88話 魔王城①~『魔王の娘』の帰還。
【運命の日】──22時12分。
──ローペン──
その日、ローペンは魔王城にいた。
ローペンは、ラプソディの親衛隊の一人だ。当人は、親衛隊員の中でも、最もラプソディに忠実だと自負している。
しかし、なぜかラプソディから、リウ国の王都に来るよう、お声はかからない。
ラプソディのためならば、冒険者という低劣な仕事をするのも厭わないというのに。
ローペンは悩む。どうもラプソディは、自分から距離を取っているような気がしてならない。
先日、魔王の誕生日会の席で、このことをクルニアに相談した。
クルニア曰く、「貴様は下らないことを真剣に悩んでいるから、姫殿下が煙たがられるのだ」とか。
一言で要約するならば、ローペンは『重たい』ようだ。
クルニアから忠告を受けて以来、ローペンは軽くいこうと決めた。
しかし、『軽さ』とは何なのか。
そこでまたもローペンは、重たく思い悩むのだった。
とりあえず、ハニを意識してみることにした。
なぜか?
親衛隊員は、6人いる。
その中で、最も遅く加わったのが、ローペンとハニだ。また、戦闘力においても、ローペンとハニはほぼ同じといって良い。
だというのに、ラプソディはハニのほうを可愛がっている。
これは、ハニが軽いからなのだろう。
よってハニを見習えば良い。
しかし、ここでローペンは壁にぶつかった。『軽さ』とは、厳密にはハニのどこの部分を言うのか。
確かに、ハニの体重は軽いが、そういう『軽さ』ではないだろうし。
(ラプソディ様にとっての軽さとは、何なのか……)
と、ローペンはやはり悩むのだった。
このようにローペンは、常にラプソディのことを考えている。
そのため、妙な誤解を抱く輩もいる。ローペンが、ラプソディに恋しているのだ、と。
バルバなどは、勘違いしている者の筆頭だ。
ラプソディが結婚したときは、ローペンを気の毒がってきたものだ。もちろん、面白おかしそうに。
ローペンに言わせれば、下種の勘ぐりとは、まさしくこのこと。
ローペンが、ラプソディへ抱く思いとは、臣下が主君へ抱く愛情だ。それは、間違っても恋愛感情ではない。
よってラプソディが結婚したことも、ローペンにとっては喜ばしいことなのだ。主君であるラプソディが、幸せになるのだから。
唯一、残念なのは、結婚式に出席できなかったことか。
ラプソディはレイと出会い、その日のうちに、結婚式を挙げてしまった。
そのころローペンは、連絡要員として、吸血鬼の国ガラキに出向していたのだ。
おかげで、結婚式に出そびれてしまった。
ラプソディの晴れ舞台を見逃してしまうとは、ローペンにとって一生の不覚。銀婚式には出席できるよう、いまから予約しておきたいところである。
とにかく、ローペンは現在、魔王城にいて、とくにやることがなかった。
ラプソディの親衛隊員は、各自で立場が変わってくる。
クルニアのように、時には万の魔王軍を率いる者もいる。そうかと思えば、リリアスのように、引きこもっていた者もいる。
バルバのように、呼集がかかるまで飲んだくれの輩までもいる。
ローペンは、便利屋あつかいされていた。人員不足のところに割り当てられるのだ。以前、ガラキ国に出向していたのも、そういう背景があった。
もちろん、ラプソディ直々の呼び出しがあれば、どんな任務中だろうとも、放り出して駆けつけるのだが。
悩ましいのは、そのラプソディからの呼び出しがないことであって──。
魔王城の大広間は、城勤めの魔族が休息を取るのに利用されている。
このときローペンも、大広間でコーヒーを飲みながら、思い悩んでいたわけだ。
ふいに周囲が騒がしくなった。
ローペンは席を立ち、近くを通り過ぎようとする衛兵に、尋ねた。
「何事だ?」
衛兵は喜色満面で答える。
「アデリナ様が、お帰りになられた!」
ローペンは凍り付いた。
アデリナは、父である魔王を殺そうとし、追放されたはず。
なぜ、帰って来ることなどできるのか。
衝撃が過ぎてから、ローペンは別のことに気づいた。
アデリナの帰還を告げた、衛兵の様子だ。どう見ても、喜んでいた。
そこでローペンは、ある噂を思い起こした。
臣下たちの中には、アデリナを信奉する者が、少なからずいるという。
彼らは、アデリナの過激な思想に惹かれているのだ。
アデリナは、この過激な思想を、追放される前から唱えていた。
こういうものだ。
『この世界では、争いが絶えない。だからこそ、魔族が世界を統治することによって、世界平和を実現する。それが、すべての種族の上位に位置する、我ら魔族の使命である』と。
ローペンに言わせれば、正気ではない。
世界に対して、戦争を仕掛けようというのか?
