65話 サラさん、武者修行の旅に出る④~〈聖なる乙女〉初回特典、MAXモード。
「わたし、死ぬのですか?」
ハニを救うため、サラはどんな代償でも受け入れる、と言った。
それに対して、エネルギー体となった〈聖なる乙女〉の回答が、『死ぬこと』だった。
〈聖なる乙女〉は、うなずいた。
「そうなのです。とはいえ、まだ先の話なのですよ。〈聖なる乙女〉に選ばれた者は、役目を終えたとき、精霊界に魂を捧げるのです。本来なら、私もそこに行っているころなのですよ。しかし、後継者を作っていなかったので、エネルギー体となって、まだ地上にいるわけなのです」
「はぁ……あの、後継者を作っていなかったのには、何か深い訳でも?」
すると、〈聖なる乙女〉は、フードを取った。〈聖なる乙女〉の整った顔立ちと、深い蒼の瞳があらわになる。年齢は、20代後半くらいだろう。
真面目な表情で、〈聖なる乙女〉は答える。
「忘れていたのですよ」
「……そう、でしたか」
〈聖なる乙女〉が、純白の魔杖を差し出して来た。
エネルギー体である〈聖なる乙女〉だが、この魔杖だけは実物だ。
サラは、ハッとした。
この魔杖こそが、〈聖なる乙女〉だけが持つことの許される、〈天使の杖〉。
〈聖なる乙女〉は、改めて言う。
「この〈天使の杖〉を受け取ったら、もう引き返せないのです。サラ、あなたの魂は、精霊界のものになるのです。そして、あなたは64代目の〈聖なる乙女〉となるのですよ」
「はい──それが、ハニさんを助けるための、唯一の道なのでしたら」
サラは〈天使の杖〉へと手を伸ばす。
〈聖なる乙女〉が、付け足してくる。
「あ、説明するのを忘れていたのです。〈聖なる乙女〉にはまず、初回特典があるのです。最初の180秒だけ、〈聖なる乙女〉のMAXモードでいられるのですよ」
サラは〈天使の杖〉に触れた。まるで燃えているかのように、杖には熱度がある。
〈聖なる乙女〉は、説明を続ける。
「〈聖なる乙女〉MAXモードとは、常識を超えたステータスのことなのです。サラ。あなたは180秒の間だけ、レベル999を超えた者だけが到達できる領域、巷でいうGODランクを体験できるのですよ」
サラは、〈天使の杖〉を掴む。
このとき、サラは64代目の〈聖なる乙女〉となったのだ。
よって先代となった、63代目の〈聖なる乙女〉が告げる。
「初回特典がスタートするのです」
刹那、サラの体内に、熱き奔流が流れ込んで来た。
サラのレベルが急上昇し、ついには測定可能の値を超える。
※※※
ハニの死体は、ほとんど原型を留めていなかった。
ハニを圧殺した黒龍ムシャムシャは、また〈純白の塔〉の破壊に戻っている。サラの存在には、まだ気づいていない。
サラは今、ヒーラーの極致にいた。
〈聖なる乙女〉MAXモードは、単純にステータスがGODランクへと上がるだけではない。知識もまた、レベルに相応しいほど豊かになっているのだ。
そのため、いま何をすれば良いのか、サラには分かっていた。
サラは、〈天使の杖〉を高く掲げる。
一般的に、回復魔法の最高位は、〈リザレクション〉だ。瀕死の重傷さえも、一瞬で回復してしまう。
だが、そこまでだ。〈リザレクション〉を用いても、死者を蘇らせることはできない。
そして〈聖なる乙女〉に言わせれば、他のヒーラーが使う〈リザレクション〉は、まがい物に過ぎないのだ。
真の〈リザレクション〉──すなわち〈リザレクション√〉を使えるのは、〈聖なる乙女〉のみ。
サラは呪文の詠唱を省略した。
「〈リザレクション√〉!」
〈リザレクション√〉の効果とは、復活だ。
すなわち、死者蘇生。
ハニの肉体が修復され、魂が呼び戻される。
ただ死者蘇生の完了には、少し時間がかかる。
ハニの復活が終わる前に、黒龍ムシャムシャを片づけてしまおう。
サラは、ゆっくりとした歩みで、〈純白の塔〉の麓まで向かった。
黒竜ムシャムシャは、ようやくサラの存在に気づいたようだ。
半壊した〈純白の塔〉に舞い降りて、サラを見下ろす。この小娘をどう料理してやろうか、という態度だ。
そんなムシャムシャに対して、サラは〈天使の杖〉を突きだす。
