93話 魔王城⑥~魔王vsアデリナ。
──アデリナ──
邪神官ハーンと大魔導士マラヴィータの対決は、戦闘の場を、別次元へと移動した。
その戦いの結末は見届けず、アデリナは魔王の間へと入って行く。エトセラは外で待たせた。
アデリナは思うのだ。これは、己一人の力でやらねばならない、と。
父殺しとは、そういうものだ。
父である魔王は、玉座に座していた。
アデリナは微笑む。
「ただいま、パパ」
魔王は氷のような眼差しで、アデリナを見下ろす。
「勘当を言い渡したはずだぞ、アデリナ」
「親子の情愛を、そんなに呆気なく捨てるなんて。わたしは悲しいわよ。それに愛情が足りないから、娘に反抗されることになるのよ、パパ」
魔王は立ち上がる。5メートルの巨躯が与える威圧感は、魔王という位階に相応しい。
サイラス。
それが、アデリナの父親であり、魔王でもある男の名だ。
魔王となったとき、その名は捨てたという。だが、アデリナやラプソディなど近しい者は、本来の名を知っている。
アデリナには、サイラスが理解できない。
『魔王』の使命は、世界を支配することだ。
世界を統べることで、調和をもたらす。【螺界】という危険な存在も排除し、真の平和をもたらす。
それこそが、魔王に与えられた役割なのだ。
ところがサイラスは、魔王軍の侵略行為を許さなかった。
冒険者パーティを迎え撃つ。それだけを魔王の仕事として、魔族国家の領土拡大も行わずにきた。
アデリナの信念のもとでは、それは怠惰だ。
だが、ある時から、アデリナはこう考えるようになっていた。
そもそもサイラスは、正気ではないのだ。
心を病んでいる。
心の病んだ者が統治していては、この国は亡びる。
そして、この世界もダメになってしまう。
『このわたしが、同胞たちを、そして世界を救わねばならない』
アデリナは、それこそが自分の道だと信じて疑わない。
魔王が、アデリナを見下ろしたまま、言う。
「ラプソディは、良い子に育ったがな」
アデリナは、ふいに激しい怒りに駆られた。
「パパの大切なラプソディなら、ここにいるわよ」
アデリナが召喚したのは、魔装の施された黒い棺だ。
〈無限の棺〉である。
この棺の中では、すべての生体情報が停止する。瀕死の重傷者を収容すれば、緊急処置となる。回復させることはないが、死なすこともない。
アデリナは一瞬だけ〈無限の棺〉を開いて、サイラスにラプソディを見せた。手足を失い、頭部の半分も損壊した、そんな次女を。
それからアデリナは、急いで蓋を閉める。棺が開いていると、生体情報の固定が行われないためだ。
ラプソディには、まだ死なれては困る。
サイラスから刺すような殺気が放たれる。
「アデリナ。自分の妹に、なんと惨いことを」
「ラプソディを痛めつけたのは、わたしの仕業ではないわよ。ムジャルという、化け物じみた冒険者がやったの」
魔王が言う。
「棺を渡せ」
「そういえば、邪神官ハーンは、魔族のくせに回復魔法が得意よね。ハーンに〈リザレクション〉を使わせれば、ラプソディは全回復するわ。でも、ダメよ、パパ。正しい手順を踏んでくれなきゃ。まずは、このわたしと戦うの。だけれど、実の娘を手にかけることが、果たしてパパに──」
刹那、アデリナは強烈な一撃を食らい、吹き飛ばされていた。
魔王の間の壁に激突し、床に落ちる。
サイラスの右拳を食らったのだ。通常攻撃だけは、アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉でも無効化はできない。
「……ガッカリだわ。他国への侵略行為はしないとか、政策は甘いくせに。実の娘のことは本気で殴るなんて」
サイラスは棺を守るようにして、立っていた。
すでにサイラスは、自身にかけられた〈セーフティ〉を解除しているようだ。すなわち、サイラスが言うところの『戦仕様』だ。
サイラスの神速には、アデリナも驚かされた。
玉座からアデリナの間合いに入り、右の拳で殴る。一連がコンマ数秒の出来事で、アデリナも反応することができなかった。
だが、それは不意打ちだったからだ。
次は、ちゃんと防御できるだろう。
サイラスは言う。
「何度、言わせる。お前は、もうわしの娘ではない。魔王城の招かれざる客だ。排除するのみ」
アデリナは微笑んだ。
「排除ねぇ。それは、わたしがすることよ。パパ、あなたは魔王には相応しくな──」
気づいたときには、アデリナは倒れ伏していた。脳天に、サイラスの拳を食らったためだ。
頭蓋骨の中で、脳味噌がぐらつく。そのせいで視界が歪み、五感も正しく機能していない。
(……なんて速さなの!)
