第5話 才能は努力
ダンジョンに入ろうと入口を見ると、見覚えのある顔がそこにいた。
1回目に来たとき、ダンジョンの入口でダンSを交換した女の子だ。
「あれっ! 駿さんじゃないですか! あれからメッセージ1回も返してくれなかったけど、生きてらしたんですね! 良かった!」
「あ、えっと……佐々木さんでしたっけ? 佐々木さんこそ無事でよかったです」
「はい! 佐々木夏希です! もう、名前くらい覚えててくださいよぉ」
夏希は頬を膨らませると、すぐににっこりと笑った。
「それでそれで、今日はどうしたんですか? もしかして、これからダンジョンですか?」
「ええ、まあ」
「だったら、一緒に攻略しません? 私、こう見えて結構頑張ってるんですよ! 駿さんと一緒なら、いつもより深く潜れそうですし!」
「あー、ごめんなさい。今日はちょっと試したいことがあって、一人で入りたいんです」
「えーっ! またですか!?」
夏希が大げさに肩を落とした。
「前も断られたし、メッセージも返してくれないし……。私、嫌われてますか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、どうしてですか? 私、何かしちゃいました?」
まっすぐに見つめられ、俺は思わず目を逸らした。
「本当にそういうわけじゃないんです。ただ、今日は一人で試したいことがあって。誰かと一緒だと、ちょっとやりにくいので」
「試したいこと?」
「スキルの検証とか、そういうのです」
「へえー! スキルの検証! そういうの、私も興味あります! どんなことするんですか?」
「えっと……それは、ちょっと秘密で」
「えー、気になる! ちょっとだけ! ちょっとだけ教えてくださいよぉ!」
「いや、本当に大したことじゃないですから!」
俺は困ったように笑いながら、じりじりとダンジョンの入口へ近づいていく。
夏希も負けじと、その分だけ距離を詰めてきた。
「じゃあ、せめて今度は一緒に潜ってください! 私、駿さんともっと仲良くなりたいんです!」
「……どうして、そこまで俺に?佐々木さんなら、誘えば着いてきてくれる人いっぱい居ると思いますよ?」
「えっ?」
夏希は一瞬きょとんとしたあと、いたずらっぽく笑った。
「だって、せっかく知り合ったんだから、仲良くしたいじゃないですかー」
「それは……すみません」
「ふふっ、謝ってほしいわけじゃないですよ!」
夏希はくるりと回り、駿の正面に立った。
「ただ、また会えたんだから、今度こそちゃんと仲良くなりたいなーって。ダメですか?」
少しだけ真剣な声だった。
駿は返事に迷った。
別に、夏希が嫌いなわけではない。だが、これから行う攻略は、普通の冒険者が見れば首を傾げるようなものになるだろう。
弱いスライムを相手に、ひたすら攻撃を避けたり、受け流したりする。
そんな姿を誰かに見られたら、正気じゃないと思われてもおかしくない。
「……すみません。今日は一人でやらせてください。でも、また会ったら今度は俺から声をかけます」
「本当ですか!?」
「はい。約束します」
「やった! じゃあ、次に会ったときは絶対ですよ?」
夏希は満面の笑みを浮かべ、駿に向かって小指を差し出した。
「……え?」
「約束の指切りです!」
「いや、さすがにそれは……」
「えーっ! 約束なのに!?」
周囲の冒険者が何事かとちらちら見てくる。
駿は観念したように、小さく息を吐いた。
「……分かりました。約束です」
差し出された小指に、自分の小指を絡める。
「えへへ。楽しみにしてますね、駿さん!」
「はい。それじゃあ、失礼します」
駿は軽く頭を下げると、ダンジョンの入口へ向かった。
背後から「絶対ですよー!」という声が聞こえてくる。
何とも調子のいい子だ。
『ナンパされてんじゃねぇか、俺のくせに』
「うるさい、詐欺か勧誘だきっと」
そう思いながら、駿は入口に手をかざした。
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・1層へ転移しますか?
・ダンジョン入口に転移しますか?