「〈ホーリー・ロスト〉!」
とたん、〈天使の杖〉から聖なる光が放たれた。
聖なる光が満ちたのは一瞬で、すぐに正常に戻る。
一見、何も変わっていないよう。しかし、変わっているのだ。ムシャムシャが困惑した様子で、羽ばたき出す。
サラは言う。
「〈ホーリー・ロスト〉の光は、邪まな心を持つ者の視力を失わせます。ムシャムシャさん、何も見えませんか? どうやら、あなたの心は邪まだったようですね」
激高したムシャムシャが、サラ目がけて〈熱線〉を放つ。視力を失っても、声などからサラの位置を、特定したようだ。
サラは〈天使の杖〉を振った。
「特殊スキル〈純白ラ界〉を発動します」
ムシャムシャの〈熱線〉は、サラを直撃する前に、消滅した。全てを溶かす〈熱線〉も、サラの前には無力だ。
「残念ですが、ムシャムシャさん。あなたに攻撃の術はありません。わたしを傷つけようとする、全ての攻撃が無効化されるためです。それが特殊スキル〈純白ラ界〉の効果」
〈熱線〉がサラを溶かせなかったと、視力がなくとも、ムシャムシャには分かったようだ。羽ばたきの激しさが、怒りの強さを示している。
そして、咆哮を発する。
だが、ただの咆哮ではない。ハニを半死まで追い込んだ、〈地獄無斬〉だ。
不可視の真空刃を、千単位で放つ究極技。
サラは溜息をついた。
放たれた数多の真空刃だが、サラに至る前に、次々と消滅していく。
「ムシャムシャさん、学習してください。今のわたしには、どのような攻撃も無意味です。そして、ムシャムシャさん。これが最後通告です。この地から、飛び去ってください。5秒以内です。従ってもらえないようでしたら、強硬手段に出ざるをえません」
黒龍は、人間や魔族の言葉を理解するという。
よってサラの言葉も、ムシャムシャに伝わっているはずだ。
だが、飛び去る気はない様子。
それどころか、サラを丸飲みにしようと、ムシャムシャが滑空してくる。
サラは、〈天使の杖〉を高く掲げる。
「分かりました。初回特典の時間も、もうじき終わります。ですので、手加減は致しませんよ──〈ホーリー・クロス〉!」
刹那、聖なる十字架が出現する。〈純白の塔〉よりも巨大な、何十キロ先からでも見ることのできる、大きな十字架だ。
そして聖なる十字架は、ムシャムシャを刺し貫いていた。
ムシャムシャが、断末魔の咆哮を発する。
「ムシャムシャさん。聖なる白魔法の奔流が、あなたの体内に流れ込んでいるのです。あなたが邪悪であればあるほど、その破壊力は、絶大なものとなります」
〈ホーリー・クロス〉の聖なる十字架が、消えた。
半死のムシャムシャが、大地に落ちる。
黒龍の超回復力をもってしても、〈ホーリー・クロス〉による聖なる傷は、簡単には直せない。
サラは、ムシャムシャの近くまで移動した。
刹那、サラは〈天使の杖〉を振るう。
〈天使の杖〉の先端が、アデリナの手刀とぶつかった。
アデリナは、〈ワープ〉を使って、サラに奇襲を仕掛けて来たのだ。
「アデリナさん──!」
アデリナは、楽しそうに微笑んだ。
「あら、あら。ムシャムシャが仕事を終えただろうと戻ってみたら、事態は急展開ね。ムシャムシャは破れ──ヒーラーちゃん。まさか、あなたが64代目の〈聖なる乙女〉に選ばれているなんて。ラプソディも、パーティ仲間が出世して、鼻が高いでしょうね」
「あなたは危険です、アデリナさん。黒龍を使って、〈純白の塔〉を破壊しようとした。欲しいものがあるから、と。一体なにが、目的なのですか?」
「教えてあげるわけがないでしょ。力尽くで、聞き出してみたら?」
サラは決意した。
「ここで、あなたを倒します」
アデリナの微笑みが、冷たくなる。
「成り行きで〈聖なる乙女〉に選ばれただけのくせに、少し生意気なのではないかしらね?」
「ですが、あなたを見逃すわけには行きません」
初回特典が終了するまで、あと48秒。
それが終われば、〈聖なる乙女〉MAXモードは終了し、サラから力は失われる。
(あと48秒で、アデリナさんを倒さなくては──)
サラは魔法を発した。
「〈ホーリー・アロー〉!」