アデリナは〈ワープ〉で、サイラスから距離を取った。
だが、サイラスはすでに、ワープ先に移動していた。
アデリナの〈ワープ〉による空間転移に対し、サイラスはただの神速移動だ。それがほぼ同時だという。
アデリナは防御する間もなく、サイラスの連続打撃を食らった。
アデリナの身体は壁に叩き込まれ、口からは血が吐き出される。
サイラスは手を緩めず、アデリナの髪を鷲掴みにし、振り回す。そうやって何度も壁へと叩き付けるのだ。
「アデリナ。愚かな侵入者よ。お前は、わしを倒せるという自信があったのだろう。無理もない。わしはこれまで、全力で戦ったことはなかった。力を出し惜しみしていたわけではないが、制限を解除する必要もなかったのだ」
アデリナは〈ミスティック・ボール〉を乱射した。
〈ミスティック・ボール〉に当たれば、状態異変が起きる。
サイラスが〈ミスティック・ボール〉を回避する一瞬の隙に、アデリナは再度〈ワープ〉した。
サイラスから離れた位置で、片膝を突く。
サイラスの殴打は、その一発だけで〈ヘル・ドリル〉並みの攻撃力があった。
黒龍の鱗も抉れる攻撃力の高さが、〈ヘル・ドリル〉だというのに。
アデリナは考える。
(……なるほどね。確かに、わたしの想定を超える強さだわ。パパは、通常攻撃しかしていないというのに)
サイラスが冷ややかに言う。
「マラヴィータも老いには勝てなかったようだ。アデリナ、お前のようなヒヨッコに、全てを賭けおったのだからな」
「そうね。わたしが、パパを過小評価していたことは、謝るわ。わたしに〈パーフェクト・キャンセル〉がなければ、敗北していたかもしれない。けど残念ね。〈パーフェクト・キャンセル〉が、パパの『魔法・必殺技スキル・特殊スキル』を無効化している。そして、通常攻撃だけでは限界があるわよ」
アデリナは、サイラスを取り囲むようにして、複数の〈ブラック・ホール〉を出現させた。
必殺技スキルなどを使えれば、〈ブラック・ホール〉を破壊することも可能だろう。だが、いくらサイラスでも、通常攻撃だけで〈ブラック・ホール〉を破壊できるはずがない。
サイラスは、〈ブラック・ホール〉に取り囲まれることで、全方位から吸い込まれることになる。
最後には、その肉体は、バラバラに引きちぎられるだろう。
「勝負あったわね、パパ」
アデリナが、玉座へと歩き出そうとしたときだ。
「──な、に?」
アデリナの全身に、異常が起きた。身体中の皮膚が引きちぎられ、筋肉や内臓が全方向へと引っ張られて、体内から飛び出そうとする。
ふいに右の眼球が、眼窩から引きずり出された。視神経が千切れる。
「う、うぁぁぁぁぁあぁぁ!」
アデリナは激痛に絶叫しながらも、考える。
全方位から、なにか得体の知れない力で吸い込まれている。
これは、まるで〈ブラック・ホール〉に取り囲まれているようだ。
(意味が、分からない。そんな、はずが──)
とっさにアデリナは、サイラスを取り囲んでいる〈ブラック・ホール〉を解除した。
とたん、アデリナ自身を襲っていた現象も、終わった。
だが、アデリナの身体は、無事ではなかった。全身の皮膚が裂かれたことで、すでに血達磨と化している。右の眼球は床に落ち、潰れていた。
左眼だけで、サイラスを見る。
サイラスも、いまや全身が傷だらけだ。しかしアデリナの身体ほどには、悲惨ではない。
「なぜ……魔法も、必殺技スキルも、特殊スキルも……無効化しているはず」
「愚か者が。ひとつ見落としておるぞ」
「……呪術を? パパは、呪術は使えないはず──まさか」
「そうだ。ラプソディの親衛隊員である、ジェリコだ。貴様を追放した直後のこと。わしは、あやつに命じたのだ。ある呪いをかけろ、と。先ほど、ようやく、その呪いが動き出した」
「パパにかけられた呪いとは、ダメージの共有……」
「その通りだ。わしと、わしの血縁者との間で、ダメージの共有が起こる。それこそ、ジェリコにかけさせた呪いだ。呪いの発動トリガーは、わしがダメージを受けることだった」
アデリナは、理解した。
サイラスに対する〈ブラック・ホール〉のダメージを、アデリナも受けていた。その原因が、サイラスにかけられた呪いだった。
『血縁者とダメージを共有する』呪い。
「けど、血縁者なら、わたしだけではない──」
アデリナはハッとして、〈無限の棺〉を見た。
ラプソディへの共有されたダメージは、しかし無効化される。棺の中にいるラプソディは、生体情報が停止しているのだから。
(なんてことなの……ラプソディを〈無限の棺〉に入れたことで、パパを戦いやすくさせてしまった)
「だけど、ダメージの共有というのなら──これからは、わたしが受けたダメージだって、パパも共有するはず」
ふいにアデリナは、戦慄した。
サイラスの狙いが分かったのだ。
刹那、サイラスが神速移動によって、アデリナへと迫る。
アデリナが防御する間もなく、サイラスの拳が減り込まれた。
アデリナは床に叩きのめされる。
さらにサイラスは、容赦なく拳の雨を降らす。
アデリナが受けるダメージは、共有の呪いによって、サイラス自身にも与えられる。それでもサイラスが、攻撃の手を緩めることはない。
「アデリナぁぁ! どちらが先にくたばるか、見ものだなぁぁ!」
アデリナの明滅する意識が、警報を発する。
(殺される。このままでは、わたしは殺される)
だが、アデリナは嬉しかった。
サイラスは今、アデリナを殺害することしか考えていない。
暴力の塊だ。
(そうよ──魔族は、そうでなくては)
アデリナは、頭蓋骨が砕ける音を聞きながら、満足感を覚えていた。
そして、サイラスの殺し方が、分かった。