魔族は強靭な種族ではある。だからといって、世界を相手どれば、敗北は必至だ。
アデリナは、魔族を滅ぼしかねない。
ローペンは思う。
(やはり、魔王の座を継がれるのは、ラプソディ様であられるべきだ)
ローペンは大広間を出たところで、ベンゲン伯爵を見つけた。
向こうも慌てているようだ、おそらくは。ハッキリしないのは、ベンゲン伯爵はカニだから。
「ベンゲン伯爵!」
「おお、ローペン殿か。大変なことになったな」
「ということは、本当にアデリナ──様が?」
おおやけの場では、敬称は付けるべきだろう。
「うむ。帰ってきた。それも表門からだ」
「しかし、アデリナ様は追放された身。門番はなぜ、彼女を通したりしたのだろう?」
「簡単な話だ。門番の中に、アデリナに寝返った者たちがいたのだ」
ローペンは小さいポイントで、事の重大さに気づいた。
魔王の腹心であるベンゲン伯爵が、アデリナを敬称なしで呼び捨てたのだ。
アデリナが追放された身であることを、再認識させられる。それが魔王城に乗り込んで来た。和解のためではあるまい。
ローペンは、寒気を覚えた。
どんな冒険者パーティよりも恐ろしいものが、魔王城に侵入したのだ。
刹那、魔王城内を不協和音が鳴り渡る。
大魔導士マラヴィータが設置した、警報魔法だ。非常事態のみ発せられる。
「魔王様をお守りせねば!」
そう言って、ベンゲン伯爵は走り去った。カニにしては速いのが、ベンゲン伯爵だ。
魔王城の守護隊が、敵の侵攻を止めるため配置に付く。
すなわち、アデリナを倒すために。
ローペンには定められた配置はない。
では、どこに行くべきか?
(そうだ。このことを、ラプソディ様にお伝えせねばならない)
残念ながらローペンは、思念伝達〈テレパス〉を使えない。
〈テレパス〉は、変わった魔法だ。相性が良ければ、レベルの低い魔導士でも覚えられる。一方で相性が悪いと、どれほど偉大な魔導士でも習得はできない。
(使い魔を使って、ラプソディ様にお知らせしよう。ラプソディ様なら、〈ワープ〉を使い、すぐに来てくださるだろう)
そこまで考えて、ローペンはある事実に思い当たる。
アデリナもまた、〈ワープ〉を使えたはず。
では、なぜアデリナは、〈ワープ〉を使用せず、表門から来たのか。
〈ワープ〉を使えなかったのか。それとも、あえて使わなかったのか。
(表門から堂々と、魔王城を攻略するつもりなのか?)
ローペンは個人の使い魔を持たない。借りだせる使い魔を求め、通路を急いだ。ある角を曲がったときだ。
ローペンは立ち止まった。
前方から、小型犬が走って来るのだ。犬種は分からないが、茶色い毛がフワフワしている。
ローペンは首を捻った。
魔族の中にも、犬を飼う変わり者はいる。誰かの飼い犬が、この騒ぎで逃げ出したのだろうか。
ローペンの後ろから、野太い声がした。
「若造、こんなところで突っ立っておるな、邪魔だ」
ローペンが脇に退くと、重層鎧に身を包んだ魔族が通過した。
ビルガン伯爵だ。将軍の位であり、戦争があれば兵を率いる。
またビルガン伯爵は、戦闘狂でも知られている。その強さは折り紙つきだ。
だが、残酷すぎるところがある。
今もそうだ。
ビルガン伯爵は、小型犬を見るなり、愛用の大剣で叩き斬ろうとした。
「邪魔だ、ケモノが」
刹那、ありえないことが起きた。
ビルガン伯爵が鎧ごと、潰れ、潰れ、潰れ、潰れ、潰れて、手のひらサイズの肉塊になってしまった。
その肉塊を、小型犬がムシャムシャと食べだす。
ローペンは恐怖を感じながらも、小型犬にスキャン魔法をかけた。
信じられないことに、測定不能と出る。
ラプソディやリリアスと同じ『領域』だ。
悪夢の小型犬は、ビルガンのミンチを完食。
それからローペンを見やって、舌を出した。
そして、言葉を発した。
「やぁ、アタシの名前は、エトセラだよ! よろしくね! そして、君も、美味しそうだね!」




