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司教の祈り

驚いた。本当に、今世紀一の驚きだ。


確かに、周期で言えばそろそろ勇者様が誕生する時期ではあった。周囲の教会でも何かと会議があると噂話に上るくらいには、興味のある話題であったものだ。

けれど、まさか、自身の担当する地区から出るとは思っていなかった。



けれど、そんなことよりも最も驚いたことは、勇者様である彼女が、ボロボロの格好をしていたことだ。それだけじゃない、その姿も骨と皮だけに近く、まるで死ぬ間際の老婆のように、虚無を見ている様子だったことだ。

ありえない。この国では子どもを大切にする文化が残っていたはずだ。仮にそんな親がいたら親とされず、周りが子から引き離していた。そういう時に盾となるのが教会だった。そしてそんな親は更正の機会を与えられた。弱肉強食ではない、(みな)で弱き存在(もの)を護り育む、300年前の勇者様が愛した文化。これが現在でも機能していたはずだった。なのに……


怒りが湧いた。聖職者となってから、感情をコントロールすることを学んでいた。けれど、あの母親の姿にはどうしようもない怒りが湧いてしまった。それだけではない。あの状態の少女が周りが気づかないとは思えない。5歳になるような子を隠し切るなどできるはずがない。助けることを、是とした者がいなかったのだ。周りが、見ないフリをしたはずだ。

何故そんなこととなるのだ。あの子を、勇者様を腹を痛めて産んだはずの母親が、ああも理解の及ばない考えをしているとは。子を所有物扱いして一人のヒトとして見ていないなど、ありえない考えだ。それに周りが無関心だったことが腹立たしい。教会へ駆け込むこともできたはずだ。教会は、そのための権限が与えられているのだから。。。

確かに少し前から、子を蔑ろにする親が増えたように思っていた。特に人の目がある都市部以上に、郊外など地方では、教会に駆け込む者が以前より多く、何人もいたからだ。こうしてみると、最近は子どもを何があっても守るような母親が減ってしまったのだろうと思う。母親すら守らないのだ。赤の他人が守るはずがない。本当に、先代勇者様が愛した、この文化がどこかへ消えてしまっているのだろうと思うと、とても物哀しい気持ちになる。

それ以上に、そんなことに気づきもしないで、のうのうと神官などをしていたとは、フレア様に仕える者として、私自身が恥ずかしい。どうしようもないほど、自身に腹わたが煮え繰り返る思いがする。



けれども。せめてもの救いは、今代の教皇様が、神童と言われた素晴らしい方だったことだ。それだけではない。あの方は元々、王族であった。

王家と教会、2つの機能に軋轢が生じ出したことで、先々代の教皇様の妹君であるテオドラ様が、教会と王家の橋渡しとして仲を取り持つため、側室として迎え入れられた。その時お生まれになられた方が、あのエリオット様だ。

……あの方も生まれた当初は王位継承権を持っていた。だが、選定式にて‘教皇’という職業がついてしまったのだ。。。あの時は、異例のことであった。本来、聖職者や神官という職業を与えられるもので、仮にあっても司祭や司教などと選定されるぐらいしかない。だというのに、最初の職業として、‘教皇’などありはしないのだ。。。

けれども、そのため周りが騒がしくなってしまった。フレア様から()()、定められた方。これは、試練として厳しいものであった。教皇となるならば、王位継承権は、あってはならない。王と教皇が、同一であってはならないからだ。そんな国は、健全に機能しない。そのため、エリオット様についていた派閥が騒然となり、一触即発の空気が周りに広がってしまった。そう、彼に付いた派閥も、解散を余儀なくされることになったのだ。

元々教会と王家は、対等でなくてはならず、相互に浄化作用としての機能を置いている。どちらかに腐敗が始まれば、どちらかが是正する。そのための関係性である。だから、‘教皇’と定められた以上、王になることはありえなくなった。それならば、どうするか。教皇として、育てるしかない。教皇になるため、そのためだけの英才教育を、始めるしかない。すると、テオドラ様とエリオット様は、解散の憂き目にある派閥の中では、居どころがなくなってしまう。それだけは、絶対に避けなければならなかった。


そして私はその時、若輩者の見習い神官になったばかり。5歳の子が、こんな運命を辿るなどと、なんて茨の道だろうと驚いていただけだった。だから自身には関係のないこととも思っていたのに。なのに、私自身、実は伯爵家の出ではあったのだ。元々、歴史こそ古い名家であったが、没落間近の、名もなき旧家だ。だから、家族も派閥に属すことなく、のらりくらりと、田舎で過ごしていた。そんな家名で、神官の私がいたからだろう。これ幸いとばかりに、王家から2人の引き取りを依頼されてしまった。そしてあの方の世話係に選ばれたのだ。

なんてことだ。こんなこと、ありえないではないか。そればかりか、私自身が突然出世争いに巻き込まれる形となってしまった。私は穏やかにフレア様に祈りを捧げながら、過ごせればいい、そんな気持ちで教会に属したというのに。何故苛烈な派閥競争に参加しなくてはならないのか。この時もとことん驚いた。

