勇者の準備
「さあ、イリス様。こちらが本日貴女様がお泊まりになる部屋にございます。」にこやかに先程の美丈夫、マルクスさんは私を部屋に案内してくれた。マルクス様と言ったら、‘さん’付けにしてほしいと、困った顔をされてしまった。まぁ、勇者は神の愛し子だから、確かに信仰する神の子に、様付けで呼ばれるのは堪えるよね。私が同じなら‘様’なんて付けられたくない。
「この綺麗な部屋、使っていいの?」さっき水を飲ませてくれたから、声が出るようになった。そしたら、彼は敬語まで使うなって。まぁ私の敬語が下手すぎて聞けたものじゃなかった可能性も否定しない。だけど、年上の男性にタメ口なのもモゾモゾする。我慢するしか仕方ない、か。
「はい。こちらのお部屋は貴賓の皆様にご利用いただくお部屋になります。貴女様はこれから、私共の最高責任者である、教皇様にお会いいただきます。その後、王都に共に向かっていただき、これからの貴女様の生活を説明させていただきます。ですので、教皇様がこちらに到着なさるまで、大変恐縮なのですが、お待ちいただけますでしょうか?」少し困った顔をして私に伝えてきた。まぁ、そうだよね。王都近郊といっても、都会ってわけじゃないから、教皇様が直ぐに来れるわけじゃない。だから、ここで待つしかないのか。。。
あれ?でもそれなら、このまま私が先に王様と教皇様のいる王都に行けばよくないか??そう思って不思議そうな顔を私はしていたんだろう。彼が。
「イリス様。貴女様の家の事情が複雑なことは先程の様子から理解しました。また、貴女様のお身体なのですが、とても正常な状態とも言えません。そのため、数日の旅に耐えられるよう、お身体の調整が必要と判断いたしました。ですので、その前に教皇様から貴女様に先にお会いして、ご説明をさせていただきたいのです。。。」そう、彼が返してきた。まあ、確かに。私の身体、何だかんだいって、同じ歳の子より小さめだからね。そりゃ栄養失調手前だったから、長距離移動は難しい。でも、この状況でも生きてこれたのは、もしかしてだけど、、、「私が勇者だったから?」
「どうされました?イリス様??」彼が私の呟きを聞き取ったみたいだから。
「私が今まで生きられたのは、勇者だったから、耐えられた?」
「……恐らく。普通の子どもであれば、死んでいてもおかしくない状況でしょう。ですが貴女様は神に愛された方。それが貴女を生き長らえさせた。過酷な環境に耐えられるよう、勇者様の御身は元々頑丈に生まれてきますので、、、」そう、彼は私を辛そうな顔をしてみてきた。だから。
「そう。それは良かった。生き残ることができた。」なんて返してあげた。そしたら彼が少しホッとした顔をした。
「ところでイリス様。この後のお食事ですが、召し上がれますか?お疲れのご様子もありますが、摂ることは可能でしょうか?」
そう心配しているけど。疲れているのは、むしろお腹が減りすぎて。だから。「食べたい。食べられるもの、欲しい。」そう返した。
ここでも彼は嬉しそうに微笑んでいた。
「あまりお食事をされていないとお聞きしましたので、胃に優しいものをご用意しました。食べられますか??」
「うん、大丈夫。あるもの、食べられる。はむっ。」何でも食べられるって返したんだけど、彼が苦しそうな顔をした。「そう、ですか。それは、大変でございましたね、、、」
とても同情的な顔をしているが、理解できない。仕方ない。私は世間一般でみたら、虐待された子どもだから。だけど他と違ったのは、勇者だったこと。周りから見たら棚からぼた餅。勝ち組だ。
「それで、イリス様。。。これからの、貴女様の家のことでございますが、どうされたい、というのはございますか??」
特にどうってことはないんだけど、彼がとても重たいことを決めるかのように話を聞いてきた。そりゃ、普通はそうだ。彼らから受けた仕打ちを思えば、私が彼らをどうにかしたい、なんてことも思うんだろう。だけど、私は特にどうしたい、もないんだが、、、
強いていうなら。。。
「お母さんを、あの男から引き離して。お金、半分ずつ渡して。」マルクスさんが驚いた顔をしてる。そりゃ、そうだ。300年ぶりの勇者が、手切れ金を知っているんだから。
