87話 討伐対象『魔王の娘』⑲~【討伐完了】。
──ムジャル──
ムジャルは、存在自体が災厄だった。
ムジャルが生まれたのは、トーテムという寒村だ。ムジャルの産声を聞いただけで、家族は死に絶えた。
捨てられた赤子のムジャルを拾ったのは、旅芸人だった。
孤児院に預けられたムジャルは、成長し4歳となった。そのころには、自分が災厄の発生源であると理解できていた。
しかし、力をコントロールすることはできなかった。
ある夜、ムジャルは悪夢にうなされた。そのせいで滅びの魔法を放ち、孤児院と付近の町を死滅させた。
ムジャルは自殺しようとした。
そして、自分が不死であることを知った。
絶望したムジャルに、少しの希望をもたらしたのは、あるヒーラーの少女だった。少女は巡礼の途上で、ムジャルを見つけたのだ。
少女の名は、ホーリーといった。
のちに、初代〈聖なる乙女〉となる女性だ。
これは852年前、まだリウ国が建国する前のこと。
ホーリーは、ムジャルのために特殊な包帯を作った。白魔法の神髄がこめられた包帯は、劣化することもなく、この世に有り続ける。
そして、ムジャルの滅びの力を抑え込んでくれる。
この聖包帯のおかげで、ムジャルは世界を滅ぼさずに済んだ。
それ以来、不死の己を殺してくれる者を求め、さ迷い続けている。
冒険者となったのも、己を超越する存在と出会うためだ。
そして現在──。
【運命の日】──21時12分。
ムジャルは、古い教会にいた。
この教会は王都ルクセンから、8キロ西に行った地点にある。周囲には、他に建物はなく、ひと気のない地帯だ。
怒りに燃える『魔王の娘』が、今にもやって来るだろう。
ムジャルが、『魔王の娘』の夫を害したからだ。
『魔王の娘』ならば、ムジャルを殺せるかもしれない。
だが、殺して欲しいからといって、ムジャルが無抵抗であることは許されない。
無抵抗のムジャルを上回ったとしても、それではムジャルを殺すことは不可能なのだ。
ムジャルは顔を上げた。
目の前に、『魔王の娘』ラプソディが立っている。〈ワープ〉してきたようだ。
ラプソディは鋭い口調で言う。
「あたしのレイを、返してもらうわよ」
ムジャルは、顔に巻かれた聖包帯の中から言った。
「……ワタシの名は、ムジャル。アナタの夫は、ワタシが殺した」
ラプソディは、わずかだが動揺を見せた。
しかし、すぐに気持ちを立て直してくる。
「嘘よ。あたしは、信じない。あんたを八つ裂きにしてでも、レイの居場所を吐かせるわ」
ムジャルは、聖包帯に指先をかけた。
滅びの力を抑え込んできた聖包帯を、取るためだ。
「……ラプソディ、『魔王の娘』。アナタは、これまで無双をしてきた。アナタは他に並ぶものがないほど、強い」
ムジャルは聖包帯を剥がしていく。
「……アナタなら、ワタシを殺してくれるだろうか?」
※※※
──ラプソディ──
ラプソディが幼いころ、母は死んだ。不治の病だった。〈リザレクション〉でも癒せないものが、この世にはあるのだ。
母は死ぬ前に、幼いラプソディに話した。
「あなたが誰よりも強くなるのなら、あなたの大切なものが奪われることはないわ」と。
そして、ラプソディには大切なものが、愛するものができた。
レイだ。
はじめは、ラプソディの一目惚れだった。そして、いまでは一生を添い遂げたいと思っている。
最近は母のことを思い出すたび、こう思うようになった。
自分の力は、レイを守るためにあるのだろう、と。
ムジャルが指摘したように、ラプソディは無双してきた。
これからも、無双するのだ、愛する人を守るために──。
そして今──。
ムジャルとの戦闘が始まってから、135秒経った。
ラプソディは、片方の目で、教会の天井を見つめていた。床に仰向けに倒れているためだ。
立ち上がることはできない。両手足を切断されているから。