驚いたが、仕方ない。やるしかないと、彼を精一杯、慈しみ世話をした。だが本当に、教皇になるべくして生まれたかのように、どんどん吸収していった彼は、直ぐに私の手を離れてしまった。彼は、異例の速さで先代教皇様を抜く能力を、手に入れた。癒しの力とフレア様への祈りの強さが、抜きん出ているのだ。このまま大司教では収まらない。年齢的に異例であるが、24という若さで枢機卿に任命することとなった。けれど、周りは不満が溜まっていた。若い司祭や神官は、能力的には教皇になれるというのに、このままの位にされていることに、まるで未来の自分たちだと不満を抱き、司教や大司教にまでなっている者は、今後自分にお鉢が回らない可能性に不満が溜まった。だが、それらを跳ね除けるように、彼は私に言った。これからの、ヒト族の世界を纏められないなら、自分の存在に特に意味がないと。ここで教皇になれなければ、努力の意味も、ないに等しいと。神官全てを掌握する求心力を手に入れると。。。

そうして、彼は先代教皇とその周りの者を、取り除くかのように立ち回った。そんな彼を、あれよあれよとみているうちに、どのようなカラクリか見当もつかないが、次の年には教皇に治っていたのだ。。。何があったかは、聞かなかった。彼らの腹の探り合いは、司祭である私には、関係のないことだったから。

けれど、彼はそれで終わらなかった。今まであった教会内の派閥をないものとしたのだ。全ては、フレア様の下に。フレア様が全ての始まり。我らはその思想の下、集まった信者であり、フレア様の想いを継ぐものであると。それ以上でも、それ以下でもない。教会は全てを受け入れる、全ての民の拠りどころであると。

そうなると、欲深い神官は必要なくなる。そういった者は、どうやってわかるのか、教皇様が全てを切り捨てた。残った者は、敬虔なフレア様の信徒のみになった。そして何故か私は、この都市部で、司教となってしまったのだ。私としても、異例の出世。田舎のこじんまりとした教会の司祭をしながら過ごしていこうと決めていた私は驚いたが、彼が、私が良いと、、、

これからのこの地区には私が必要なのだと言ってくるのだ。このような都市部でヒトをみていくことに、些か忌避の念はあったものの、彼の言葉に悪い気がしなかった私は、この都市部の司教を受け入れた。

だが、彼が私をここに配属したのも、今ならわかる。



このためだ。このためでしかないのだ。。。

勇者の選定式。周期的に選定時期が迫っているこの時のために。勇者様を適当に見つけ出す必要があったのだ。彼の腹心の部下たちは、皆大規模な地区の司祭や司教になっていた。そういうことなのだ。どこまで分かっていたのか、私にはわからないが、彼はこれを予期していたのだろう。適切に、勇者様を安全に大切に育てることをする必要があったのだ。どんな環境かもわからない勇者様を、大切に慈しむ必要があったのだ。彼女を、出来る限りこの場所で癒すことが必要だったのだ。だから、彼が忙しなくしている間に、彼女をみていられる私が、彼女の世話を買ってでた。その心を、身体をここにいる間に癒したいと思ったのだ。それが無理でも、少しでも警戒が解けるように、身体だけでも、健康になるように、食事の準備を私がした。得意な栄養学からみた、必要な栄養素。それを取り入れた。もちろん医者に確認した上で提供していった。それでも、あの状態から健康になるには、早くとも数ヶ月はいるだろうと踏んでいた。だが、魔王が全国民に伝えたのだ。勇者様への、宣戦布告を。時間がなかった。混乱を避けるには、勇者様をお披露目しなくてはならない。準備期間と銘打っても、そんなに長くは保たない。だから、お披露目の行う最大伸ばせる期間を2ヶ月にした。すると、ここにいられるのは、1ヶ月の間となる。その間必要な栄養素を、少しでも入れて、肉をつけて欲しかった。そう、思って準備をしていたが、、、

まさか、驚いた。2週間だ。2週間で彼女の身体が健康体になったのだ。どういうことだ?勇者様の体力がずば抜けているのか??これもフレア様の思し召しなのか??そう思うほど、尋常じゃない速さで回復をしたのだ。

確かに、出発まで1ヶ月しか用意されていなかった。だからある程度の、旅程に耐えられるだけの体力を少しでもつけることだけを目的にしていたし、医者にも無理だと言われていた。だが、我々は彼女の負担が最小限になるように、旅程を多めに取り、準備をしていた。それが、2週間で出発できるのだ。驚くことしかない。それと同時に、申し訳ない気持ちにもなった。私がここで彼女の世話に選ばれたのは、彼女を戦わせるためだけではない。ここを旅立つ前の、苛酷な運命をすぎる彼女に、安息の地として、癒しを提供するためなのだ。だというのに、私がしたのは、彼女を追いやるための体力を与えたこと。なんてことをしでかしたのだ。そう悔やんだ。だというのに、旅立つ前、彼女が私に言うのだ。『ありがとう』と。。。何もしていないと思っていた私に、彼女は、親切にしてくれて、ご飯を食べさせてくれて、優しさをくれて、ありがとう、と言うのだ。そんなことはない。。。

私は、貴女を死地に追いやろうとする不届者。そう思われて仕方ないと言うのに、私に感謝を込めてくれる。なんて、優しい子なのだろう。なんて、周りを気にする子なのだろう。彼女の強さに感服する。

そう、思った。勇者だからではない。彼女だから。だから私は、彼女のためだけに、祈った。

これからの、あの子の旅路を見守り、癒す存在が現れることを。彼女を、大切にする人々が増えることを。



そんなことを、フレア様へと最大限の祈りを。私は、捧げた。。。

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