94話 魔王城⑦~魔王,陛下,万歳。
──アデリナ──
アデリナは、自身に対して〈ヘル・ワールド〉を発動した。
全身の血液が沸騰し出す。痛みという概念を超越した世界で、アデリナはサイラスを見た。
呪いによって、2人のダメージは共有されている。よってアデリナと同じく、サイラスの血液も沸騰を始めていた。その現象が、サイラスの乱打の手を緩める。一瞬の隙が生まれたのだ。
アデリナは〈ヘル・ワールド〉を解除。
同時に、〈インフィニティ〉を発動。自らの両腕を、肘から切断した。
アデリナの両腕が切り落とされれば、サイラスの両腕も切り落とされる。
アデリナは微笑んだ。
(これで、もう実の娘は殴れないわよ、パパ)
だが、そうはいかなかった。サイラスは怒号を発し、両腕の切断面で、アデリナを殴り出したのだ。
どちらが息絶えるのが早いのか。
耐久度という面では、サイラスのほうに分がある。いくらアデリナが強くとも、耐久度だけは、サイラスに遅れを取るのだ。
だからこそ、アデリナには、いまから打つ策しかない。
アデリナは〈ジャンプ〉で、サイラスから数メートル離れたところに、転げ出る。
さらに生成魔法〈フォーム〉で義手を造り、両腕の切断面に嵌め込んだ。
「わたしは、新たな魔王となるわ」
アデリナは〈インフィニティ〉を使い、自らの胸部を切り裂いた。
そして義手の両手で、裂け目をこじ開ける。
血まみれのサイラスが、両目を見開く。
「アデリナ、何をするつもりだ!」
アデリナは邪魔な胸壁肋骨をへし折って、右手で自らの心臓を掴んだ。
「そして、この世界を、正しく統治するのよ」
刹那、アデリナは自らの心臓を握りつぶした。
瞬間、呪いによって、サイラスの心臓も潰れる。その巨躯が、仰向けに倒れた。
魔王サイラスの最期だった。
しばらくの間、魔王の間で動くものはいなかった。
やがて、アデリナが目覚める。
アデリナの胸腔内では、新たな心臓が拍動していた。
サイラスが、ジェリコにかけさせた呪いは、『血縁者のダメージを共有する』というものだった。おそらく回復魔法も共有される仕組みだったのだろう。
だが、これは共有されなかった。
アデリナは、自らの心臓を潰すとき、同時に〈フォーム〉を発動し、造ったのだ。
新たな心臓を。
新たな心臓は、アデリナの体内で血管と接続していた。
アデリナは胸腔が開いたまま、歩み出す。
サイラスの死体には目もくれず、魔王の玉座へと。
実際は十数メートルの距離だが、長い旅路に思えた。
ついに辿り着くと、アデリナは玉座に腰かける。
マラヴィータがエトセラを連れて、魔王の間へと入って来た。邪神官ハーンに勝ったようだが、マラヴィータもかなり負傷している。
だがマラヴィータは、自らの負傷など頓着せず、アデリナの前に跪いた。
「魔王陛下──ヒーラーが到着されます。いましばらくのご辛抱を」
エトセラはアデリナの膝まで駆け上がり、心配そうに鳴く。
「アデちゃん、アデちゃん。しっかりして」
アデリナは、エトセラを撫でた。意識が、ゆっくりと暗転していく。
※※※
──サラ──
王都ルクセン。
サラとハニは、王都内にある空き家に潜んでいた。
かつては、ロバクという男爵の住まいだった邸宅に。
ロバクは、私兵共々、何者かによって惨殺されたという。
いわくつきの邸宅なので、いまだに買い手が付かず、空き家物件と化しているわけだ。
この惨殺の犯人こそが、ラプソディ。ロバクが、レイを暗殺しようとしたためだ。
サラは、収納ボックスから懐中時計を取り出し、時間を確かめた。日付が変わっている。
(激動の一日は終わりましたが、何も解決には至っていませんね)
サラたちのパーティは、冒険者ギルドの討伐対象とされてしまった。個別に襲撃を受けたため、パーティは離散したままだ。各メンバーの安否も不明。