─────────────────────
駿は1層を選択し、ダンジョン攻略を再開した。
駿の姿がダンジョンへ消えてから、数秒後。
「……ふぅー。やっぱり、簡単にはいかないかぁ」
夏希は小さく頬を膨らませた。
「でも、今度は約束してくれたし! 次に会ったら、もっと仲良くなれるよね!」
そう言って笑ったあと、ふと表情を変える。
「……さて、と」
夏希はバッグの中を探り、古びたビデオカメラを取り出し、映像を再生する。
「うーん……やっぱり、こっちから試したほうがいいのかな。それとも……」
再生を繰り返し、ああでもない、こうでもないと考え込む。
先ほどまでの明るい様子とは、どこか違う真剣な表情だった。
「……ま、やってみなきゃ分かんないよね!」
夏希は、ビデオカメラを再びバッグの中へしまった。
そして何事もなかったかのように、ダンジョンの入口へと視線を向けるのだった。
1層へ転移した駿は、さっそくスライムたちの群れに囲まれていた。
以前なら、攻撃を受けないように距離を取り、隙を見て逃げるのが精一杯だっただろう。
しかし、今は違う。
スライムの跳躍を横へ躱し、続けざまに飛びかかってきた別の個体の攻撃を、腕で受け流す。
身体強化によって高まった身体能力と、以前より向上した敏捷。
その両方を確かめながら、一匹ずつの動きを観察していた。
「今回は3層くらいまで行けたら良いかな?」
『そうだな。正直、5層のボスまではスキル上げが目的だ。旨みは少ないし、降りられるところまで降りちまおうぜ』
「身体強化は、レベルが上がるごとに消費MPが増える代わりに、強化倍率が上がるんだっけ?」
『そうだ。要は最大出力が上がるってことだな。常に全力で使えばいいってもんじゃない。相手に合わせて出力を上げ下げするのがおすすめだぜ』
「なるほど……。確かに、必要以上にMPを消費するのはもったいないな」
身体強化の出力を調整しながら、スライムの攻撃を躱し続ける。
俺は今スキル獲得の為にこの作業をしている訳だが、スキルの成長についてはまだ分かっていないことも多い。
スキルには表示されていないだけで経験値が存在する。
傲慢の世界では、こうした理論についてある程度の研究が進められていたらしい。
武術系スキルなら、特定の行動を繰り返すことで経験値が得られる。実戦で敵と戦えば、相手とのレベル差によって大きく経験値を獲得できる。
耐性系スキルなら、特定の攻撃を受けたり、その攻撃によってダメージを受けたりすることで経験値が得られる。
そして、スキルレベルが上がるほど、次のレベルに必要な経験値は約1.5倍増えていく。
ただし、魔法系スキルに関しては、応用力や知識の収集によって成長すると考えられているものの、詳しい仕組みはほとんど解明されていない。
強い敵を倒して、レベル上げをするだけが成長への近道ではない。
弱い敵を相手に、スキル獲得の必要な行動を安全に繰り返す。それもまた、立派な攻略方法なのだ。
俺は目の前のスライムに意識を戻した。
身体強化の出力を少しだけ落とす。
スライムが跳躍する。
その軌道を見極め、最小限の動きで横へ避けた。
続く攻撃は、腕を使って受け流す。
今度は、身体を捻って回避。
焦らず、無駄な動きを減らしていく。
以前なら攻撃を避けるだけで精一杯だったが、今では相手の動きを観察する余裕も生まれていた。
もっとも、余裕があるからといって油断はしない。
駿はスライムの数と位置を確認しながら、少しずつ相手を増やしていった。
2匹。
3匹。
そして、4匹目の姿が視界に入った瞬間。
「撤退!」
駿は即座に踵を返し、全力で走り出した。
『おいおい、判断が早いじゃねえか』
「無理して怪我したら意味ないだろ?」
『違いねえな』
背後から追いかけてくるスライムたちを振り切り、安全な場所まで距離を取る。
それから呼吸を整え、周囲に敵がいないことを確認した。
この繰り返しを、何度も続けた。
回避。
受け流し。
逃走。
身体強化。
それぞれのスキルを意識しながら、使い方を少しずつ洗練させていく。
かれこれ2時間ほど続けているが、疲労は思ったほど感じない。
基礎ステータスを鍛えたことで、身体能力だけでなく持久力も向上しているのだろう。
「……おっ、あの光は!」
赤、青、緑、紫。
いくつもの色が混ざり合い、表面を絶えず変化させている。
ゲートだ。
この扉の先へ進めば、次の階層へ移動できる。
『やっと見つかったか。次の階層へのゲートを見つけるまでに2時間ってところか』
「やっぱり、それなりに時間が掛かるな……」
『まあ、スキル経験値稼ぎにはなるし、焦らず行こうや』
「そうだな。急いで先に進んでも、ボスで苦労したら意味がないもんな」
『5層ごとのボスを倒すためにスキルを成長させておけば、レベル差があっても戦いやすくなるって寸法だ。回避や受け流しのレベルを上げるために、4層に留まるのもありだぜ』
「なるほど。そんなやり方もあるんだな」
駿は扉を眺めながら、今後の攻略方針を考える。
敵を倒してレベルを上げる。
それ自体は、冒険者として当然の成長方法だ。
しかし、レベルだけを上げても、格上の敵に対抗できるとは限らない。
回避できる攻撃を増やし、受け流せる攻撃を増やし、危険な状況から逃げられるようにする。
そうすれば、レベル差がある相手とも、少しは戦いやすくなるはずだ。
今の俺に必要なのは、ただ強くなることではない。
強敵と戦えるだけの準備を整えることだった。
……とはいえ。
(これ以上、時間を掛けるわけにもいかないんだよな)
駿は小さく息を吐いた。
この1ヶ月、基礎ステータスを上げるために努力を続けてきた。
身体は確実に強くなったし、スキルも成長している。
しかし、レベルはまだ1のままだ。
このままでは、いつまで経っても父親を納得させられない。
(ここ1ヶ月、何も言ってこないけど……。きっと、溜め込んでいるだけだ)
父親の顔が頭に浮かぶ。
冒険者になることを反対されたときのこと。
レベルが上がっていないと知られたときのこと。
思い出すたびに、胸の奥が重くなる。
「……ひと月に5層ずつを目標にしたいと思ってる。可能だと思うか?」
『それはお前次第だろうが』
「そりゃそうか……」
『だが、その目標はいいと思うぜ? 無理に急いで死んじまったら元も子もねえ。スキルを鍛えながら、確実に攻略していけばいい』
「……そうだな」
『その調子なら、2年後には文句なしの世界1位ってわけだなぁ』
傲慢は、ニヒヒと楽しそうに笑った。
だが、その笑い声には、ほんの少しだけ影が差しているように聞こえた。
(……気のせいか?)
