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92話 魔王城⑤~呪術という攻略法。




   ──ローペン──



 魔王の間を目指し、ローペンとジェリコは、通路を駆ける。


「アデリナには、〈パーフェクト・キャンセル〉という、チート・スキルがあるんだ」


 走りながら、ジェリコはそう説明した。


「その効果とは、『アデリナの周囲では、全ての魔法・必殺技スキル・特殊スキルが無効化される』というものさ。ちなみに、常に発動されているようだよ」


 ローペンは、疑問に思う。

 なぜジェリコが、〈パーフェクト・キャンセル〉とやらを知っているのか。少なくとも、ローペンは初耳だ。だが、それを追求するのは後回しにした。


「しかし、おかしくはないか? スキル発動にもMPは消費される。常時発動ともなれば、いつかはMP切れが起きるはずだ」


「忘れたのかい? 魔王の娘は、姉妹ともに、MPが∞だ」


「……そうだったな」


 ローペンは、先ほどのアデリナへの攻撃を想起した。魔法鉱石の槍で狙ったが、命中前に槍が消えてしまったのだ。

 しかしアデリナが、そのようなチート・スキルを持っているのならば、納得だ。


 同時に、ローペンの絶望はいや増した。


「つまり、アデリナへ攻撃を与えることは、不可能ということではないか」


 ジェリコが、呆れたように溜息をついた。


「ローペン。君は、よくそんなので、ラプソディの親衛隊員をやっていられる。これまで親衛隊一番のマヌケは、ハニ公だと思っていた。しかし、どうやらもっと上がいたらしい」


「貴様、俺に喧嘩を売っているのか?」


「喧嘩は売っていない。失望しているだけさ。いいかい、アデリナが無効化できるのは、『魔法・必殺技スキル・特殊スキル』だ。つまり──?」


 ローペンは、ハッとした。


「そうか。通常攻撃は、無効化されないのか」


「そういうこと。だけど、君はまだ、重要な要素を見逃しているね」


 改めてローペンは、ジェリコに視線を向ける。

 ジェリコの価値が、一気に跳ね上がった。


「無効化される中に、呪術は含まれていない。呪術師だけが、アデリナを倒せるのか」


「よくできました。その通りさ。いくらなんでも、通常攻撃であのアデリナを倒すのは、無理ゲー。しかし、呪術ならば?」


 呪術とは、いまだ全容が解明されていない世界だ。

 そのため、魔導士に比べて、呪術師の数は少ない。

 ローペンはこれまで、呪術を毛嫌いしてきた。しかし、今ばかりは呪術に可能性を見出している。


 ジェリコが結論を口にした。


「僕は、アデリナの天敵なのさ」


「貴様の使える呪術の中で、アデリナを倒せるものはあるのか?」


 ジェリコは断言した。


「ある」


 ローペンは再度、戦況を分析する。


「しかし、アデリナには、まだマラヴィータとエトセラがいるぞ」


「君は重要なことを忘れている。僕たちの戦力の中には、魔王さんがいる。あと、まだ殺されていなかったら、ハーンもね」


「うむ、そうだったな。ベンゲン伯爵もいらっしゃる」


「いやぁ、どうかな。ベンゲンあたりは、とっくに殺されていそうだ」


「ジェリコ、ベンゲン伯爵を侮るなよ」


「侮ってはいないけど、アデリナが化け物すぎるからね。とにかく、重要なのはココだよ。僕が、アデリナを倒せるか否か。アデリナさえ死ねば、どうとでもなる。魔王さんなら、マラヴィータに勝てるだろう。エトセラという犬は、厄介な能力を持っているようだけど──飼い主が死ねば、戦意を喪失する可能性は高い」


 ローペンは不本意ながらも、ジェリコのおかげで希望が持ててきた。


「──もうすぐ、魔王の間だ」


「うん」


 速度を緩めず、通路を進む──刹那、ローペンとジェリコの前に、アデリナが出現した。


「なっ!」


 アデリナはジェリコに対し、微笑みかける。ローペンは眼中にないようだ。


「ジェリコくん。あなたのことは、過小評価していないわよ」


 ローペンは反射的に、攻撃魔法を発しようとした。無駄と分かっていても、やらねばならない。


 しかし、それ以前の問題だった。


 次の瞬間、ローペンは別の場所にいた。


 月明りが注ぐ、木々が鬱蒼と茂った場所に。遠くでフクロウが鳴いているが、それ以外は静かだ。

 隣には、ジェリコもいた。


 だがアデリナの姿はない。

 

