこへやったのかと訊いておるのだッ!」
───モウ、ヒツヨウナイハズダ───
突然、皆の頭の中に声が響き渡る。ミユキがいれば、「火の〇」のテレパシーってこんな感じ?と突っ込んだかもしれない。
────コレモヒツヨウナイ───
ふたばの小さな躰が光を集めるように淡く輝きだした。そして皆の足元からも、光があふれんばかりに輝きを放つ。
「召喚陣が………」
「な、なんでこんな………」
召喚陣の一文字一文字が光を放っている。召喚の時ですらこんな事にはならなかった。
「あぁっ……」
誰かが悲鳴のような声をあげた。
光る文字が浮きだしたのだ。
大小入り混じる無数の文字、図形が光りながらふわふわと宙を彷徨う。
そして全ての文字が浮き上がり床に何もなくなった時、人々は光る文字の中に蠢く影に気が付き息を吞んだ。
「ひッ」
竜が、佇んでいる。
生まれて初めて見るが、間違いない。三体だ。深紅の竜の脇に子供が二人、翼に護られるように立っていた、
「ま、さか───」
騎士の一人が乾いた咥内で喉を鳴らした。
あの女が竜になったとでもいうのか? あとの二人も?
ふと、昨日の騒ぎを思い出す。
竜の大群が王都に来たというのは本当だったとでもいうのだろうか。
城内での大騒動でワイバーンの見間違いということになっていたのだが……。
光る文字が飛び交う中、白銀の竜が翼を震わせた。
空気が、振動する。
魔導士の誰かが絶望的な悲鳴を上げたが、それすらも振動にかき消された。
そして、誰もが信じられない光景を目の当たりにした。
文字が、溶けていく。
空気の振動が終わったとき、文字は全て消え去っていた。
静寂の中、魔導士も騎士も国王も愕然とし、その場に声もなく膝をつく。
「な、なぜだ、なぜ……」
床に手をつき四つん這いになった国王が呻いたとき、再度、頭に声が響いた。
───モウ、ヒツヨウナイカラダ───
頭上に浮かんでいたふたばがふわりと落ちてきてコウスケが抱きとめた。
「終わったのじゃ」
人型になったキャサリンが静かに言い放つ。
「知っておると思うが、そなたらの言う瘴気はもう、消え去っておる」
「──ッ!」
「それは本当なのですか?!」
国王の横にいた騎士の問いにキャサリンが頷いた。
確かに今朝方、黒い森が消えたという伝達は届いていたが、まだ調査隊の出発にも及んでいない。勇者様の召喚から様々なことが立て続けに起こりすぎて追いつかないのだ。
「この子らは連れ帰るぞ。もとより何も知らぬし何の関わりもないからな、手出し無用じゃ。この子らに今回のようなことがあれば──そうじゃなぁ、屠ってしまおうぞ。妾はミユキのように甘くはないからのぅ、その者らの腕のように元には戻らんぞ。そこで終いじゃ」
扇で口元を隠したキャサリンの冷ややかな眼差しは国王にのみ向けられていて、屠るのは誰かを物語っている。いずれにせよ、竜に逆らえば全てがお終いになるのだから、とにかく黙ったまま何度も頷くしかない国王であった。