そんな主人公に対して、ゲームの描写があった。勇者を生んだその親は感謝され、主人公は、親と離れ魔王を討伐する旅に、攻略キャラと旅立つ。5歳から訓練のため育ての親に預けさせた国は、その礼として、実親に謝礼金を渡している。これだけの設定があった。
だけども。。。うん。これ、手切れ金だったんだろうな、って思う。恐らく、ゲームの中に主人公の幼少期の描写がないのもこれだろう。
もしかして、公式が思ってた裏設定とも違う展開が、私にあるのかもしれないけど、普通に考えて、勇者になるからって、選定式を終えた5歳の子ども、普通は親から引き離さない。まだ親の愛情が必要な時だから。それをしないって、親と何かあるのか、手切れ金だったのか。今となってはわからないけど、きっとそういった設定でもあったんだろう。
でも、あの母親、きっとあの男から引き離さないと、ずっと繰り返して一生あのままだし、最悪また不幸な子ども、作りそうな気もする。むしろ、今まで私以外いないのが不思議なくらい。もしかして、フレア様の特典の一つだったのか??まあ、理由はわからないけどね。とりあえず、2人を引き離せて十分な生活できれば、何か変わるかもしれない。人の本質が変わらないって言うから、変わらない可能性も残ってるけど。そこまで私には、関係ないかな?
「委細承知いたしました。イリス様がそう望むのであれば、私共で、そのように処理いたします。また、明日にあの母親にこちらに来るよう言ってありますが、もう一度、会われますか?」こちらを心配そうに、彼は見てくる。だけど。
「うん、最後に、話しとく。」そう答えた。
次の日。母親にもう一度、会って話すことにした私は、マルクスさんの同席の元、母を待っていた。すると、、、いつも私を見ていなかったあの男が一緒にやってきた。
「イリス!お前はできるやつだと思っていた!ほら、お前は俺の自慢の子だ!!」ニヤニヤと、不気味な笑い方をした無精髭の酒臭い男が、私のことを自慢の子という。その後ろで、昨日の様子が嘘のように貞淑そうに振る舞う、母。馬鹿げたことだ。きっと昨日母から聞いて、お金を貰えると思っているのだろう。まあ、手切れ金として渡して欲しいと、昨日お願いしているからいいけど、こうもニヤつかれて来られると、気色が悪い。それに、やっぱり母とこの男を引き離すことをお願いして良かった。全ての金をギャンブルに注ぎ込むつもりが、その様子からもわかる。それに、私のことを話すことで、この男の関心をまた引こうとしている女にも、反吐が出る。だから。
「話すことがないので、お引き取りください。私は、このまま、王都に向かいます。」話すことも、なくなっていた。
「なに?お前!!誰のおかげで今まで生活してきたと思ってる!?!恩返しをするつもりはないのか?!」「あんたは、なんでいつも言うことを聞かないの??!私の子として、恥ずかしくないの?!」
2人が騒いでるけど、もうこの場に一刻もいたくない。はやく、戻りたい。。。
「貴方がたは!!こちらのイリス様の親だというから、我々は大目に見ているというのに!なんて態度で罵倒しているのか?!」ああ、マルクスさんが、私が何も言わないから、きっと心配してくれた。昨日の今日でわかった。彼は、とっても優しい人だ。気遣いの出来る大人の男性。よかった、やっぱり私の運気は、巡ってきているんだ。そう、思うことにする。
何を期待して、私はもう一度母に会いたいなんて、思ったのか。。。もう私が何を思っていたか、わからない、、、
そうこうして、部屋に戻った私を、マルクスさんは心配そうに見てくれて。
「イリス様、今後は私があの者たちとの窓口になります。何があっても、貴女が望まない限り、姿を見せることのないよう、執り行いましょう。そして2人を引き離す方法、私にお任せください。」
気遣う姿が温かく、優しい包み込む笑顔を私に見せてくれた。こんな父親なら、ほしかった。。。
そんな願いを持ったけど、きっと彼は、彼で自分の仕事をしただけなんだと言い聞かせた。
翌日、マルクスさんから、教皇様があと2日後にこちらに着くと教えてもらった。
誤字の修正のみ。