 ジェリコが悔しそうに言う。


「……やられた。アデリナには、僕たちの動きも読めていたんだ。そして、確実な手を打ってきた」


「どういうことだ?」


 ジェリコは周囲を示して、


「簡単な話だよ。戦場から、僕たちを追い出したのさ。ここがどこかは、分からない。しかし、確実に言えることがある。魔王城からは、何百キロも離れた場所だろう」


 ローペンは愕然とした。


「俺たちは、アデリナの〈ワープ〉で、遠くまで空間転移させられたのか」


「そういうことだね。僕の呪いは、標的を視認しないと、かけることはできない。アデリナは、そこまで知っていたようだ」


 ローペンは、近くの倒木に座り込んだ。

 もう、何もできない。ローペンもジェリコも、ワープ系の魔法は使えない。

 クルニアのテグスのような、特別な移動手段もない。


 つまり、今すぐに魔王城へ戻ることは不可能だ。


 ローペンは頭を振り、立ち上がった。


「だが──それでも、ここに立ち止まっているわけにはいかない。魔王陛下の勝利を信じ、一秒でも早く魔王城へと帰還するべきだ」


 だが、ジェリコは興味なさそうに、片手を振った。


「では、君は行くといいよ。僕は、魔王さんの勝利に賭ける気はない。断言しよう。君が戻ったころ、魔王城の支配者は──アデリナだ」


 ローペンは義憤に駆られ、ジェリコに殴りかかった。

 ジェリコは小柄な身体を生かして、ローペンのパンチを軽く避ける。


「そういうのは、止そうよ。君も僕も、肉弾戦タイプじゃないんだからさ。そもそも肉弾戦というのは、脳筋たちがやるものだ。バルバ爺さんや、ハニ公なんかがね」


 バルバの名を聞き、ローペンは更なる憤りを覚えた。


「バルバは、魔王陛下の臣下として立派に戦った。敗北こそしたが、それでも誇りある戦いだった。一方で、貴様はどうだ、ジェリコ?」


 ジェリコは溜息をつく。


「そう、バルバ爺さんは殺されてしまったか……けど、君は考え違いをしているね」


「なんだと?」


「僕たちは、魔王さんの配下ではない。少なくとも、僕はそのつもりだ。僕がひれ伏す相手は、ただ一人。ラプソディだけだ。ラプソディのためだけに、この命はある」


 ローペンは、不覚にも感動した。

 ジェリコのラプソディへの忠義は、本物のようだ。

 だが、納得できない点もある。


「……ジェリコ。貴様、『ラプソディ様の命をいただく』と、不遜な宣言をしていなかったか」


「していた。ただね、本気で殺す気だったのは、最初だけ」


 ローペンには、全く事情が分からない。


「どういうことだ?」


 今度はジェリコが倒木に腰かけた。


「親衛隊に強制的に入れられたころ、僕には目的がなかった。だからラプソディは、僕に目的を与えた。というより、押し付けてきたんだ。お節介なことにね」


「ラプソディ様が与えられた目的とは──。まさか、貴様がラプソディ様の命を狙っていたのは、そういうことだったのか。ラプソディ様から、始められたことだったのか」


「非常識な発想だけど、僕には意外と効果があったんだ。ラプソディを殺すのは、至難の業だからね。ラプソディを殺そうと知恵を絞っているうちに、僕はラプソディが好きになっていた」


 ローペンには、『殺そうと思っていたら、好きになっていた』の流れが、理解できない。

 そこで、こう解釈した。

 ラプソディの深遠なる行いが、ジェリコの心をも変えたのだ、と。


 ローペンは倒木に腰かけ直した。魔王城へと駆け付ける気持ちは、失せていた。

 魔王が勝利するのならば、それで良い。最高の展開だ。

 だが、もし敗北してしまうのならば、それは魔王城の陥落を意味する。アデリナの手に落ちるわけだ。


 その瞬間、魔王城は敵地と化す。

 そんな場所に、のこのこ帰れるはずがない。少なくとも、何ら作戦を立てずには。


「ジェリコよ、我々はどうするのだ?」


「アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉は、手に負えない。ラプソディの力を持ってしても、脅威だ。しかし、ラプソディには僕がいる。ラプソディの切り札が」


 ジェリコの発言は傲慢であるが、ローペンは頼もしくも感じた。


「では、無策で魔王城に戻り、貴様を失うわけにはいかないな。ジェリコ。貴様には、アデリナを倒してもらわねばならない」


 ジェリコは肩をゆすった。


「ま、そういうこと」


 ローペンは、今後の方針を立てた。決定してみれば、あまりに当たり前の方針だ。己が何者であるのか、それを問えば、自然と行きつく。


(俺は、ラプソディ様の親衛隊員だ。この命は、ラプソディ様のためにある)


「ジェリコ。リウ国の王都へ向かうぞ。ラプソディ様のもとに馳せ参じるのだ」


「同感だね」




    ──ジェリコ──



 このときジェリコは、ローペンに明かしていなかったことがある。


 かつてジェリコは、魔王の命令により、魔王自身に『ある呪い』をかけていた。


 その呪いは、いまも継続している。


(あの呪いは、諸刃の剣だ。しかし、もしも魔王さんが、呪いをうまく活用できたのなら──アデリナを上回るかもしれない)




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