しかも、リウ国の王城は、アデリナ一派に制圧されてしまった。
この2つの事件は、密接に関わっている。
すなわち、ラプソディの正体を冒険者ギルドに密告したのも、アデリナの配下なのだ。
サラは、収納ボックス内にある〈聖白石〉を、強く意識した。
アデリナは、この〈聖白石〉を狙っている。
〈聖白石〉を奪うため、〈純白の塔〉を襲撃したのだから。だが〈聖白石〉は、ミストの代償魔法〈オーナー〉によって、守られている。
サラが所有権を譲渡しない限りは、アデリナさえも手にすることはできないのだ。
サラが物思いに耽っていると、なにやら不穏な音がした。
サラはハッとする。
「いまの音はなんでしょうか?」
ハニが気まずそうに答えた。
「……ごめん。ボクのお腹の音だよ」
「そうでしたか。仕方ないですね、夕食抜きですし。そういえば、わたしもお腹が空きました」
「ボクが夕食を調達してくるよ。サラはここに隠れていて」
ハニが出発したあと、サラはソファに腰かけた。家具類は、ロバク惨殺後、放置されてあったのだ。
連続しての死闘──vs剣聖ローラ、vs吸血鬼ルティ──の疲れが出て、睡魔が襲ってきた。
剣が鞘走る音で、サラは目覚める。
「はうっ!」
〈天使の杖〉を振るおうとしたが、できなかった。
サラの頸に、長剣の切っ先が突き付けられているためだ。
「……どうして、この場所が」
ローラは、サラと向かい合う椅子に、腰かけていた。サラに突きつけられた長剣は、浮遊している。
「私の友達に、魔法痕跡を辿るのが得意な方がいまして」
「……その方は、どちらに?」
「買い出しです。夕飯がまだですので」
「はぁ」
長剣が鞘に戻り、同時に消えた。
ローラは複数の剣を、自在に出現させたり、消したりできるようだ。それも剣聖ならではのスキルなのだろう。
「ローラさん、わたしを殺さないのですか?」
「討伐クエストは強制終了です。冒険者ギルド総司令部が攻撃を受けて、ギルド・マスターを含めた幹部たちが、皆殺しにされましたので」
サラは仰天した。
「そんなことが!? 王城も乗っ取られましたし、これからリウ国は、どうなってしまうのでしょうか」
今度は、ローラが驚く番だった。
「王城が乗っ取られたとは、どういうことですか?」
サラは、王城内で体験した全てを話した。
ローラは深刻な表情で言う。
「ラプソディさんの姉、アデリナですか。冒険者ギルド総司令部を襲撃したのも、アデリナでしょう」
ローラは改めて、サラを見た。まるで値踏みするように。
「サラさん。あなたは、どこまでラプソディを──魔王の娘を慕っているのでしょうか?」
サラは背筋を正した。
「ラプソディさんは、わたしの大切な友人です」
「そうですか……」
サラとローラがいるのは、空き家の2階だった。
1階の玄関から、物音がする。
ローラは剣こそ出さなかったが、警戒をあらわにした。
「ルーシーではありませんね」
「でしたら、ハニさんですよ」
「ハニさんと、あと誰でしょうね?」
サラも、ローラの疑問に同意した。階段を上がってくる足音は、2人分あるのだ。
「ハニさんは1人のはずですが──クルニアさんと合流できたのでしょうか?」
ローラは短剣を出現させ、片手に持つ。
「念のため、です。こちらから、争うつもりはありませんので」
やがて、サラたちのいる部屋に、ハニが入って来た。
ハニが連れて来たのは、老人だった。骨と皮だけの老体で、紫色のローブを纏っている。だが眼光だけは鋭かった。
ハニが紹介する。
「喜んでいいよ、サラ。魔王城から援軍のご到着だ。それも、大魔導士さまが直々にね」
「大魔導士、ですか?」
ハニはローラを見て、『何でいるの?』という顔をした。
だが、ひとまずは敵ではない、と判断したようだ。
老人の紹介に戻った。
「この方は、魔王さまの腹心、大魔導士マラヴィータ様だよ」