駿は首を傾げたものの、それ以上は追及しなかった。
今はまだ、目の前の課題に集中するべきだ。
そう考え直し、俺はゲートへ手を伸ばした。
ダンジョンを出る頃には、すっかり日が傾いていた。
改善できる部分はまだまだある。それでも、今はこれ以上の攻略を続けるべきではないだろう。
焦って無理をするより、明日に備えて身体を休める。
そう決めて、駿は帰宅した。
「ただいま」
「おかえり、駿。今日はどうだった?」
母が、いつもの柔らかな笑顔で出迎えてくれた。
「まあ、ぼちぼちかな」
「そう。ご飯、もう少しでできるからね」
「うん、ありがとう」
由美との会話を終え、駿はリビングへ向かった。
そこには、父が座っていた。
「……帰ったか」
「ただいま」
「ダンジョンはどうだった?」
「普通だよ。スキルを鍛えてきた」
「そんな事に意味はあるのか?、収入がある訳でもない、浪人してでも大学に出てちゃんとした仕事をしたらどうだ?」
「俺が冒険者を続けること、まだ反対するのかよ?」
父は資料を置き、駿を見た。
「反対というより、心配しているんだ。お前はまだレベル1なんだろう?ダンジョンがどれだけ危険な場所か、分かっているのか?」
「分かってるよ。だから、ちゃんと準備してるんだ」
「準備? 1ヶ月も経って、まだレベルが上がっていないんだろう?」
その言葉に、駿の眉がぴくりと動いた。
「レベルだけが全てじゃない」
「では、何が成長したんだ?」
「ステータスも上げたし、スキルだって鍛えてる。前より確実に強くなってるよ」
「ここ1ヶ月、トレーニングを頑張っているのは知ってる。だがいい加減夢を見るんじゃなくて現実を見るんだ」
「……っ」
駿は言葉に詰まった。
ステータスを見せれば、成長したこと自体は証明できる。
しかし、父親が求めているのは、そういうことではないのだろう。
冒険者として生きていけるだけの実力があるのか証明しろとか、そんな事じゃない。
父さんが言いたいのはどうせ、公務員のような安定した仕事に着けという事なんだろう。
「じゃあ、どうすればいいんだよ。父さんの言うとおりにして、公務員にでもなれば満足なのか?」
「そういう話をしているんじゃない!」
陽介の声がリビングに響いた。
「お前の将来を考えて言っているんだ。危険な場所に飛び込んでほしくないんだよ!」
「俺だって、何も考えてないわけじゃない!」
「だったら、結果を出してみろ!それが出来ないなら言うことを聞くんだ!」
その一言が、駿の胸に深く突き刺さった。
どれだけ努力しても、どれだけ考えていても、目に見える結果がなければ認めてもらえない。
「……分かったよ」
駿は視線を逸らした。
「結果を出せばいいんだろ」
「駿、そういうことじゃ……」
「もういい。俺、部屋に戻るから」
父さんの言葉を最後まで聞かず、俺は自室へ向かった。
扉を閉め、ベッドに腰を下ろす。
静寂が訪れた途端、張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。
「……はぁ」
深いため息が漏れる。
父さんの言っていることが、間違っているとは思わない。
危険な場所へ行くのだから、心配するのは当然だ。
自分が親の立場だったとしても、同じように反対するかもしれない。
それでも。
「……俺は、俺の人生を生きたいんだよ」
誰かに決められた道を歩くのではなく、自分で選んだ道を進みたい。
たとえ失敗したとしても、自分で決めたことなら受け入れられる。
俺にとって、冒険者になるという選択は、単にダンジョンを攻略したいというだけの話ではなかった。
自分の人生を、自分で決める。
そのための第一歩だったのだ。
だからこそ、簡単には諦められない。
「……絶対見返してやる」
俺はベッドへ横になり、目を閉じた。
明日もダンジョンへ行こう。
スキルを鍛え、少しずつでも前へ進もう。
いつか、誰にも文句を言わせないほど強くなってみせる。
そんな決意を胸に、俺は静かに眠りについた。