全身には、複数の穴が貫通している。胸部、腹部、首、そして顔の半分も。右眼はなくなったため、左眼だけで教会の天井を見つめているのだ。
自分の身体から流れ出た、血の海に浸かりながら。
半分破壊された脳で、ラプソディは考える。
(……あたしは……なんのために……生きて…………レイ)
意識が消え、あとは暗闇に飲まれた。
※※※
──ムジャル──
ムジャルは、悲嘆に暮れた。
「……ラプソディ、アナタでもなかった。ワタシを殺してくれるのは」
ムジャルは、教会の入り口へと顔を向ける。
「……アナタなら、ワタシを殺してくれるだろうか?」
問いかけに答えるようにして、教会に入って来たのは、ラプソディと良く似た女の魔族だ。
ムジャルはひと目見るなり、その女の全てを知った。
名前はアデリナ。ラプソディの姉であり、魔王の長女。
アデリナは屈託なく笑う。
「わたしが? 無理、無理。あなたは、神性存在でしょう。次元が違いすぎる」
「……だが、アナタはワタシを怖れてはいない」
アデリナは信者席に座って、足を組んだ。
「そうね。実のところ、あなたを殺す方法はある。能力の相性からしてね。もしかすると、あなたの唯一の天敵は、このわたしかもしれないわよ。だけど、先に言っておくわ。いま、あなたと戦うつもりはない。あなたと戦って、無事でいられるとは思えない。こんなところで、半殺しにされているヒマはないの」
ムジャルの目には、アデリナの思念が読める。
「……魔王城へ行くのか」
「あなた、詮索しすぎよ」
アデリナは鋭くそう言ってから、溜息をついた。
「わかったわ。では、取引をしない?」
「……取引とは?」
「〈浮遊石〉を渡してくれたら、いつかあなたを殺してあげる」
ムジャルは考える。
アデリナに賭けてみても良いだろう。失うものは何もない。
『〈浮遊石〉の死守』というクエストは、失敗となるが。
「……分かった。アナタに、〈浮遊石〉を渡そう。しかし、約束は必ず守って欲しい」
「約束は守るわ。魔族は義理堅いのよ。それと、そこの死にかけている妹も、貰っていくわ」
「……構わないが。この娘は、もうじき死ぬだろう。そして、この場に〈リフレクション〉を使える者はいない」
「ご心配なく。こうなると思って、〈無限の棺〉を用意したから。〈無限の棺〉の中でなら、生命情報は固定される。ラプソディも、死にかけの状態で、固定されるでしょう」
「……それは、妹への情がさせるのか?」
アデリナは、謎めいた笑みを浮かべる。思念は読めなくなっていた。
「どう思う?」
アデリナは、ラプソディを抱き上げ、〈無限の棺〉へと移す。
ラプソディは、もう意識はない。四肢がないため、棺が広く見える。
横たわるラプソディを、アデリナは愛しそうに見た。
「ラプソディ。あなたは、もうわたしのモノよ」
それからアデリナは、ムジャルを見やる。
「ところでムジャル君。アデリナの夫、つまり、わたしの義弟くんだけど。本当に殺したの?」
「……冒険者レイのことか」
「ええ」
「……あの男は、ワタシを殺すことはできなかった。よって、ワタシはあの男を殺した」
アデリナは、何か納得がいかない様子だ。
ムジャルの嘘に、気づいているのかもしれない。しかし、追及はしてこなかった。
「そう──残念ね、死んでしまって。人間にしては、面白そうだったから」
「……『魔王の娘』が愛した男だ」
アデリナは不可解なことを呟いた。
「妹は見る目があるのかもしれないし、ないのかもしれない」
ムジャルは召喚した〈浮遊石〉を、アデリナに渡した。
アデリナは〈浮遊石〉を、改めて異次元へと保管した。異次元に保管スペースを持つことで、敵から奪われないようにするのだ。
ムジャルは尋ねる。
「……魔石を揃えるのは、守護獣を斃すためか。だが、その先の目的は何か?」
アデリナは微笑みを浮かべた。
美しいが、病的な微笑みだった。
「わたしが、この世界を救うためよ」
ムジャルは思った。
この女は正気ではない、と。




