勇者の出会い
今世の私の家庭はずっと、どうしようもないもので。そんなところで私は育っていて。。。
母は先程のように、ずっと私に叫びながら当たり散らす。父は俗に言う、クズなギャンブル依存症。母が稼いできた金のほとんどをそれに使う。そんな残りで2人は生きなきゃならない。だけど、いや、だからかな。その悲惨な現状を把握する度に、母は私に罵詈雑言を浴びせてくる。父から母への当たりが強いと、私も母から普通に叩かれたりもする。父に対する八つ当たりを、私で発散しているんだろうね。ああ、父は私に生まれた時から無関心なのが救いかな?
父は酒を片手にギャンブルに行くもんだから、負けて帰ってくると、母を殴る。そして、私には目もくれず、寝室に行ってしまう。母を連れてね。わかると思うけど、お察しのとおりだよね。一晩は絶対に出てこない。場合によったら朝を過ぎても。その間、私は食べ物も飲む物も、何もない。まあ、あったとしても、母の残り物になるから、食べた気もしないけど。
こんなクズと一緒にいる母がよくわからないし、逃げる選択をしない。もしかして逃げられないように洗脳でもされているのかもしれない。
昔に、前世だったかな。こういう状態、一種の恐慌状態になると、次に動けなくなる、膠着した状態になるみたい。だから、周りの言葉も受け付けない。逃げるための、気持ちが本人にないからね。何かのきっかけで醒めない限り、そのままの環境に落ち着いてしまう。だから、前世みたいな相談機関のないような世界だと、2人を強制的に引き離すなんて発想もないから、そのまま捨て置かれてしまう。どこかの親切でとてもお節介な人物に出会わない限りはね。
大抵、そういう人がいるのが教会くらいなんだけど、私みたいな家の人たちは行かないから、気づかれないっていう側面もあるんだろうね。
だから、今回王城に向かう理由ができたことは私にとって僥倖でもある。魔王に、殺されるかもしれなくても、今の状態からは、抜け出せる。まだ生きていられる、なんて思う。
よかった、まだ生きたいと思える気持ちが、私にあった。。。
そうだよね、さっき私は、聴いたんだ。あの、私の好きな、大好きな、いつも生きる力をくれた、あの、耳に残る女の子らしい元気な、、、あ、いや、今回は大人の色気のある、あの私の大好きな推しの声。どうしようもない、心が焦がれた、励みの声。
彼女、歌も歌えるから、キャラソンとか出るんだけど、その歌声で周りに元気をくれた。単独ライブもしてくれたんだけど、やっぱり優しい人柄が溢れてて、トークではファンを大切にしてくれてるのが伝わって、私たちを笑顔にしてくれた。
あの、力強くて、周りを巻き込む活力のある声、転生して聴けるなんて、この5年間はそのためにあったのかもしれない、なんて思えてくる。嬉しい、会いたい。会って、お話ししたいな。。。
また、生きる希望を私に与えてくれた、大好きなあの声に。私はまた生きることを許された。だから、会って2人が死なない方法、一緒に考えたい。仲良くできなくても、この気持ちを、「ありがとう」を伝えに行きたい。彼女の視線に映り込みたい。なんて思う。
「あんた!いい加減にこっちをみろ!!」バシっ!!なんて大きい音ともに、頬を引っ叩かれた私。しまった、頭の中でグルグル考え過ぎていた。あの女に、叩く口実を与えてしまった。まぁ、だけど、周りを見るとこの行動にも騒ついたね。ああ、よかった。これで、私がここから抜け出す理由を、この母親自身が見せつけた。これで私は、彼女の元に旅立つ準備を出来るだろう。
「おい、貴様!!今、勇者様を殴ったのはどういうことだ?!」男の、兵士のような人が母親に詰め寄った。そりゃ、選定式を終えて、今は周りが私に注目しているからね。誰かは気づくし、私は今、勇者として選ばれた。これは、これからの私の人生が王国のものになったということ。その高貴な存在を、公衆の面前で殴ったのだ。兵士も出てくるだろうね。
「こ、この子は私の娘です、、、!言うことを聞かない自分の子どもを殴って悪いというのですか?!」暴論だ。自分のものが言うことを聞かないから殴っていいなら、どれだけの親が常に子どもを殴るのか。親子といっても別の人間なのだから、常に意見なんて合わないだろう。
それだけじゃない。自分のものと決めつけ意見が合わないとして、誰でも殴れるという世界なら、殴り合いは常に起きる。この世界には何万という人がいるというのに、全員の意見が揃うことなんてあり得ない。そんなことを言ってしまえば、魔王の侵略の前にヒト族自体が滅んでしまう。
この母は、矛盾を言ったと気づいてないのだろうか?兵士の周りにいる人たちも驚いている。まぁ、この王都近郊の都市では、ここまでひどい親は中々いないからね。子を所有物扱いするようなところは整備の整っていない田舎の地域くらい。だから、この辺の流石に厳しい親でもそんな理由で殴らない。子の意見くらいは聞いてくれるからね。
でもこれで、私は確信した。この親から抜け出す理由を説明出来る。私の細さだって役に立つだろうね。
「とりあえず、貴女が勇者様の母親なのはわかりました。この後、この方の今後を決める話し合いがありますので、貴女はお引き取りください。勇者様は王の名代によりこちらでお預かりします。」恐らく、ここでの最高責任者になるんだろう神官、司教様だろうか。彼が母と私を引き離してくれるようだ。
「なっ??!ど、どうして私だけ家に帰るのですか!!?その子は私の子です!一緒にいる必要があるでしょう?!」
「通常はその対応をしますが、今の貴女と一緒にあることが勇者様にとって得策とは思えません。とりあえず、貴女には一旦お引き取りいただき、明日以降に改めてこちらにお越しください。」
「そ、そんな?!今あの家になんて帰ったら、どうなるかわからない、、、!!」絶望するような顔をしてこちらを睨む母。だけど、私もあんな家に戻りたくはないし、この母ともいたいわけでない。だから。
「明日また会いましょう。お母さん。」そう、返す。
「ッッッッッッ!あんたなんか、生まなきゃよかった!!役に立たない小娘が!!」捨て台詞とともに帰っていった。けど、あのままだと、明日ここにちゃんと来るのかも怪しい。けれど、今はそれより。
「お初にお目にかかります。勇者様。私はこの教会に仕える司教をしています、マルクスと申します。」スッと姿勢を翻しこちらに跪きながら、歳の頃は40代中頃か後半か。金髪碧眼の美丈夫が、先程の厳しい雰囲気が消え、私に微笑みかけている。
「あっ。ヴ。あぃがてょ。」ああ、久方ぶりに声を出した。喉も乾いていて、上手く声がだせない。あの女は、私に話せと言いつつ、話せば話したら怒り出す理不尽の塊だったからね。まぁだけど、これからの関係に、司教様にはお礼くらいは伝えたかった。これ以上叩かれることもなくなったし、ね。




